※ 硝子と水晶
※Not箱学マネージャー
「あの、箱学の方…ですよね」
遠慮した声色で話かけてきた女性は、少し困った様子。こんな大会で声をかけられるのは初めてではないが、いつもは自分目当てにキャーキャー言ってくる女性たちなので、目的は自分ではないと直感した。
「うむ!確かに箱学だ」
「あの、実は箱学の控えを探しているんですけど…」
「知り合いでもいるのか?」
「ええ、そうなんですけど…」
見た目に誰かのファンという雰囲気でもない。それに同学年の三人に恋人がいるとかも聞いたことがない、それでは泉田か?いや、あれもそういった話は聞かないし、では真波かと思ったがアレは除外しよう。
「連絡はしてたんですけど、…迷ってしまって…」
「そうか、それは災難だったな。まあ関係者といえば関係者だ、案内しよう」
そう提案するとその子は嬉しそうに頷いた。名前を聞いた方がいいのだろうが、誰かの恋人の名前を聞くというの野暮というもの。紳士的に対応して奪ってしまっては可哀想だ。
選手の控えに向かう途中に地元は何処か、大会は初めてか、と聞けば、地元はここだし大会は何度も見たことがあるという。意外とそいつと付き合いが長いらしい。
「尽八…と、奏!?」
「隼人!」
「なんだ、知り合いか?」
「え、ああ…まあ。どうした、一人?」
「…うん」
「…そうか。で、どうして尽八と一緒なんだ?」
「箱学の控えに行きたいと声をかけられてな。しかしお前に彼女がいるとは思わなかったぞ」
安心しろ、奪ったりしない。といえば、二人は顔を見合わせて笑い始めた。何事がと思えば、新開が「奏は彼女じゃないぜ」というではないか。親しげに下の名前で呼び合っている時点てそれはおかしいではないか。新開の性格からして下の名前で呼んでも不思議ではないが、彼女も同じだとそれ以外あるというのか。いや、ないだろう。
「中学の友達なの」
「そうそう。寿一に用事だろ、呼んでくる」
「ありがとう」
「フクとも知り合いなのか?」
「知り合いっていうか…」
えへへ。と笑う奏と呼ばれる彼女。名前は奏でいいのだろうが、呼んでいいのかわからない。
「えーっと、奏、さん?」
「はい、うーんと、じんぱちくん?」
「東堂尽八、箱学3年エースクライマー!人呼んでスリーピングビューティー!!」
「へー!東堂くんはクライマーなんだ」
パチパチと拍手をして称えてくれるのは実にいい気分だ。フク、この奏さんはお前には勿体ないくらい良い人だ。でももうちょっと美形のオレにキャーキャー言ってもいいくらいだ。は!もしやこれは騒ぎすぎると引かれるかもしれないという駆け引きいうやつか、できるぞ、奏さんという彼女は。
「奏」
「寿一!」
「どうして来ている、聞いてないぞ」
「隼人には連絡してたよ、隼人には寿一に内緒ねって言ってあったけど」
「一人で来たのか」
「まあ…ね。」
「どうして一人で来た、危ないだろう」
「危なくないよ」
新開の時よりもずっと嬉しそうにしている。フクをみれば、いつもより少し嬉しそうだ。フクがあんな顔をするのは意外だし、そうか、やはり福の。
知ってしまえば、逆に頷ける。遠慮げにしていたのは主将である福のためだろう。あまり迷惑になってはいけないと、それに変な噂がでても困る。そんな配慮ができるとは!!
「フク、お前は春だったのだな」
「東堂…?」
「あのね寿一、東堂くんが案内してくれたの。ありがとう東堂くん」
「そうだったのか。奏が迷惑をかけた」
「気にするな。馬に撥ねられては困る」
「尽八、おめさんまだ勘違いしてるな」
「何の話だ」
「奏と寿一は双子だぜ」
「まさか、ちっとも似とらん。もっと上手い冗談を言え」
「じゃあ改めて、福富奏です、寿一がお世話になってます」
「…兄妹とかでなく?」
「寿一と奏は双子。中学の頃から知ってるオレが言うんだぜ」
二人の顔を見比べるが、どうみても似ていない。男らしい顔つきの福、それに対して奏さんは女性らしい顔つき。本当に血が繋がっているのか疑わしいくらいだ。我が家の姉とオレはそっくりだぞ。
「東堂?」
「し、信じないぞ!全然似とらんではないか!」
「寿一に似てる奏は嫌だな、オレ」
「オレと姉はそっくりだぞ!」
「うるせぇぞ東堂!!何騒いてやがる!って福ちゃんも一緒かよ」
「荒北!オレがフクと奏さんが双子とは認めんからな!」
「はあ?お前頭オカシイんじゃなぁい?」
「寿一の双子の奏だ靖友」
「……え、」
「双子の奏だ荒北」
「……あんま似てないねぇ、福ちゃんとその子」
だからオレは信じない。
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