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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 近くて遠くて知らない

「ねえ、泉田くん。IHのスタッフって、まだ空きあるかな」
「どうだろう、聞いてみないとわからないけど…参加するの?」
「うん、あのね、弟が出場するからスタッフしたいんだ」
「へえ、弟さん県外なの?」
「ううん、県外なの私で、弟は京都なの」

あまり話したことのない朱堂奏が話かけてたのは自転車競技部の泉田塔一郎。
同じクラスで席が隣だが、所属している部活が違うし、まずタイプが違う。奏という人物は積極的に話かけるタイプでなければ、泉田も用もないのに人に話かける性格ではない。

「そっか、弟さん出るんだ。わかった、聞いておくよ」
「本当?ありがとう。もし駄目でも見に行こうとは思ってたんだ」
「一応僕らもでるんだから、箱学の応援もしてね」
「うん」

それから主将である福富に確認をしてみると、それは顧問の先生だと言われ、顧問に確認をとってみる。
どうやらまだ空きがあると言う事なのでそれは翌日伝えた。
詳しい奏の事情は知らないが、奏が言うには弟に会うのは凄く久しぶりで、もう3年近く会っていないらしい。

「里帰りで会わないの?」
「弟京都だから…私ね、両親居ないの」
「あ、ごめん…」
「ううん、わざわざありがとう。泉田くんの応援もするね」

そしてIH当日。忙しそうに走る奏の姿を見るものの、その京都の弟に会えたのか気になり、時間を見つけて奏に話しかけてみる。しかしその答えは「NO」で、スタッフの仕事が忙しくてそれどころではないらしい。

「そっか、それは…大変だね」
「ううん、ここまでの交通費とか無料だし。私、ちょっとだけ弟に会えれば、見るだけでも、それだけでいいから」
「何年も会ってないんでしょう?」
「会ってないから、逆にいいかなって…携帯もあるし、声は聴けるから。心配してくれてありがとう」

IH初日が終わり、スタート前と変わらず奏は忙しそうに運営スタッフをしている。泉田は奏の事情を知っている手前、どうにかしてあげたい気持ちもあるが、スタッフをしている彼女に時間をは言えない。
レギュラーである自分にも仕事があるように、スタッフとして参加している以上奏にも仕事があるからだ。
帰りのバスに揺られ、部員が乗っているバスの後ろからついてくる学生スタッフのバスに乗っているだろう奏を思う。そういう事情だったらスタッフではなく、応援の方で参加した方がいいよと助言すべきだったのではないか、と。弟と言う事は今年初参加のはず、家族ならその姿を見たいはずなのに。
バスを降りて、明日の連絡事項が終わると各自解散になる。そのタイミングを見計らって奏が声をかけてきた。

「お疲れ様、泉田くん」
「ああ、朱堂お疲れ様。僕、君に謝らくちゃって思ってて」
「え?なんで?」
「応援の方なら時間あるって、言ってなくて、それなら弟さんとも」
「ううん、いいの。あのね、弟と会えたよ、それを言おうと思って」
「え、弟さん?」
「うん」

それだ言いたかったんだ。と奏は笑う。
それを聞いて安心した泉田もつられて笑う。自分の心配ももっともだったが、長い間あっていない弟が見たいという事を聞いてしまってからそれが気がかりだったのだ。
奏の手を見ると、小さなブーケがある。それは多分、あのステージで表彰されたときに渡されるそれにとても似ている。箱学主将である福富と面識があるとは思えないし、それに総北のあの人ともあるとは思えない。

「それ」
「あ、この花?弟がくれたの、いらないからって」
「ねえ、朱堂さんの弟って、誰?表彰で朱堂って人いなかったよね?」
「弟の名前?翔、御堂筋翔だよ。私は親戚の朱堂の家に引き取られて朱堂だけど、元は御堂筋奏なんだ」

泉田が驚いて落とした荷物を奏はいたって普通に拾って「どうしたの?具合、悪いの?」と心配してくる。
あの、ゴールを競っていた京伏の御堂筋の血縁者が目の前にいる。

「泉田くん?」
「え、あ…ごめん。あんまり、朱堂さん、訛ってないね」
「こっちに来てから、それコンプレックスで…でも、今日弟と話したら出ちゃった」
「そ、そっか…」
「ごめんね、疲れてるのに呼び止めて。明日も応援するからね」

それじゃあ。と奏は小さく手を振って戻っていく。
味方だけど敵でもあるような気がして、手を振りかえすことを少しだけ戸惑って、同じ学校の生徒だと言い聞かせてから奏に向かって手を振る。

「なんだ、泉田の彼女?」
「新開さん…違いますよ、同じクラスの女子です」
「仲良さげだったのに?」
「IHに、弟さんが参加されてるっていうので、スタッフになれないかって相談されて、それで」
「ああ、寿一に聞いてたもんな。まあいいや、明日もあるし、疲れをとらないと。早く行くぞ」

言われて、一度だけ奏が居る方向を見る。
そして泉田は休むために踵を返した。



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