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 クライムクライム

※ネコカブリ主



「オレと勝負しろ朱堂!」
「スパッとお断り!」

朝一番に山神と呼ばれるクライマーの東堂くんにびっしと指を差されて勝負を申し込まれた。
この自転車競技部が勝負というのは当然自転車であり、徒競走とかテストの点数ではないのはお見通しだ。

「な、なぜだ!」
「その前におはよう東堂くん」
「ああ、おはよう。して、どうして断る!?」
「そんなの簡単。だって巻島くんといい勝負してるクライマーと勝負して負けるのは確実だから」

今日は連休初日。連休ともなると家に帰る生徒も多く、寮の食堂はがらんとしていることがおおい。特に部活を引退した3年ともなると、受験もあるけど遊びもある。私の場合はやっぱり家には居づらいので寮にいる。

「仲が良いな」
「おはよう寿一、新開くん」
「おはよう奏。尽八とどうしたんだ?」
「勝負しようって。断ったんだけどね」
「なんだそれ、面白そうだな」
「そもそも思い出してほしいんだけど、私経験者って言っても現役の人には負けるから」

荒北くんが一緒じゃないのは珍しい。と思いながら朝ごはんをとる。
もう猫を被るのはやめたので、話し方も砕けているし、なにより寿一に「前の方がいい」と言われてから昔をしらない東堂くんに「フクが言うようにすべきだ」と言われたのでそうなっている。

「まず男女の差を考えようよ、小学生ならまだしも」
「……ぐぬぬ、なら勝負なしで山に行かないか」
「山?」
「なんだ尽八、奏誘ってデートか?」
「デートは困る、ファンクラブ恐い」

実害はないけど。
熱狂的だと思っていたファンクラブにはどうも私も同じ部活…と言っていいのかわからないが、汗水を流す仲間に見られているらしい。会長には「私も応援しているわ、どうか東堂様をよろしくね」と言われている。いったいどういう意味なんだろう…サポートしろとでもいうのだろうか。

「それならえっと…マナミ、くん?誘えば?クライマーなんでしょ?」
「それとこれは別だ」
「付き合ってやれ、奏」
「そうだぞ!フクの言うとおりだ!オレに付き合え」
「……最初はグー、じゃんけん」

ポン。と出せばあっけなく負けてしまった。これは付き合わないといけないなと思って「わかった」と返事をする。勝てば断れてたんだけど、まあ嫌じゃないからいい。自転車自体は好きだし、山は大変でヒイヒイするけど楽しい。クライマーじゃなく、運動としては良いと思う。最近勉強で運動不足かもと自分でも思っているし。

「ではそうだな…一時間後に校門だ」


久しぶりだね。と愛車に挨拶をする。ちょっと変人に見られるかもしれないけど、どうせ誰もいないんだからいい。タイヤの空気も思ったより減ってないし劣化もしていない。これならすぐ出しても大丈夫だと思って引いていく。
時期的にも引退しているのでたまに自転車部の下級生に会うと「お出かけですか」と声をかけてくる。本来の部活は女子しかいない部活なのでこうやって男子から声をかけてもらうのはどうも照れてしまう。

「ちゃんと来たな!」
「じゃんけんに負けたからね」
「勝ったらどうするつもりだったんだ?」
「来ない」

嫌な顔をされた。ファンクラブがあるだけあって嫌な顔も様になるのが悔しい。
そういえばこうやって誰かと二人一緒に走るって総北にいた頃以来かもしれない。入部した時は先輩と二人一組で走って、それから歓迎レースに合宿。それからここだから、しばらくは一人で、寿一に引っ張られてからは二人でということはなかった。

「二人で走るって久しぶりかも」
「最後はいつだ?」
「うーん、田所くん、かな?総北の時に練習に…いや、合宿の時?金城くんだっけな、んー、巻島くん?忘れた」
「……」
「小さいころは寿一と一緒にとかよくあったけど」

ヘルメットをかぶりながら話す。
そういえば巻島くんはイギリス生活に馴れたかな。メール送るけど返事はほとんど返ってこない。もともとそういう性格だったし、それでもたまに返してくれる。生活になれるのは大変なんだと思う。国内であっても私は苦労したし、家族が変わって苦労もした。
長かった髪をもう切ってさっぱりしたのでヘルメットも被りやすい。

「また合宿したいなー、今度は走り切りたい。金城くんにメールしてみようかな」
「……行くぞ」
「え、ああ、うん」

なんだか急にテンションが下がった東堂くんの後ろを走る。さすがレギュラーをしていただけあって早い。あまり離されないように必死についていくが、ブランクのせいでついていくのがツラい。ちょっとだけやってもずっとやっていた人間に追いつくのはやっぱり無理があるみたいなので大人しく「東堂くん、ちょ…まって」と助けてコール。すると私に気付いて「すまん、いつものペースになってしまった」と謝られた。
それからは私を気にしつつ登ってくれたので何とか頂上まで行けた。

「あー…キッツイ……」
「すまん」
「んーん、でも、楽しかったから……」
「褒美に飲み物でも奢ってやろう」
「…っんじゃ、スポドリで」

任せろ。と買って来てもらったペットボトルを受け取る。余裕のある姿が恨めしいけど、それは自転車にどれだけ時間をかけたかの差というのはわかっている。乗れば乗るだけ強くなる。乗らなければ弱いままだ。

「朱堂、お前に言いたいことがある」
「…ん?」

ちょっと、やめてよ。驚いて落としちゃったじゃん。そんな言葉も出ないで私はただ驚いて口に入っていたドリンクを吹き出してボトルを落とした。



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