※ 一芸
「………」
これまた奏が嫌な顔をしている。奏は同好会の仕事でいつもの様に鶏小屋の掃除をしているところにオレが来たのだから嫌な顔もしたくなるのかもしれない。
「ウサ吉の小屋の掃除しに来た」
「その前に着替えた方がいいんじゃないの」
「大丈夫、もうそいつらに突かれないし、フンも落とされないから」
最初に比べたら懐かれた方だ。ちょっとでも気に入らない事をうっかりしてしてしまった時には総攻撃を受けたし、奏がいない時に構ったらうるさく鳴かれたことだってある。
小屋の出入口で鶏に「よ」と声をかけるとココッと小さく返事をしてくれた。
「文化祭は同好会はなにすんの?」
「簡単に言えば成長記録のノート出してるし、あと今年は校庭でスピカの芸とか」
「覚えたの?あとオレ鶏の芸が見たい、寿一が言ってた」
「大した事はできないけど…」
福富くんに私何か見せたっけ?と奏は頭を傾げる。そんなことをしつつも奏はちゃんと掃除をして、鶏は少し外を眺めている。今日は散歩はないらしく、大人しい。
「おい新開…ってげ、お前も一緒かよ」
「同好会の活動」
「よう靖友と寿一。尽八は?」
「文化祭の話が終わらんらしい」
「げ、コイツ逃げんじゃねえの」
「逃げないよ、奏の言うこと聞くから」
ココッと小さく鳴きながら見慣れない二人が気になるのか鶏が近づいて観察し始める。意外と人間らしいというか、こういう行動もするんだなと思った。
靖友はあからさまに嫌な顔をするし、寿一は興味深げに眺めている。
「鳥野郎、くっちまいうぞ!」
「靖友に食われる程その子馬鹿じゃない」
「うっせ!」
「1号、やっておしまいなさい」
「げ!」
小屋には3羽鶏がいる。そして自己申告していた名前のセンスはやっぱり悪い。だから鶏を1号2号3号と名付けて呼んでいる。ちなみに奏が言うには1号は色んな物に興味示す性格で、他はおっとりというか、マイペースらしい。その1号はバタバタを走って靖友をつついて攻撃し始めた。
「いって!」
「調教してあるのか朱堂」
「ちょ、福ちゃん感心してないで助けてヨっ」
「頭に乗ってしまえ、そして大きく一鳴き!」
「うげあ!」
バサバサッと大きな音を立てて1号が靖友の頭に駆け上って大きな声で鳴く。その声は今まで一番大きな声で、おめさんこんな大きな声でたんだな。とうっかり口からこぼれた。
あまりの声量に靖友は耳を押さえるし、寿一はビビって逃げ腰だ。
「これに懲りたら馬鹿にしないこと」
「…耳が、痛てぇ……」
「鶏が、こんなに強力だとは思わなかった」
ほう。と鶏を眺め始める寿一。1号といえば、靖友の頭が気に入ったのかそこに座っている。確かそんなに軽くなかったと思うんだけどと眺めると、やっぱり重いのか靖友が呻き始める。
「福ちゃん…こいつ、とって…」
「無理だ」
「え」
「さては恐いな寿一」
ぱちんと指を鳴らしてからかってみると、至って真面目な顔をした寿一は頷く。鶏って確かに見る機会ないし、触ることもないもんな。オレだって最初怖かったし、今でもちょっとだけビビることがある。
「戻っておいで、掃除終わったよ」
1号は頭を下にして靖友の鼻をつつくマネとしてから羽をばたつかせて騒がしく降りて小屋に戻る。小屋の中にいた他の鶏達が「どうしたの、なにしたの」とまるで聞いているように集まる。そんな小屋から奏が出て、いつもの様に南京錠をかけて今日の世話が終わったらしい。
「新開から聞いていたが、凄いな」
「準備室にいるフクロウのスピカも凄いぞ」
「フクロウがいるのか」
「つうかなんでフクロウだけまともな名前なんだよ」
「うわ、靖友泥だらけ」
「おめえのせいだろうが!!」
「自業自得という言葉をご存じかしら」
はい。とオレに箒を渡して奏は行ってしまう。いつものパターンだと生物室だ。
文化祭が近くなると校内は騒がしくなるが、文化部とか文化祭に出品する部活はそっちの方が優先されるからクラスの出し物にはかかわらない。そんな奏も忙しいのかと言えば、そうでもないらしい。記録物といっても毎日書いているのを纏めるみたいだ。
寿一がフクロウを見たいというので一緒に生物室に向かう。前に奏に言われたのは「私がいいって言うか、開けるまでじっとしてて」というのは守っている。理由はスピカが驚いて逃げないようにらしい。
いつもの様にドアの向こうから「奏ー、入っていいー?」と聞くと、しばらくしてからドアが開く。いつも一人だったのかさっきの数人ということもあって奏が珍しく驚いていた。
「寿一がスピカ見たいって」
「今からエサだけど…」
「あー、エサか。どうする?」
「つうか、エサがなんだっての」
「冷凍マウス」
「オレ生物室の方でフグ見てる」
「…フグいんの?」
「寿一もフグ見ようぜ」
冷凍マウスの魔法だ。寿一はあまりピンと来ていないが、靖友は良い予感がしなかったらしい。オレの提案に乗って「ほら福ちゃんもいこうぜ」と引っ張る。
奏は黙って準備室に行って一人エサをやっているんだろう。しばらく出てこない。
「食べられるのか?」
「鑑賞魚」
「だってさ。可愛いんだぜ、コイツ。なあ奏、こっちのエサは?」
「まだ。こっちの冷凍庫にエサあるからあげてもいいけど」
「やるやる」
準備室に行くとスピカが食事真っ最中。これも何度か見て慣れたけど、寿一とか靖友は嫌な顔をするだろうな。冷凍庫から奏にエサを出してもらって、ピンセットを持っていくと、案の定というか、予想していたけど気にしていなかったことが起こる。
「げ、それエサ?」
「そうそう。冷凍アカムシ」
「寄ってきた」
「ご飯だぞー」
ピンセットでつまんで、水槽の中に入れると上手に噛り付く。これも奏がしているのを見て覚えて、何回かやらせてもらっている。
「オレもできるか?」
「お、いいぜ」
「福ちゃんこういうの好きなわけェ?」
「嫌いじゃない」
フグが食べると寿一は少し嬉しそうにしてる。少しだけ意外といえば意外だ。靖友も意外だという顔をしている。
それから靖友もやってみて、気に入ったらしくニヤニヤしている。確かにフグは可愛い。ウサ吉には負けるけど、最初のあの人懐っこいというか、リアクションがよかった。ただ奏には「水槽に手いれて噛まれても知らないから」と言われ、遊び半分で指を入れたら噛まれた。くちばしがあるって言ってくれよ。
「おまたせ、スピカちゃんです」
「美人さんだろ?」
「新開、人じゃないぞ」
「細かいことは気にするなよ」
「ソイツあの時のヤツか」
「ああ、靖友の頭の上旋回したな」
「飛ぶのか?」
「今年の文化祭はちょっとした芸を予定してる」
「今見れるか?」
まあ、校庭なら。と奏が言うと寿一は似合わない雰囲気で「見たい」とねだる。
準備するからと奏は準備室に戻ってグローブやらなんやら持ってくる。腰にはポーチみたいなのもあるから、本格的に見せてくれるらしい。
「大きなことはできないから、それだけは覚えておいて」
それから奏が予定していることを見せて、やらせてくれると寿一並みに靖友が興奮していた。
「お前いつの間にこんなことできるようになったんだよ!すげぇ!!」
「靖友が自転車に乗っている間」
「………」
あー、やっぱり奏はこうじゃないとな。
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