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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 近くて遠くて聞き慣れない

※似非京都弁
 御堂筋姉



夏休みも終盤で、寮生の何人かは戻ってきている。
夜、まだ鍵がかかるには早い寮の玄関で一人の女子生徒が携帯電話は耳に当てて喋っている。
危ないなと思って泉田が声をかけようと近寄ると、その女生徒は朱堂奏だった。

「うん、うん。そんなことせぇへん、安心しぃ」
「ユキちゃんと、おばさんとおじさんと仲良うな、姉さん心配しとるんよ」
「いややわ、どうしてそんな。いい加減にしい、姉さんだって怒るんよ」

耳に馴れない訛りだ。泉田は奏に声をかける前に戸惑う。
どうしようかと思っていると、声をかける前に奏が泉田に気付き、軽く手を振る。それにつられて泉田も手を振ってみせるが、奏は相変わらず電話をしている。自分を「姉」と呼んでいるところを見ると、あの御堂筋翔を電話をしているんだろう。

「ん?ああ、クラスの友達がいるんよ。え?ちゃうよ」

笑って電話をしている姿を泉田が眺めていると、奏も自分に用事でもあるのかと思って指をさして口パクで「私?」と聞いてくる。
正直言えば用事ではなく、室内で喋ったら?という助言でしかない。でも、それをわざわざ言うために弟と話しているのを中断させるもは申し訳ない。
弟に合わせているのか、素なのかはわからないが、訛りが出ているくらいにはリラックスしているのに、だ。
迷った挙句、泉田は頭を振って「違う」と意思を示す。

「年末はこっちくるん?…うん、まあ気の早い話やけどな、ほら」
「ほうか、練習あるもんな。うん、せやね、今年は難しいけどまたそっちに行くわ。うん。じゃあね、風邪ひいたらあかんよ、うん。大丈夫や。うん、うん、また今度な、電話するから。ほな元気で」

ピッと電源を切る音がする。二人は仲が良いのだと泉田にもわかる。奏は頻りに弟の事を気にしているし、あっちの音声は聞こえないが、弟も姉を気にしているように思える。

「泉田くん久しぶりやね、お出かけ?」
「久しぶりだね、朱堂さん。訛が出てるよ」
「…あ、本当だ。弟と電話してたから…あ、泉田くん、今ちょっと時間ある?」
「うん、あるけど…どうしたの?」
「夏休みに弟の…京都行って来たの。そのお土産なんだけど、受け取ってくれる?」
「え、僕に?」
「スタッフの事とか、お世話になったから」

ありがとう。とお礼を言われ、奏は走って自分の部屋に向かったらしい。しばらくすると息を上げて紙袋を持った奏が現れ、「これ、どうぞ」と渡された。

「別に気にしなくていいのに…」
「ううん、私がしたくてしたの。何がいいかわからなくて、スタンダードなものなんだけど、もし苦手だったら友達と食べて」
「そんなこと自分から言っちゃ駄目だよ」
「…そうだね、ごめん」
「ねえ、どうしてこんなところで電話していたの?危ないよ」
「あ…うん、えっとね…すごく、些細な事、なんだけど…笑わない?」
「え、ああ、うん」
「部屋よりね、ここの方が京都に近いから…ちょっとでも、弟の声が近くならないかなって…思って…」
「……」
「へ、変だよね…」
「朱堂さんて、ロマンチストだね」

そんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう、奏はビックリして大きくした目をパチパチと瞬かせ、それからゆっくりと頭を傾げる。

「だって、そっちの方が声が近くなるかもって。電話でそんなこと考えないよ」
「そ、そうかな…」
「弟さん、好きなんだね」
「うん、まあ…家族だし、ね」

次第に小さくなる奏の声。そうだ、奏の両親はもう亡くなっていて、二人は別々に引き取られたと言っていた。そんな配慮なんてしていなくて、普通の兄弟と同じように考えていた。急いで「ごめん…」と謝ると奏は奏で「ううん、ちょっと家が違うだけやし」と逆に気を使わせてしまう。

「あ、そうだ。泉田くん出かけるんじゃないの?」
「出かけないよ。朱堂さんが一人で危ないと思って」
「そ、そうなの?ごめんね、電話してただけなのに」
「ううん、でも京都訛りの朱堂さん新鮮だったから。こっちこそごめん、なんか話盗み聞きしたみたいで」
「ううん、いや、今度から部屋で電話するね」

訛り聞かれてしもた。と奏は笑った。



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