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「#エロ」のBL小説を読む
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 矢印の先

「朱堂さん、好きです」
「本当?ありがとう」
「朱堂さん、本気にしてないでしょ」
「本気?」
「オレ、本当に朱堂さんの事好きなんですよ」
「う、うん?」

IHも終わってしまえば呆気ない。といっては部員に失礼かもしれない。でも実際そう感じてしまうのが正直なところだ。あれだけ熱意をもって打ち込んでいた部活も、あとは個々の成績の個人レースがメインになってくる。そうなってしまうと私の仕事なんてあの忙しさからしたらきっと暇なもので、各地であるレースの予定表を作ってみたり、部員の備品やらの管理、そして記録整理といった感じだ。でも今はだいたい1年生の子がやっているし、私は本当にあまりすることがない。
そんな中、私は3年生の記録やら予定、その他の事をしていると真波くんがいつものようにやってきて、いつもの同じように話ていた時だ。

「うん、まあ私も好きだよ。うん」
「ね、朱堂さん」
「なに?」
「もし、IHで優勝してたらオレの事、好きになってくれました?」
「……ん?」

向かい合うように座っていた真波くんは書き物をしていた私の手を握ってくる。自転車競技部らしく、手には豆があるし、思いの他硬い。男の子なんだなっと、私の中の別の私が客観的に思っている。同世代である私の手とは全く違くもので、それだけ費やしたものも違うんだと。

「朱堂さんの手、柔らかい」
「真波くんの手は硬いね、マメもある。頑張ってる証拠だね」
「IHのゴールで朱堂さん抱きしめてくれましたよね」
「うん、したね」
「オレ、朱堂さんの胸で泣いちゃったんだよね」
「知ってるよ。真波くん、手放してほしいんだけど」
「…なんで?」
「今3年生が出るレースの予定表を作成しているから」

どうしても?と可愛らしく頭を傾げてくるので私は「どうしても」と笑顔で応戦する。
そういえば同じクラスの子が言ってた。「真波くん可愛い!」ってよく言っていたし、何かと写真をねだられていた。そうか、こういうことなのか。
真波くんは嫌々というか、渋々というか手を放してくれ、私はその予定表を作る作業に戻る。たぶんこれからのレースに出るのはIHメンバーくらいしかいないと思う。毎年そうだったし、なにより3年はこれから受験を控えている。推薦もあるだろうけど、普通に受験をする部員もいるわけで。

「朱堂さんも引退しちゃうんですよね」
「そうだね、受験もあるし」
「どうしてオレあと2年早く生まれなかったんだろ」
「あと2年早かったらこの学校じゃなかったかもしれないし、自転車も乗ってなかったかもよ」
「それはないです」
「そう?」
「はい」

予定表を書いている間、いやに見てくる真波くん。見られることにそれほど慣れていないというと少し変だが、こうも見られるのはなんだか変な感じがする。
最後の予定を書き終え、誰がどのレースに出るかをなんとなく予想してみる。去年は自分たちが主力になるので予想も楽しかったけど、今はもう去るだけなのでそれほど楽しみはない。泉田くんとか黒田くんとか葦木場くんとかはこっちのレースにも出るのかなーと。

「あーあ、3年が出る大会も少なくなっっちゃった」
「朱堂さんが部活に出る日も少なくなっちゃった」
「寂しい?」
「寂しい」
「そっか、ちょっと嬉しい」
「…?」
「清々するって言われるより」
「凄い寂しい、とっても寂しい!」
「ありがと、真波くん」

可愛いな。と思う反面、多分真波くんの私に対する好きっていうのは、こういうことなんだろうと思った。真波くんの好きという言葉を疑うわけでも、信じないわけでもない。それに私がちゃんと応えられない。嫌いとか好きの答えを出せない。

「ありがとね、真波くん」
「…朱堂さん?」
「ありがとね」
「…やめてくださいよ、フラれたみたいじゃないですか」
「そうかな」
「そうですよ、まだ、やだ。やだ、やだ。だって好きなんだ」
「駄々っ子か」
「だって、朱堂さんが」

好きなんだ、本当に、絶対に。と消えそうな声で真波くんがずっと言っている。
それに対して私はただ「ありがとう」としかまだ言えなくて、どうしたらよかったのか。
東堂くんに聞いたらわかるのかな、なんて思った。



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