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 きみの背中を知っていた

どこかで見たことある。というより、確実に私はあの人を知っている。あっちが私を知っているかは別として、私は彼を知っている。その理由は簡単だ。私が覚えてしまうくらい東堂くんがうるさかったからだ。

「……」
『なにか?』
『あ、いや…あの、巻島…えっと、ユウスケ、さん?』
「…ショ?」
「いや、あの、私、箱学の、自転車部の」
「あー、マネージャー。どっかで見たことある顔だと思ったっショ」

お互いこんなところで会うとは思ってもみなかった。だってここはイギリス。東堂くんが巻ちゃん巻ちゃんとうるさかった理由のひとつ。その巻島くんがイギリスに留学してから東堂くんはちょっとだけ静かになった、本当にちょっとだけ。まあ、そんなことはいい。それよりも私は今、その巻ちゃんさんがいることだ。

「で、こんな所で何してんの。えーっと、」
「あ、朱堂奏です。えっと、巻島くんのことは、東堂くんから聞いてて、巻ちゃんて…なので、えっと」
「まさかここで東堂とか聞くとはなー…」
「あ…ごめん、なさい……」

巻島くんは大きな溜め息を漏らした。あ、そうだ。私今巻島くんに「なんでここにいるのか」を聞かれたんだ。

「私ね、あの…」
「……」
「お父さんの、友達が、このパーティーの主催で…あと、私が高校卒業のお祝いで、遊びにおいでって…で、イギリスに」
「…ふーん。オレは留学で、このパーティーはアニキのついてきた」

クハッ。と何が面白いのか吐き捨てるように笑ったらしい。らしいというのは、私にはどうにも笑ったようには見えなかったからだ。それでも笑ったのかもと思ったのは口角がちょっと上がっていたらからだ。
どうしよう、東堂くんが巻ちゃん巻ちゃん言っていた人だけど、私には接点がそれくらいだし、しゃべったのがほぼ初めてという。どんな人かもよく知らないで話しかけてしまった。声かけてきたのは巻島くんだけど。

「それにしても久しぶりに日本語聞いたら懐かしいっショ…」
「お兄さんとは、英語…なんですか?」
「日本語だけどアニキは男だし。なんで敬語?東堂とタメっショ?」
「なんと…なく?」
「東堂から聞くのと見るのじゃ別人」
「…え?」

もっと騒がしいと思ってた。と言われて私は呆気にとられて黙った。
私、そんなにうるさかったかな…。東堂くん、私、そんなに…

「…ショ?」
「え、あ…なんでも、ない…」
「……………写真」
「え?」
「好きって東堂が」

私のテンションが落ちて、ちょっと気を使ってくらしい。初対面の女だから多分巻島くんも困っているんだと思う、ごめんね。

「好きってわけじゃなくて…ただ、もう皆のジャージ姿が見れないの、残念ていうか、寂しくて」
「…あー、なんとなくわかるっショ」


…本当に?と私が言う前に遠くで私を呼ぶおじさんの声がする。

「行けよ」
「…巻島、くん、まだここにいる?」
「アニキの仕事が終わるまでいるに決まってるっショ」
「そうじゃなくて、ここ。私また来るから、また話していい?」
「……まあ」

またおじさんの声がして、そろそろいかないといけない。
なんだかモニョモニョと口を動かす巻島くんに「終わったら探すからねっ」と一方的にしゃべって、おじさんのところに走る。

『声をかけられたのかい?』
『ううん、学校のね、友達の友達だったの』
『日本人?珍しい。そうとは知らず呼んでしまったよ。彼との話はいいのかい』
『大丈夫、また後でって言って来たから』

それからおじさんとは別れ、その代わりにおじさんの息子にエスコートというのだろうか。その彼についてニコニコ笑って付いて回った。言えば私は彼の付き添いというか、エスコートの練習台なのである。彼の方が年上なのだが、どうやらそういう彼女がいないので、私にその白羽の矢が立ったのだ。その彼との付き合いもそれなりだし、嫌ではない。ただ、私は今巻島くんが気になる。
そんな私を気にしてか、彼は『あとは一人で行くから、好きなところに行っておいで』と言ってくれた。
「巻島くん」と声をかけようと思ったけど、やめる。それは巻島くんがほかの人というか、女性と話しているからだ。巻島くんには巻島くんの事情があるし、たまたまここで偶然会っただけの関係だし、わざわざ話し中のところに割り込むのも悪い。もしかしたらお兄さんの関係の人かもしれないし。そう思って私はその場から離れようと足の方向を変える。
離れてしまえばこっちのもの…というのもおかしいけど、食べ物はあるし、英語に困ることもない。話かけてくる人がたまにいるが、大抵はパートナーがいるものなので、それほど困りはしない。ただ皆同じで『おひとり?』と言われてしまうのが悲しい。

「おい、えーっと、朱堂…だっけ?」
「あれ、巻島くん」
「なんで話かけなかったんだよ」
「話中だったからだけど…」
「お前が話しかけてくれると思って我慢してたんだよ、気付けよ」
「知り合いとか、お兄さんのお仕事の関係かなって…」
「あんな女、知らないっショ」

どうやら、巻島くんは私がくるまでの我慢と思って会話していたらしい。それは悪いこととをしてしまった。素直に「ごめんね」と謝ると、どうやらそんなことを私が言うとは思っていなかったのか、すごく変な顔をされてしまった。東堂くん、君本当私の事どう思っているの。これは帰国したら電話の一本でも入れないと気が済まないぞ。

「東堂くん、よっぽど私の事酷く言ってるのね」
「東堂尽八にはそのくらい言えるやつがいるのが奇跡っショ」
「うん、後でじっくり電話でもして話を聞こうと思う。ついでに巻島くんに会ったよーって」
「証拠でも撮るか?」
「……?」
「写真、撮れば証拠になるっショ」
「……」
「…嫌なのか」
「う、ううん!な、なんか意外だなって…巻島くん、そういうの、嫌いかなって…思って」

本当に意外だった。東堂くん、巻島くんはともいい人です、君があれだけ騒ぐ理由がわかった気がする。こんなライバルチームの元マネージャーってだけなのに、こんなにサービスしてもらっていいのだろうか。きっと巻島くんの学校にはファンクラブがあるに違いない。あるなら私も入りたい。他校だけどいいかな、というか、私総北に友達がいないから聞こうにも聞けない…。

「でも、カメラ…あ、そうだ。明日暇?」
「あ、ああ」
「じゃあ明日、明日また会おう」
「……まあ、いいっショ」
「じゃあ明日ね、明日」

それから何処に何時に待ち合わせをするかを決めて、それから巻島くんが帰るまで一緒に食べたり飲んだり、主催のおじさんとその息子と話したりして過ごした。

「朱堂、お前実はすごい奴?」

と聞かれたけど、私はすごく普通だと思う。すごいのは私じゃなくて、お父さんの知り合い。

御題:休憩



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