弱虫 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 最後の夏には隙間がない

「今泉ぃ、わかってると思うけど」
「はい!」
「…いい返事で先輩驚いちゃったよ」
「…はい?」
「…。去年の私のポジジョンなんだから中途半端な事しないでよ」
「はい!」

去年の何のレースだったかは奏は知らないが、今泉は奏の出たレースを見たと聞いた。男女混合のレースで、奏は金城と共にそのレースに出てワンツーフィニッシュを決めていた。その時の映像での引きは力強く、それこそ女だというのが信じられないくらいだった。
それを見てからは今泉の中で奏を見る目が変わったらしく、少しウザそうに見ていた奏に対して積極的に話しかけ、そして手伝うようになっていた。

「金城をしっかりちゃんとゴールまで引っ張れよ!」
「はい!」
「今泉はすっかり朱堂贔屓だな」
「金城!今泉の尻叩けよ!」
「女の子が尻とか言わない」
「…ケツ?」
「朱堂」
「押すのはオレだと思います」
「うーん、精神論なんだけどな」

レースの始まる前の時間。去年の自分のポジションには後輩の今泉が入るので奏は自分なりに激励する。正直、羨ましいやら悔しいやらで本心はグルグルしているが、それでも同じチームであり今の自分には出来ない事をする後輩だ。

「まあ今泉、ちゃーんと金城を引っ張って、アシストしてよ。今年の私にできない事をしてね」
「朱堂さんはそればっかりですね」
「それが私の誇りだったので。金城、箱学に負けても福富寿一には負けるなよ」
「そこは箱学にも、だろう」

いや、私の場合打倒福富寿一だから!と無駄にそこを奏は強調していた。
それから後輩や仲間の準備を手伝いつつ、色々していると喉が渇き、自分のドリンクがない事に気付いた。

「寒咲、ちょっと飲み物買ってくるけど他に何か必要なモノある?」
「私買ってきますよ?作りましょうか?」
「いや、選手のヤツ貰うわけにいかないし。他の事考えてて自分の事疎かだったから」

後輩マネージャーに「すぐ戻る」と一言おいて奏は財布を持って出かける。貰っていた案内によれば観客用の飲み物や食べ物がブースにあるはずだ。自販機もその付近にあったのを覚えている。距離にすると少し離れているが、スムーズに行けばそれほど時間はかからないはずだ。
選手が控えている場所を縫うようにしてすり抜け、自販機のところまでやってきたのはいいのだが、この暑さで自販機の欲しいものが売り切れ。コーヒーは嫌いではないと言ってもさすがに今欲しいとは思えなかった奏は諦めてブースに移動する。そこには自販機が使えないと言う事で人が多いのか、それとも自販機を半閉鎖しているので盛況なのか。賑わうブースで少々高い飲み物を一つ買って急ぐ。

「朱堂」
「はー…あ、」

返事をしながら呼ばれた方を見れば、それは去年の優勝者の福富寿一。
周りを見れば箱学の控えだ。居てもおかしくはない。でも奏にしてみれば会いたくない人物だ。当然レース前でざわついた場所であり、誰がどこで何をしているとかを厳しく見ている人間はいない。

「…怪我は」
「ご覧の通り、選手にはなれませんでしたけど」
「…、」

何か言いたそうな福富を無視して奏は逃げるようにして総北の控えに戻る。そこにいてもどうせイライラするだけ、ついでに言えば言わなくていいことも言ってしまうだろう。
急いで戻ればメンバーや後輩に驚かれたが、「混んでて遅くなった」と言えば特に追及されることもなく、「無理しないでください」と言われた。

「金城!巻島!田所!」
「な、なんだよ…」
「うるさいっショ」
「カラーゼッケン揃えろよ」
「んな!?ワイも言ってつかあさいよ」

ちらっと鳴子を見て、奏は「出来なかったらチューするぞ、田所が」と言ったら鳴子はギャアといって逃げた。



prevnext