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 マイナスからのスタート

『今度の日曜暇だったら一緒にサイクリング場行かない?』

そういう連絡が奏から今泉の携帯に来たのは珍しい。
奏という人間はどちらかといえば「携帯めんどくさい」といって必要最低限の連絡事項、しかも電話しかしないという人間である。その奏が珍しくそんな連絡をしてきたのだ、しかも文面で。今泉から奏にそういう連絡をすることはあっても、奏がするのは基本的に珍しい。
今泉は驚きながらも「わかりました。何時ですか?あとどこに行けばいいですか」とそれを返して時間と場所を聞いた。



「どういうことですか」
「どうもこうも、この様よ」

ははははは。と笑う奏に対して今泉は奏と一緒に居た人物をムスッとした表情で見る。

「………」
「朱堂さん」
「んー?」
「どうして福富さんと新開さんが居るんですか。古賀さんはどうして居ないんですか」
「古賀も誘おうかと思ったんだけど、今泉以上に突っかかるかなって思って。今度誘おうと思ってる。それに今泉以上にあっちの人達知らないでしょ、古賀の事」

一応空気読んで今泉にしたんだぞ。と奏はどこか誇らしげに言うが、今泉にしてみればどこが空気を読んだのかと言いたいのだろう。しかし奏が先輩、というよりこの中で一番年下である手前あまり強く言えないのだろう。

「で、なにするんですか」
「あれ?今泉くんに言ってないの奏ちゃん」
「言ったら絶対ダメって言うと思ってたから。リベンジ戦するから今泉見てて」
「…は?」
「4年前のリベンジって言っても、私もう選手みたいにトレーニングしてないから絶対勝てないんだけどね」
「ちょ、ま…待ってください」
「本当待ってほしいよね。オレも置いてけぼりで寿一に説明してもらったから」

なんだこれ。というのが今の今泉の心境だろう。
どちらかといえば新開と奏は仲はそれ程良くはないが福富と奏よりはいい。ついでに新開の性格は比較的人懐っこい事もあり、奏には積極的までは行かずとも、それでも話しているのを見かける。それは今までそうだったし、このサークルにいる限りそうだろうと思われる。その新開でさえ把握していなかったことに今泉がついて行けるはずもなく、ただ「あはは」と笑っている二人を見てから福富を見る。

「簡単に言えば、お互い本気で走って私が負けるってのを今泉に見ててもらおうかなって」
「…は?」
「まだ朱堂が負けるとは決まっていない」
「決まってるよ。鍛えてないし、この贅肉のついた体を見ろよ」
「女の子らしいけど、でも筋肉質だよね」
「高校の時はもっと絞ってたからまだついて行けたかもだけど、もう無理」
「朱堂さ…」
「いつか通る道を飛ばしてたからさ、いいんだ。本当は卒業する時に総北のメンバーでお願いしたかったけど、できなかったから」

と言う事で私が無様に負けるところをしかと見届けろよな!と恰好の悪いことこの上ないセリフをビシっと言ってからロードに颯爽と乗ってスタートラインにスタンバイする。
奏と福富の準備ができると新開が自ら進んで号令をかける。

「これで奏ちゃんと寿一が仲良くなれるといいな」
「………」
「今泉くんとしては複雑?」
「そ、そりゃあ…まあ」

そうだよね、ごめん。と新開は困ったように笑いながら謝る。
それから無言でゴールしてくる方向を二人で見つめる。当然最初に入ってくるのは福富だろうと二人とも思っている。今まで続けてトレーニングしていた人間とそうではない人間だ、誰がどう見ても奏に勝ち目はない負け戦だ。それでも奏は良いんだと言って走っている。

「あ」

どちらの口から洩れたのか、二人ともなのか声がこぼれた。
最初に視界に入ったのは案の定の福富。そして遅れて奏が見える。どちらも腰を浮かせて最後の加速に入っている。これはどう見ても奏には勝てない距離であり、福富はまだ加速させて奏を引き離している。



「やっぱり負けた…」
「お疲れ様です朱堂さ…!?」

ゴールに最初に入ったのはやはり福富で、奏は僅差でもないほどに引き離されてゴールした。試合であれば勝負になんてならない、格上と格下のオアソビだろう。
戻った奏はロードの軽い音と共に待っていた今泉の前に戻って笑って、そして泣いている。

「負けた…負けたよ今泉ぃ…」
「朱堂さん…」
「やっぱり負けちゃったよ……」

小さく奏は「悔しい」と言う。
それに対して元箱学の二人は無言で奏を見つめる。掛ける言葉が見つからないのだ。それは今泉も同じで二人同様に黙る。

「あーあ……悔し。実力の差ってやつかー」
「…っ」
「でも、仕方ない。これが現実だ、うん」
「……ぁ」
「福富、ありがと」
「!」
「ちゃんと走ってくれて」
「朱堂さ…」
「あ、でも落車事件はナシにしないからな、当たり前だけど」
「…ああ」

んじゃ握手。と奏は自分のロードを今泉に持たせて福富に手を伸ばす。
戸惑いながらも奏と握手を交わす福富に新開はなぜか感動しているし、今泉はムスっとしている。

「よし、じゃあこれが今日の醍醐味だ。今泉、これで写真撮って」
「え、あ、はい」

ポイと投げられてたのは奏の携帯。慌ててキャッチして今泉は奏に言われるままにカメラを起動させる。いったいなんだというのか。
そしてその画面越しに奏を見ると、奏と福富がいやに接近しているではないか。

「朱堂さん!?」
「なんだどうした今泉。福富、お前もうちょっと笑顔作れよ。巻島なみに笑顔下手くそだぞ」
「す、すまん…」
「今泉ー、撮って撮って」
「………」
「今泉?」

仲良く、と表現していいのだろうか。
新開が「どうせなら肩組んだら?」と言うものだから奏は調子に乗って福富と肩を組んでいるし、その一方で福富はどうしていいかと戸惑っている。しかし奏に「ノリが悪いわ」と横腹にパンチをひとつ喰らわせられると大人しく奏と同じく肩を組んで少し不器用な笑顔を晒す。
今泉は状況が飲みこめないというか、飲みこみたくないが我慢して写真を一枚。
奏に「撮りました」と差し出すと奏はいつもの調子で「ありがと今泉」と礼をひとつ。そして携帯を弄って「そうしーん」と高らかに携帯を上げる。

「メールか何か?」
「そ。さー、誰から最初に連絡がくるかなー」
「誰からって、一斉送信で、何かしたんですか?」
「したんです」

すると間髪入れずに奏の携帯が鳴る。
ディスプレイを見れば「金城」と書いてある。

「お、一番はさすが我らのエース金城ですか。はーい、もしもし」
「ああ、総北の人に送った…んだ…奏ちゃん凄いね」
「和解なんてしてませんよ。ええ、もちろん。だって私金城みたいに優しくも心広くもないし」

今度は新開の携帯が鳴りだし、見れば「靖友」と書いてある。「ちょっとごめんな」と出れば『福ちゃんは!?』と怒鳴られた。

「寿一、靖友が話したいって」
「ああ…もしもし、荒北か?」
「あの写真、靖友も見たみたいだよ」
「金城さんと同じ大学ですからね、その可能性は十分ありますと思います」
「いや、奏ちゃんと靖友連絡先交換してるから多分直接」
「え!?そ、そうなんですか…?」
「あと、マチミヤくん?とも仲が良いみたいだよ」

なんか寿一と一悶着あったらもの同盟みたいで。と少し物騒な事を言っている。今泉は金城と奏なら知ってはいるが、それ以外となるとあまりよく分からない。

「今泉も一緒。さすがに古賀は誘ってないよ、うん。あと古賀には送ってないから」
「ただ走っただけだ。それ以外は何もしていないしされていもいない」
「勝てるわけないじゃん、何言ってんの金城。負傷してからトレーニングしない人間がトレーニングしてる人間に勝てたらオカシイだろーどう考えても」
「朱堂が望んだ事に応えただけだ。そして握手をしただけだ」
「だからね、和解じゃないってば。ただ、少しだけ態度を変えようかなって言うアレだよ、アレ」

なんていうか、洋南の二人はこの二人に対してちょっと過保護だよね。という新開の言葉にはどうも同意できない今泉。ただ黙ってあの二人の電話が終わるのを待つ。
そして二人の電話が終わったと思ったら奏の携帯には次から次へと鳴り響き、奏は「電話ってこんなに鳴るもんなんだねー」と珍しがっている。それは自分がしたからでしょ。とは決して今泉は言わなかったが、新開が「だって奏ちゃんがそうさせたんじゃない」と軽く言う。

「多分しばらく話し続けるから、みんな走りに行ってよ。終わったら合流する」
「オレ待ってます、気にしないでください」
「気にするから行ってほしいなーというか、行け今泉」
「んじゃ、オレ達は走ってるから終わったら来てよ」
「おう。ほら今泉も行け」
「でも…」

奏に背中を押されて今泉は渋々コースに出る。
奏は電話を持って休憩できるスペースに移動してから電話がかかってきた人の順番に電話をかけている。

それからどのくらいの時間が経っただろうか。コースを周回しているうちに何週目かなんて数えるのが面倒になるくらいには走っていると今泉はぼんやりと考える。
一緒に走ってるわけではないあの二人の後ろ姿が時たま見えるのでペースは落ちてはいないのだろう。スタート付近の休憩所にいた奏の姿は通るたびに見えていた。

「…あれ」
「今泉くん、奏ちゃんいなかったね」
「新開さん…そうですね」
「電話終わったのかな。どうする?」
「どうするって…」
「スピードあげて追いつくか、下げて追いついてもらうか」
「お二人は?」
「あげて追いつく。どうする?」
「……もちろん追いつきます」



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