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「#エロ」のBL小説を読む
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 塩甘

「東堂くん、午後から暇?」

良かったらちょっと付き合って。と朱堂が誘ってきた。
部活が忙しいといっても、オンとオフの切り替えができずしていい走りはできない。それに珍しく朱堂からの誘いだ、断るのも悪いと思って快く了承する。
部活は午前で終わりで、午後からは各自練習に当てるも学校の課題をする時間に当てるも自由だ。

「あれ、尽八出掛けるのか?」
「ああ、朱堂に誘われてな」
「デートか?」
「まさか。朱堂とはそんな関係ではない」
「まあいいや、気を付けてな」

寮から出ようとしたところで隼人に会う。これから奴は自主練をするらしくジャージ姿のままだ。それに対してオレは私服だし、出掛けるのは見てわかる。大体外出は部活仲間が大半なのでいつも行動を一緒にしているヤツが一緒ではないから不思議に思ったのだろう。まあ朱堂も同じ部活の仲間だが、朱堂は部活仲間と一緒にいるよりクラスで仲の良い女子と一緒にいる方が多い。
約束してあった場所に向かうと朱堂が私服で待っている姿が見えた。いつもは制服か部活できている体操着なので、違った印象だ。

「朱堂」
「あ、東堂くん。お疲れさま」
「これから出かけるのに『お疲れ様』とはなんだ」
「部活あったから」
「それとこれとは別だ。で、どこに行くんだ?」
「それは行ってからのお楽しみってことで。じゃ、行こっか」

そんなに遠くじゃないから。と言って朱堂は乗ってきた自転車に跨る。約束していた通りにオレはロードで来ていたので、朱堂の自転車の後ろについてゆっくりと走る。朱堂の自転車はロードではないのであまりスピードはでないが街乗りにはちょうどいいし、その自転車は登校にも使っているので何回も見ている。

「…和菓子屋?」
「そうそう、ここね、この前見つけたんだ」
「和菓子好きなのか?」
「甘いもの好きだよ」

駐輪場はここ。と朱堂が自転車を停める。そこは駐輪場というよりも、3台くらい停められる駐車場の一角で、自転車用とは書いていない。いいのか?と聞けば店主に前に聞いたらそこでいいと許可を貰っているという。
店舗の外観は和菓子屋らしい和菓子屋で、店の奥の方には休憩ができそうなスペースが見える。朱堂は慣れた様子で戸をあけて「こんにちは」と声を掛ける。

「奏ちゃん、いらっしゃい」
「今日は友達も一緒なんですよ」
「なんだお友達か、彼氏かと思ったよ」
「違いますよ。じゃあお願いします」
「あいよ」

いまいち話が見えずに見ていると朱堂がこっちこっちと手招きをする。言われるままにそこに行き、朱堂がついたテーブルにつく。

「何をお願いしたんだ?」
「いいのいいの、東堂くんはこれから一緒に私とお菓子を食べてくれればいいの」
「………」
「あ、お金は気にしなくていいからね」
「そうじゃない」
「じゃあ、なに?」
「……いや」

お待たせ。と先ほど朱堂と話して店員、恐らく店主なのだろう。その人がお茶と和菓子を持ってくる。見れば小さな菓子が数個、美しい色合いで見た目を楽しませてくれる。
その店主はオレを見て「まあ食べてみてくんな」と少し不器用に笑って見せる。店主はそれだけ言ってまた戻っていく。店の表を見れば、客が今店に入ろうとしているのが見える。

「…美味い」
「でしょ?良かった、東堂くんの口に合って」
「季節の花か」
「これね、一つずつ味が違うの」
「なんと」
「みんな半分にして食べようよ」
「うむ」

朱堂がまだ使っていない菓子楊枝で綺麗に切る。この際みっともないとか、そういうのはナシだ。最初に食べたあの菓子の美味さには感服した、だから是非とも全部少しだけでもいいから口にしたいと思う。

「中の餡が違うのか」
「そうそう。あとね、どうして小さいかわかる?」
「女性狙いか?」
「それもあるけど、食べやすいっていうのと、いろんな味を楽しんでほしいっていうので」
「ほう」
「で、感想は?」
「美味い。餡の味が特に絶妙だ、香りが強すぎることもなく調度良いからしつこくない。それに甘さで誤魔化していないから後味がさっぱりしているな」

それから朱堂に思っていることを全部言う。これは確かに美味い、それは店主が居るから言う世辞はなく、本当にうまい。
朱堂はそれをニコニコして聞いてくれ、オレも楽しい。それにしても朱堂がこんな美味い和菓子屋を知っているとは意外だった。学校から近いとはあまり言えないが、朱堂の行動範囲内の店というには少し外れている気もする。

「よかった、東堂くんが言うなら合格だよね」
「合格?何の話だ」
「これ、実は試作品なんだ」
「………これで、か?」

黙っててごめんね。と朱堂が頭を下げる。
いや、そこじゃない。試作品だと黙っていたとか、それはこの際どうでもいい。この完成度で試作品?じゃあこの店のレベルはどれだけなんだと言いたくなる。
呆気にとられていると、朱堂は勘違いしたのか「ご、ごめんね?怒っちゃった?」と伺ってくる。

「悪いな、兄ちゃん」
「あ、いや…これが試作品とは思えず」
「奏ちゃんはもう商品にできるって言ってくれるんだけどよ、まだ納得いかなくてな」
「まあ、あえて言うなら…」
「言うなら」
「羊羹も仲間にしてほしいところだな」
「東堂くん羊羹好きなの?」
「いや、ただこの華やかな中に地味ではあるかもしれないが王道の羊羹があっての良いのではないかと思ってな」

味や見た目ではなく、これを一つの作品としてみた場合の話だが。と付け加える。
味や見た目はオレから見たらもう十分過ぎる。これ以上何を求めているのかは店主である職人意外にはわかりやしないだろう。それこそオレは菓子職人ではない。ただのド素人が言う感想でしかないのだから、まあ言えば要望だろう。オレの好みの問題。

「じゃあどんな味の羊羹がいいと思う」
「……普通の餡子が好きだな、オレは。この菓子から想像するに、絶品だろう」
「羊羹ねぇ…ちょっと待ちな」

店主が下がると朱堂は素早く、でも小さな声で「ここの羊羹も凄く美味しいんだよ」と教えてくる。
朱堂、お前はこの店のなんなんだ。詳しいにも程があるぞ。と言いたい。でもそのおかげでこれほど美味い菓子が食べれているのだから今は黙っておこうと思う。
そして戻った来た店主の盆の上には落ち着いた輝きを持った羊羹が鎮座している。先帆dの菓子の華やかさはないが、強く主張しない美しさがそこにはある。

「いつも店で出してる羊羹だ」
「いただきます」
「どうだ?」
「……美味い。それならこっちの方には味違いを出したかと」
「何の味がいいと思う」
「少し色違いを出しても面白いと思うだが…そうだな、少し洋風的にするか」
「え、和菓子なのに?」
「そうだな、和菓子だものな…王道に塩か」

店主は少し笑って「奏ちゃんのお友達はなかなかだな」と頷かれた。
それからまた一杯お茶を貰い、「今日はありがとよ」と礼を言われてその店を出た。一応金を払おうとすれば、やはり店主に「試作品を食べてもらっただけだ」と金の請求はなかった。

「今日はありがとう」
「あの店主は朱堂の知り合い、なのか?」
「うん、最近知り合いになったの。それで悩んでるんだけどって相談されて」
「どうしてオレを誘ったんだ」
「だって、新開くんは美味しい美味しいで終わりそうだし、荒北くんは苦手そうだし、福富くんは黙っちゃいそうだし」
「クラスの女子は」
「誘ったけど、皆洋菓子の方が好きで…それに東堂くんお家旅館でしょ?詳しいかなって思って。それに男の子の感想も知りたいって言われててね」

茶菓子は確かにあるが、それがオレの口にはることはあまりなかった。それは客用であって子供用ではなかったからだ。でも家の事もあり確かに他に比べれば口にする機会はあったのかもしれない。どちらかと言えばそちらの方を好むのは確かだ。


後日、また朱堂に誘われてその店に行けば、提案していた塩羊羹があって予想以上に美味くて感動した。



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