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 恋する○○

「大丈夫か!!?」
「だい、じょう…ぶ」
「それは良かった」

朱堂が自分も自転車に乗ってみたい、皆と同じに走れないけど、一緒に走ってみたい。そういってだけが嫌な顔をしようか。学校の予備というか、初心者用にとある自転車を朱堂用に高さをできる範囲で調節し、何とか乗れるようになってからオレは朱堂に声をかけた。一緒に登らないかと。巻ちゃんと同じように登るのではなく、あくまで朱堂のスピードに合わせて、ゆっくりと。

「…この木、どうして…」

ただ初心者であった朱堂には難しかった、いや、たぶん急すぎたのだと思う。山道を登っているとバランスを崩してオレの目の前で落車しかけた。

「いい場所だった、ただそれだけだ。足は捻ってないか?手は、頭はぶつけてないか?ああ、手のひらを擦りむいている」

咄嗟に能力を使ってしまった。朱堂が幸いアスファルトの方ではなく、山の方に倒れそうになった時に。
オレは山神と呼ばれる。それはスリーピングビューティーという異名ではなく、実際に山の神なのだ。先祖代々この山を守る神。正確に言えばまだ神ではないが、人の力を凌駕するのであればあながちウソではないし、人間のように非力ではない。

「違う、違うの東堂くん、だって、この木、急に私のクッションに」
「落車する時にそう見えただけだ。立てるか?」
「…う、ん。でも」
「今日はもう戻ろう。すまなかった、まだ朱堂には早すぎた」
「ううん、ありがとう。私ももっと練習しておけばよかった…」

確かに少し不自然だったかもしれない。あれほどに車道まで伸びている木は他にない。朱堂が不思議がるのもおかしいことではない。現にオレは朱堂の目の前で能力を使って木を朱堂のクッションになるようにと命じたのだ。
それからは一緒に山を下りて学校に向かい、自転車を片付けるよりも先に朱堂の手当をした。いつもは逆だから変な感じ。と朱堂はいつものように笑っていた。

「お、朱堂どうしたんだ?珍しい」
「東堂くんと一緒に山に行ったんだけど、転んじゃって」
「朱堂には少し早くてな、すまん」
「手だけで済んでよかったな、おめさん」
「うん、不思議なことがあってね…」

すべて言わなくても新開は感じ取ったらしい。
新開隼人もオレと同類だ。同類というか、同じ側の存在だ。正直言えば、こちら側の存在は少なくはない。同じ学年でいえば荒北もその部類だ。同類同士仲が良いわけではないが、人間の社会ではそれなりの交友関係だと思ってはいる。人の世に入れば人として生活をせねばならん。それが掟であり、破ったものはそれなりの罰を受ける。

「手のひらジンジンする」
「怪我してるからな。どれ、オレがとっておきのおまじないをしてやろう」
「おまじない?」
「痛いの痛いの、とんでいけー!」
「東堂くん可愛いね」
「美しいと言え、美しいと」
「二人とも、これからどうするんだ?」
「私自転車の練習したいです!」
「付き合うぜ朱堂」
「オレも付き合ってやろう」
「やったね、先生が二人」

朱堂がトイレ行ってくる。と部室を離れると同時に新開の纏う雰囲気が変わる。どうやら怒っているらしい。その雰囲気は教室で放つものではなく、同じ側に対する威嚇のような、それは大きくなる。

「尽八」
「わかっている、咄嗟に出てしまった。そうでなければあれではすまなかった」
「朱堂に怪我がなかったのは良いと思う。だけど場所を考えろ」
「近くに気配はなかった」
「だけど!」
「なら朱堂が救急車に担ぎ込まれるのを見たかったのか?」
「違う!そうじゃない…山神だって…」
「人の命を奪う行為ではない、それに朱堂しかいない、朱堂には目の錯覚だと言ってある」

新開は優しいが故に臆病だ。
鬼の血筋で少しだけ濃いそれは、こうして部活での力にもなっている。そして性格に関してはウサギのウサ吉にも表れているだろう、あんな野生の兎の一羽や二羽自然界では淘汰されいておかしくはない。それをわざわざ飼っているのだ。

「朱堂はオレ達とは違う」
「わかっている」
「ウサギとも違う、もっと頭がいい」
「ちょっと!ウサギと一緒にしないでよ!」

勢いよく開かれた部室のドアには朱堂が自販機で買ってきたと思われるペットボトルが三本。そして怒った様子の朱堂がムッとしている。

「い、いつの間に…」
「今の間ですー。どうしてウサギと一緒なのよ、もう。はいスポーツドリンク」
「お、ありがとう」
「東堂くんもどうぞ」
「ああ、すまんな…って、朱堂はお茶か」
「うん。先生たちには前払いのスポドリで、私はただお茶が飲みたいから」

少しだけ喋って、朱堂は練習するからと先にまた部室を出る。あのままアスファルトの方に倒れていたらと思うと、こうやって喋っているのがどれだけ幸せな事だろうと思う。基本的にオレたち側は人間に対して恋慕は抱かないが、子供の様な愛情、それを親愛というのだろうか、それを抱くことはある。人間はひ弱で、しかし強くもある。本当に子どものようだと。それは新開の血筋も同じらしい。ただ新開は比較的近い祖先で人間と交わっているのでそういった恋慕というものも人間に抱きやすいらしい。現に新開の両親はその血筋と人間だ。オレも人間の血が祖先に混じっているものの、山神の血が勝っている。昔は人間に恋慕するのは欠陥と言われていたが、今ではそうでもないらしい。

「尽八、これは寿一と靖友にも報告しておくからな、覚えておけよ」
「荒北はわかるが…なぜ福にまで?あれは人間だろ」
「そっちの意味じゃない、おめさんが朱堂と山に行ったことを、だ!」
「…言ってどうする。朱堂は人間だぞ」
「わかってねえな、寿一は人間、靖友は朱堂に懐いている」
「……そういうことかっ」

深く考えた事はなかったが、そうだった。そうだったのだ。
どうする、これは面倒だ、じつに。荒北程度であれば何とかなるが、福は面倒だ。何が面倒って朱堂と同じ人間だからだ。オレが下心など毛頭ないとしても、フクにそれが理解できるだろうか。朱堂は可愛い、実に可愛い。しかしそれはオレにとって親愛であり、子を慈しむようなものだ。

「黙っててほしいか尽八」
「あ、ああ…」
「飯奢ってくれ」
「…っく、仕方あるまい」

説明する手間より、新開を満腹にした方が楽だと考えたオレは頷くしかできない。
それよりもそろそろ朱堂の練習を見なければ朱堂がまたこの会話を聞いてしまうかもしれない。



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