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 相棒は待っていてくれたんだ

「そんな不満そうな顔をするな」
「だってさー、だってだよ。まだ箱学と合宿地が同じっていうのは我慢できる。そりゃ私ももう高校3年生だよ?でもね、でもさ。福富寿一がいるのが不満タラタラになる理由だよね」
「もうそろそろだな…」
「私は生憎金城の様に心が広いのかなんなのかわからない人間じゃないもんで」

3年最後の合宿。今回の合宿には全員参加できると言う事で奏も参加している。参加しても選手の様な事は出来ないが、最後の合宿だ。それなりにマネージャーらしい事もしたいし同学年の全員の走りを見たいと言う事もある。
その合宿所で鉢合わせたのが箱学。奏は個人的に物凄く会いたくない人物がいるのだ。

「あっちは大人数だ、早々会うこともないさ」

嫌なモノって、思うほど会いやすいんだよ。と奏は思って黙る。


荷物を降ろして、各自部屋振り分けられた部屋に行って準備を開始する。
奏は同性である後輩の寒咲と同室で、他の部員とはフロアを別にしてある。一緒にマネージャーの仕事の支度をして集合場所に行く。

「朱堂ー、ちょいちょい」
「はい、なんですか寒咲さん」
「ほれ」

集合場所についてすぐ、先輩の寒咲通司に呼び出されて行けば、そこには自分のロードが。それはもうあの一件から何度となく乗ってみようと試みたものの、どうしても一歩が出なくて自宅のガレージに寝かせていたものだった。
もう乗れないと整備もしていなければ、卒業土産と思って部に寄付しようかなんて考えていたロード。それがどうしてここにあるのか。奏は驚いて声も出ずにロードと先輩を交互に見る。

「親御さんに話して持ってきた。お前乗らないにしてもボロボロにし過ぎだろ」
「え、な…だって、」
「乗る乗らないはお前の自由だ。恐いのも、乗れないのも全部ひっくるめてお前だから無理に乗れとは言わない。好きにしていい。整備もしておいたから安心して乗れる」
「…」
「まあ大きな怪我には気をつけろよ」

引き渡されたそのロード。
奏は頭を下げて、どうしようか悩みながら集合場所に戻る。
確かに乗らなくてもいい、もう引退で選手ではないし、進学して続けようとも思っていなかった。このロードは悪くない、奏にとって最高の相棒だったと奏自身思っている。あの事故があってもまだ輝いて見える。

「お!それお局さんのロードやな!」
「え、ああ…うん…」
「恰好良いですね!」
「今日朱堂さんも?」
「どう…だろ。まだわかんない」

後輩の三人は一緒に走りましょうと誘ってくる。乗っていないのは1年には言っていないし、それを知っているのは同学年と1つ下の学年にしか言っていない。少し遅れてやってきた杉元も混ざって「楽しみですね!」と笑っている。

「朱堂、お前大丈夫なのか?」
「なんやオッサン、お局さん具合悪いんか?」
「いや…ほら、長い事乗ってないだろ」
「そんな去年IH出た人がんな事あるわけないやろ」
「おい、朱堂無理すんなよ」
「おう…そうするよ、巻島」

さすがにサイクルジャージはないので奏はそのままの格好でロードをどうするかをぼんやりと考える。
何度も何度も考えて、乗って、でも駄目。その繰り返しを何回もやり飽きるほどしている。それが今になってできるようになるだろうか。別に後輩に見られたくないということはない。あの経験をしている奏にしてみれば、恐怖をなみなみならないのを誰もがわかっている。

「朱堂さん」
「古賀…」
「良ければ一緒に走りませんか?同じ負傷組で」
「…走れるかなー、もうずっと恐くて乗れてないし」
「いいじゃないですか、それでも」
「いやいや」
「オレ、引きますよ」
「時間かかるよ、きっと」
「待ちますよ。監督にも金城さんにもOKは貰ってます」

少し考えて奏は「じゃあ、今日もう一度頑張ってみようかな」と頷く。
ロードに適した格好ではないし、もうずっと乗っていない。そんな言い訳が尽きた。できないならできないでもういいや、半分奏はヤケになっているのかもしれない。それでもいいか。と古賀に向かって大きなため息をついてから笑う。どうせもう選手じゃない、走れなくてもいい。そう割り切ってしまえばいいだ、と。

それから練習に入り、寒咲に話そうとすると「朱堂さん、楽しんできてくださいね!」と言わずもがなと言わんばかりだ。どうやら兄と妹でもう話が出来ていたらしい。

「古賀ー、乗れなかったらごめんなー」
「泣いてもいいですよ、見なかったことにします」
「先輩舐めんなよ!去年は可愛い後輩だったのにっ」
「今も可愛い後輩じゃないですか」
「くっそ反論できない」
「先輩のそういうところオレ好きですよ」
「素直だろ」
「いいから頑張ってください」
「はーい」

ペダルに足を置いて、踏み出そうと力む。
コースは箱学と総北が共同に一番長いコースを使っているが、短いコースを使うことも許可されている。そのコースのスタートとゴールは共同であり、そのスタート地点にいるなと古賀は両校に見られているわけだ。
なかなか踏み出せないペダルに、なにも言わずに待っている古賀。
力むと怪我が痛む気がするが、本当は痛くはないはずだ。もう1年は経っている怪我に何を怖がることがあるのだと奏は自分を奮い立たせる。

「……やっぱ無理かも…」
「1週だけ、短いコースも無理ですか?」
「うーん、やぱり足がね…ビビりですまん」
「あ、箱学の…誰だ?金髪?」
「なぬ!福富寿一がいるのか!?」
「どうでしょう…」

奏は「ぐぬぬぬ!」と踏ん張ってノロノロと漕ぎ出す。それは今までの奏を知る者であれば無様に見える様な走り方。ふらふらとしたハンドルさばきにスピード感がまるでない。それでも、ゆっくりと、前に踏み出してた。

「お!ちょ、古賀!!私、進んでない!?」
「進んでます!その調子です、こっちまで」
「うっはー!私まだ捨てたもんじゃなくね?」
「短いコース行きます」
「おう!」

フラリフラリとしていた車体もスピードに徐々に乗って安定してきた。
だんだんと上がるスピード。風が素早く頬を切り裂く間隔、強風ではない自分から迫る感覚。
懐かしい。そんな思いが奏の心に生まれる。

「古賀!」
「はい!」
「お前嘘吐いただろ!」
「はい!」
「素直に認めたから許す!ロングコース行け!」
「はい!!」

箱学の主将ともあろう人間がこんなにちんたら走っている自分を追い抜かないワケがない。古賀は古賀なりに奏をたきつけたのだと思って礼を言い、そのままの調子ならゆっくりでもロングコースに臨めると切り替える。
久しぶりのロードの感覚にめまいがしそうだと奏は力む。ここで倒れてはいけない、ここまで来れた応援して待っていてくれた仲間に姿を見せたい一心で奏はペダルを踏む。



1週する間に、何人に追い抜かれただろう。総北だけではない、箱学にもだ。でも奏にはそれを気にする必要はない、もう選手ではないただの人だ。反対に古賀には申し訳がないと終わって奏は謝罪する。古賀はまだ来年があり、諦めていないからだ。

「いいんです、来年がありますから」
「…そっか、いいなー来年」
「朱堂さんの分まで走ります」
「おうよ。よし、付き合ってくれてお礼に飲み物奢ってやろうではないか」

二人でロードを引きながら自販機の前に立つ。
奏は腕に巻き付けた小さなポーチから小銭を出して古賀に「好きなの選びなー」と言って指されたボタンを押して古賀に手渡す。自分もスポーツドリンクを買って少し飲み、寒咲がつけてくれたボトルに残りを移して空になったボトルを捨てた。

「中身混ざりませんか?」
「もうこれ飲み終わってるから平気」
「もう飲み終わってたんですか…」
「久しぶりに乗った人間舐めるなよ、体力落ちてるんだからな!」
「その割にはスピード出てましたけど」
「私に合わせておいてよく言うわ」

バレてましたか。と笑う古賀に奏も一緒になって笑う。
奏も古賀がどれだけ練習していたかを見ていた人間だ。あのトレーニングで奏を置いて走って行かないくらいはわかる。それだけ奏に合わせてくれているのだ。奏が前の様に走れないという事をわかって付き合ってくれていたのだ。

「……っ、古賀、そろそろ行くぞ」
「え、ああ、はい。具合、悪くなったんですか?すみません」
「違う、会いたくない奴が来るから逃げんの」

奏が古賀を引き連れるように逃げて行くのを箱学の選手が遠目に見ていた。



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