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 自分がいた場所は誰かがいる

「あーあ、去年は私のポジションだったのになー」

レギュラーなんて夢のまた夢だわー。と部室のベンチに突っ伏す奏。
去年のエースアシストとして走っていた奏にとって、IHメンバーの選抜に参加できないことも、あの地獄の1000キロに参加できないことも、全部が悔しい。
部員が合宿に出向いている間、奏は留守番というか居残りで学校に登校している。監督にも「受験生でしょ」と言われている手前、わがままは言えない。
誰もいない放課後の部室は思っている以上に広い、そんな気がする。

「朱堂さん、なにしてるんですか」
「古賀!古賀古賀!!」
「はい…?」
「私は古賀がいてくれて凄く嬉しいぞ!」
「ありがとう、ございます…?」

そこでまた古賀は奏に向かって「なにしてるんですか?」と奏に問う。
奏からしてみれば、何と言う事もない。だた部室に居るのだ。練習でもなければ、勉強をするわけでもない。

「ただ、居るだけ」
「………そう、ですか」
「そうなんです。古賀は?」
「トレーニングに。合宿にはまだ参加できませんが、これくらいは」
「そっかー。見てていい?」
「どうぞ」

ローラーするの?と聞けば歯切れのいい声で「はい」と返ってくる。
古賀と奏は先輩後輩の間柄で、去年のIHで一緒に走り、そしてともに負傷して今年のIHは出ることができない組だ。
奏に比べれば軽傷、と表現していいかわからないが、古賀は古賀で奏を心配してくれていた。負傷、そしてIHに参加できない組として奏が勝手に仲間認定しているのだ。

「…古賀はさ、恐くない?」
「はい、大丈夫です」
「そっか」
「私は駄目だな、恐くなって。後ろからさ、何かが来る気がして踏み出せない」
「ローラーはどうですか」
「ローラーかー…でもロードないからな、家で寝てる」
「オレのでよければ」

使いますか。と裏のない声で古賀が進めるが奏は頭を振る。それでも怖くて乗れない気がするのだ。奏としてはあの落車の恐怖はない、そのつもりだった。でも体は正直でロードが恐くなっている。あの細いタイヤでスピードを出して、そして次の瞬間には真っ白な天井が。

「ローラー始めますけど、朱堂さんどうします?」
「飽きたら帰る」

要は喋りながらローラーができない、すなわち相手できませんけど。ということだ。
奏もそれはわかっているので怒ることもないし、勝手に帰るのも古賀の集中を邪魔しないようにだ。

ローラーをまわす古賀を見ながら「1年生は1000キロ驚くんだろうな」とか「去年一昨年は死ぬかと思ったよなー」と思う。今年が最後だったのに、参加できない。そのもどかしさがツラくてツラくて、ツラい。古賀の様にローラーでさえ乗れない、そんな自分が嫌だ、こんな自分にした福富寿一がイヤだ嫌いだ。あの時金城を引いて福富寿一から引き離せなかった自分が、嫌だ。
それからそっと部室を出て、自販機でスポドリを押す。また静かに部室に戻ってからペンケースからペンを取り出してボトルのパッケージに「お疲れ。私は帰る。朱堂奏」と置手紙の様にして書き込む。
それから古賀が見つけるであろう場所にそれを置いて、ソロリソロリと抜け出す。
時計を見ればこのままバス停に行くとちょうどいいくらいだろうという見当がついたので、寄り道せずに帰るかとバス停に向かった。



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