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 チョコの涙

えー?と私は声を出して困った。というか困っている。
半強制的にマネージャーにさせられた部活。その部活にも慣れて、一番上の先輩が引退してから数カ月。女子が色めき立つバレンタインの季節が近づいてきた時の事だ。

「…催促って、やつ?」
「違う違う、どうするのかって聞いてんの」
「別に…としか…」

誰かにあげようとも思ってはいないし、もしあげるなら女の子の友達とのお菓子交換くらいだよ。と新開くんに言う。

「新開くんはクラスの女子とか…クラスじゃない女子に貰えるよ、うん」
「朱堂は?」
「予定は…ない、かなー」

私よりも背の高い新開くんはジトーと何とも居心地の悪い目つきで睨みつけてくる。
たぶん欲しいんだろうなとは思うけど、私は正直上げる気にはならない。別に嫌いとかいうわけでもないけど、なんだか面倒なのだ。だって付き合っているわけでのなんでもないのだ、あげるなら部活全員の分を考えなきゃいけない、そんな気がするから。

「なに朱堂ちゃん睨んでんだヨ」
「靖友、朱堂はチョコくれないって…」
「えっ」
「え?」
「な…んで?」
「荒北くんまで…な、なんで…」

部室のドアが勢いよく開いて、荒北くんが顔をだす。そして今の反応だ。ちなみにひとつ上の先輩は部活が休みなので来ていない。なぜ私がいるかといえば、単なる雑用を終わらせるために来ている。新開くんも私を同じで雑用があって一緒に作業していたのだが、まさかこんなことになるとは思っていなかった私は困っているのだ。助けになると思った荒北くんまでこの調子だと、たぶん面倒くさい。

「朱堂ちゃん…好きなやつ、いんの?」
「え?いないよ、どうして?」
「いないのに俺達にくれないの?」
「いたらあげちゃだめなの?あげる予定はないけど」
「好きな奴がいて、俺達にあげたら勘違いされるから…とか」
「チョコくらいくれたっていいじゃねえか…なあ」

荒北くんは別として、新開くんは本当に誰かからもらえると思っている、私は。荒北くんはちょっと見た目恐いし、口調も荒いから…もしかしたら、うん。
でもどうしてそんなに言ってくるんだろう。あれか、確実に食料を確保するための。自転車はカロリー消費が多いって教えてもらったから、そのカロリー摂取?
そんなことを私が勝手に悩んて唸っていると、新開くんは自分の携帯を取り出してどこかく電話をかけ始めた。

「寿一!朱堂がバレンタインのチョコくれないって!!」
「福チャン!どうするよ!!」
「靖友と迫ってもダメっぽい、ここは寿一も!」
「あ、今私クッキーあるけど食べる?」
「食う」
「新開くんは?」
「食べる、置いといて。え、ああ…今朱堂からクッキー貰った」
「プレーンと、チョコあるよ」
「どっちも」
「新開くんも、じゃあ二個ね」
「そうなんだよ寿一。寿一からも言ってくれ…ああ、そうなの?わかった」

鞄の中から友達からもらって美味しかったからと買ったクッキーを出して二人に渡す。
バターの風味が濃いので女子に人気だけど、男子はどうなんだろう。

「ちっちぇ」
「えー、でも、かわいいよ。ほら、クマのかたちで」
「ふーん?」
「私もね、これ貰って美味しくて買ったんだ。今女子の間で人気なの、あとはちみつ味もあるんだよ」
「寿一今からくるってよ」
「何か用事?」
「いや、おめさんの説得で」

いただきます。と新開くん用に出してあったクッキーを開けてもぐもぐを食べ始める。
男子二人は「甘い」「甘い」と口々に言うが、あんまりしょっぱいクッキーは想像できないし、甘いからこそのクッキーだと思う。
いや、それよりも説得ってなに。まずそこだ。というか、この部活の男子はそれほど飢えているのだろうか。女子の私にはよくわからないけど、バレンタインのチョコってそれほど重要なの?

「尽八も呼ぶか」
「いや、福ちゃんいれば大丈夫じゃね」
「東堂くん…」
「それもそうか」

いいんだ…。とちょっと笑って言うと「あいつうるせえし」と荒北くん。
でもここで東堂くんがきても、東堂くんはモテるらしいから無理しなくていいぞ!と私の味方になってくれるかもしれないと思うと、来てほしい気もする。
そんなことも思いながらクッキーを食べつつ雑務という名の昨日の記録整理をしていると福富くんが入ってきた。

「来たな福ちゃん、いい援軍だ」
「福富くんもクッキー食べる?甘いけど」
「貰おう」
「寿一電話の通りだ、今朱堂を説得できるのはおめさんだけだ」
「何故やるのを嫌がる、俺達が嫌いか」
「嫌いじゃないよ、うーん…正直言っても、いい?」
「言わなきゃわかんないし?」
「本当にね、うん…嫌いってわけじゃないんだど、ね…うんと、正直ね、面倒くさいなーって…」

ほら、だって部活皆の分いるでしょ?と言えば、何とも言えない雰囲気が男子三人の中で漂う。目で会話を始めるのだ、私が居辛いこと居づらいこと。
よし、これはさっさと帰ってしまおう。これを顧問の先生に渡してしまえば私のやりたかったことは終わって帰れるんだ。
そうと決まれば書き上げてしまおう。あとは1年の記録を記入しておしまいだ。そう思ってシャーペンを走らせていると、おほんと誰かの咳払い。だめだ、ここで顔を上げるとたぶん、いや確実に福富くんが何かを言ってきそうだ。

「朱堂」
「な、なに?今これ書いてるからちょっと…」
「話がある、少し手を止めてほしい」
「もう少しで終わるんだけど…な…」
「こっちもすぐ終わる」

福富くんはよく私の話を聞いてくれる。だからここで私がダメというわけにはいかない。私は内心ちょっと面倒だなと思って恐る恐る「な、なに?」なんて言って顔を上げる。

「俺達は実は朱堂から何かもらえると思って楽しみにしていた」
「お腹減ってるの?」
「それもある」
「……」
「ここにはいない東堂も思っている」
「そ、そうなの?意外…」
「教室の女子によく菓子を配っているだろう」
「え、ああ…うん」
「それで何故俺達にはくれん」

スポーツマンにそんなのあげてもいいの?と逆に聞いてみた。私が友達にあげるのとは気軽さが違う。あ、そう思いつつ今クッキーあげてた。

「何故悪い」
「うーん、なんとなくイメージで。それに、福富くんが言ってるお菓子って私が作ってるやつだよ、嫌でしょ?」
「嫌じゃねえよ、朱堂ちゃんが作ってるドリンク飲んでんだぜ」
「それだって市販品のを水で薄めてる…」
「だから調理実習のヤツ毎回毎回くれなかったのか…」
「いや新開くん女子からもらってたじゃん…」
「朱堂が作ったケーキが食べてみたい。クラスの女子が旨いと言っていた」

そう言われて嫌な気分ではない。むしろ嬉しい。嬉しいけど…。
ついでに言えば、男子としゃべるのが苦手だった私がこうしてしゃべれるのは同じ部活の4人位しかいない。その他はあんまり関わりがないからどう話しかけたら良いのかよくわからない。それに、異性となる男子に何かをあげる、しかも手作りの物なんて恥ずかしいというか、未知の世界過ぎて恐い。

「え、だ、だって…」
「だって、なにヨ」
「気持ち悪く、ない?」
「なんで?」
「だ、だって手作りだよ?異性の」
「ヤローから貰うより気持ち悪くねぇよ、なあ」
「女子から貰えるお菓子には夢と希望がつまっている。そうだろ寿一」
「夢とか希望はよくわからんが、リンゴのタルトが旨そうだった」
「タルトが好きなの?」
「寿一はリンゴが好きなんだよ朱堂」

リンゴが好きだなんて福富くん可愛いね。と笑うと、「今は福ちゃんはいいんだよ」と言われてしまった。

「でも…今リンゴ美味しいの?」
「リンゴから離れて朱堂」
「え、だってリンゴが好きなんでしょ?福富くん」
「今は寿一じゃなくてバレンタインの話だ、忘れんな」
「リンゴの美味しい季節になったら頼む」
「あ、ちなみにシナモンは平気?」
「何故だ?」
「リンゴはパイも美味しいでしょ?シナモンは好みによるし、苦手なら入れないから」
「だーかーらぁ、今はリンゴはいいんだよ朱堂ちゃん」

あ、ごごもん。と噛むと新開くんに「落ち着け」と笑われてしまった。

「ごごもんでなによ朱堂ちゃん」
「ごめんを噛んじゃった。ごもん」
「ごもん」
「えー、んー、じゃあ、一応作ってみる…けど、先輩達にはナイショね」
「つーことは」
「ことは」
「期待はしないでね」

部室に野太い声が響いて、あーやっぱり男子恐いなぁ。と思った。



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