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 猫は逃げ出した

「今日までのお礼にあげる」

追出の後の写真撮影が終わって解散になり、奏の手には炭酸水。冷たいものは体に悪いからと常温より少しだけ冷たいペットボトルを福富に差し出す。

「…いいのか」
「いいよ。これ私が好きなやつなんだ」
「お、いいな寿一。オレには?」
「新開くんはまた今度ね。今日はこれだけ」
「オレ、オレのは!」
「東堂くんも今度ね」

無糖だよ。と奏が付け加える。
ドリンクはあるし、でもこれを持ち帰るには面倒だ。自転車にカゴがるわけでもないし、ここで飲みあげてしまえば荷物にもならないと思った福富はペットボトルに手をかけ、お茶のように柔らかくないボトルに力を入れて口をまわした。

「っ!!!?」
「やったー!!引っかかった引っかかった!」
「な…」
「さっきトイレで力一杯振って振って振って振った炭酸水の威力!」
「………」
「今日までのお礼!あースッキリした楽しかった」

ブシュッ!!と圧縮されていた中身が勢いよく飛び出し、福富の顔や頭だけではなく胸元まで大いに濡らす。ボトルの中身は半分もなくなり、気泡がシュワシュワと泡立っている。
それを見ていた新開と東堂は呆気にとられ、やはり本人の福富も固まっている。それとは正反対に奏はキャアキャアと声を出して喜んでいる。

「ちょ、福ちゃん…おい朱堂お前…」
「今までのお礼をしただけ。今まで色々ありがとね」
「…そうだな、じゃあオレも礼をしないといけない…な!」

残りが出ないように蓋をして大きく振って奏に近づく福富。その後を予想して奏は逃げるが、逃がすつもりのない福富は奏の後ろを真顔で追いかける。事情を知らない下級生が何事かとざわついていると荒北が「お前らさっさと帰れ!」と散らしている。
それがカップルの様に楽しげならば遊んでいるとわかるのだが、奏は真面目に逃げているし、追いかけている福富も真顔。恐い意外の表現がない。

「新開!奏のロードを確保しろ!」
「OK寿一!」
「あ!酷い!!」
「福ちゃん手伝おう?」
「荒北、行け」
「2対1!2対1!!」
「朱堂、隼人も入るから3対1だ」

うわああ。と三方から長身男子が迫る中、奏は逃げ場を探す。奏の愛車は新開が引いているから奪還は難しいし、新開の自転車は東堂が持っている。それを奪うのは無理だろう。それにいくら最近鍛えていると言っても体力は男子でいつも鍛えている福富や荒北には到底勝てない。

「はい朱堂確保」

肩をガッシとつかまれ、そのまま福富の前に連行される奏。福富は無言でボトルを振り、蓋に手をかける。

「やられたらやり返す、それでいこう」
「うきゃ」

シュッと音だけを立てて蓋が開き、中身は飛び出なかった。そもそも中身が少ないからあふれるというこはなく、ただガスが音を立てて逃げて行っただけに終わる。

「不発だ」
「あー恐かった」
「最初に朱堂が福ちゃんにやったんだろうが」
「仕返ししただけだし」
「…というか、奏なんか口調というか、変わったな」
「昔の奏に戻ったな」
「せっかく女の子らしくしてたのに。全部寿一のせいだ」

福富の手にあるボトルを奪って奏は自分の頭にかけて「はい、これでお相子」とボトルを捨てに行く。
砂糖が入っていないのを選んだのは好みではなく福富の為であり、どうせこうなるだろうと思って予想していたのだ。

「寮戻ったらお風呂入らなきゃ」
「奏までかぶらなくても…」
「だって寿一だけやられ損だし、予定だと私もそれ被る予定だったからいいの」
「もう一本買ってやるか」
「嫌だよ。あれ私がコンビニの人に頼んで常温にしてもらってたんだから」
「意外と優しいな」
「それは手が込んでいるっていうんだ」

暑い時期なので急いで乾かす必要はないが、髪が濡れているのが気になる奏は髪をつかんでギュッと絞る。東堂が「髪が痛むぞ」と心配するが気にせずに絞っている。

「なんか、意外だな」
「奏は元からこんな感じだった」
「昔は二人でいたずらもしたよね」
「最後に叱れてな」
「寿一ってば泣いてたよね」
「うるさい」
「……二人は、仲が良いんだな」
「昔の話だけどね」
「今だって良さそうだ。寿一も奏も楽しそうだ」

二人同時に黙り、お互いに伺うが答えは出ない。
二人からしてみると昔の延長であり、他から見ると新鮮なのだ。今まで正反対の生活をしていた二人が同じことをしているという違和感。それを奏以外が受け入れているという事実。

「あーあーあー、なーんか、もういっかなーって」
「どうした」
「女の子らしくしなさいって言われてお花とかお茶とか、髪だって伸ばしてたけどやめようと思って。部活は続けるけど髪は切ることにする。女の子らしく失恋したってことにして」
「昔は短かったな」
「長い髪は女の子らしいんだって」
「失恋したのか!?」
「してないよ、ただの反抗。もうバッサリ切ってやる」
「女の子らしくって、なんでだよ。つうか朱堂変わりすぎて笑える」
「お母さんの再婚相手が女の子なんだから女の子らしくってうるさいんだよ」

スカートだって嫌いだし、長い髪も邪魔、大人しくしているよりも自転車に乗ってる方が楽しい。
どうせ実家っていうかあの家は居づらいんだし、好きにしてしまえ!と奏は笑った。



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