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「今度のIHはここ箱根なんだ」

キラキラと擬音語がつきそうなほどのの笑顔で東堂尽八は隣の席の朱堂奏に話かける。
当の奏と言えば、「そうなんだ」と会話の一部としか聞いておらず、次の授業の教科書やノートの準備をしている。どうやらシャーペンの芯が切れたらしく、ペンケースをあさって芯を入れようとしている。

「地元開催なんだ」
「…あ、そうだね。箱根でやるんだ」
「人の話は聞くものだぞ朱堂」
「ごめんね、いつも使ってるシャーペンが調子悪くて」
「予備はあるのか?貸すぞ」
「大丈夫、ありがとう」

東堂尽八と奏の付き合いはそれほど長くはない。奏は家庭の事情というやつで高校1年の中ごろに転校してきたのだ。そしてたまたま隣の席になった東堂が「一人では心許無いだろう」と何かと声をかけてくれたのが切っ掛けだ。当の奏としては最初は嬉しい気遣いだと思っていたものの、だんだんとその度が過ぎるようになり、少しわずらわしいと思うこともあるが、彼自身は親切心からしているのだと言いきかせて少しだけ距離を取っている。

「見に来ないか朱堂」
「……予選を?」
「どうしてそうなる、IHに決まっているだろう」
「そう、だね。箱根だし。見に行こうかな」
「よし、そうなれば話は早い。オレはクライマーだ」
「森の忍者だっけ」
「なんだそれは。スリーピングビューティーだ、そして山神」
「それでクライマーがどうしたの」
「そうそう、クライマーは山が見せ所だ」

だから今度コースを教えるからそこで応援をしてくれないか。
それを言った瞬間にチャイムが鳴り、同時に先生が入ってくる。その先生は時間通りに動く先生で影ではサイボーグとかあだ名されている。そのサイボーグ先生は何時も同じ声で淡々と「授業を始める」と号令を急かしていた。



「朱堂!よく来てくれた!」
「…よくこんな人がいるところで私だってわかったね」

IH一日目。メールで「今スタートの近くに着いたよ。今日は頑張ってね」と奏が送れば直様「どこにいる」と返信がきた。目印になるものを見つけてその近くにいると返信すると数分も待たずして聞き知った声に呼び止められた。

「いいの?こんなところにいて」
「なに、まだ取材もない」
「準備は?」
「終わっている」
「…暇なの?」
「違う。せっかく朱堂が来たのだから少しばかり話をと思ってだな」

実際スタートまではかなり時間がある。地元開催ということもあってメンバーには余裕が時間にもあるのだ。各自決められた時間までは自由してもいいということになっているらしい。

「どうせだ、案内しよう」
「いいよ、だって選手でしょ?」
「まだ時間はある」
「ファンクラブの人に見つかったらなんか…あれだし」
「そんなことを気にする必要はない」
「ごめんね、東堂くん。私用事があるから」
「何!?」
「知り合いがたぶん来ているから会いたいんだ」
「………そ、そうか…それなら、仕方ないな…」
「教えてくれた所で見てるから頑張ってね」
「ああ!」

落ち込んだように見えていたが、一瞬のうちに元気を取り戻す。もしあのままレースが始まったらメンバーに何か入れていたかもしれないと奏は思うと、申し訳ない気持ちになった。その理由としては箱学自転車競技部は常勝校として有名であり、ついでに言えばそのメンバーにはファンクラブまである。そんな学校の有名人に精神的に何かあれば結果に大きく影響するだろう。
東堂は「ではオレの走りをしかとみるんだぞ!」と指さして人ごみに消えていく。


それから奏は友人たちがいるであろうところをウロウロしてはみるものの、この先関係者以外立入禁止と書かれていたりしてどうにも見つけることができない。友人はレースのたぶん参加者なので関係者であり、その先にいるのだろう。奏がメールした東堂も同じ参加者なので今はたぶんその先にいるのだろう。友人にメールするのも手なのだが、転校してからたまにしかメールしていない奏としてはこの大事なレース前に余計な事かもしれないとどうもためらってしまう。

「…朱堂?」
「金城、くん…」
「久しぶりだな、どうして」
「引っ越した先が箱根で。友達にここでIHだって聞いて…来ちゃった」
「そうか。巻島と田所もいるぞ」
「会いたい!」
「よし、待ってろ。今呼んでくる」

ステージの前あたりでなんとなくプログラムのを見ていると懐かしい声がして振り返ると、前の学校でマネージャーしながら選手とほぼ同じトレーニングをして参加していた部活の仲間がいる。選手と同じようなとっいても、基本はマネージャーだったので選手の様には走ることはできない。同じ学年だった先ほど名前に上がったメンバーは今でもメールをするが、このIHに来ているとは連絡していなかった。それを見つけるのは至難の業であり、そしてそれ以上に奏は嬉しかった。
金城が巻島と田所を連れて来れば、その二人も驚いたように目を大きくしている。

「久しぶりだな朱堂!」
「お前箱根に引っ越したとか早く言えよ。神奈川しか知らなかったッショ」
「久しぶりー。まだあの時はわからなくてさ。みんな変わんな…くは、ないね」
「朱堂は友達が教えてくれたって言っていたが、マネージャーはもうしていないのか?」
「うん、なんかね…」
「で、どこの学校行ってんだ?」
「箱根学園ってところ。その自転車部の人が教えてくれて、おいでって言ってくれて、もしかしたら総北もいるかなーって」

ぴたりと止まる。それを不思議に思って「どうしたの」と奏が聞けば「気にしなくていい」と金城が言う。奏自身は去年の事件は知らず、ただ「箱学は有名だからかな」と思う程度でしかない。

「ちょっと質問いい?」
「どうした」
「ここのポイントで見たいんだけど、開会式終わった後でも大丈夫かな」
「…そうだな、ここは人が多そうだから早い方がいいだろうな」
「オレの応援でもしてれんの?」
「そっか、巻島くんもクライマーだもんね。ここで見てろって言われて」
「誰に」
「東堂尽八って自転車部の人。同じクラスで隣の席の人なんだ」
「………」
「え、な、なに?」
「…朱堂、頑張れよ」
「え?…え?」

状況がつかめない奏に田所が「早く行って巻島待ってろよ!」と肩を叩かれた。





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