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 見えない壁に阻まれている

結局奏は福富を許さなかった。いや、許せなかった。それが普通なのだろう、普通は金城のようにはいかない。しばらく不貞腐れて部活の方には顔を出さなかったが、最終学年になったと同時くらいに部活に参加するようになった。もちろんロードには乗ることができないが。

「くっそー…」
「女子が汚い言葉を使うな」
「私も新入部員と走りたいです主将」
「……すまん」
「IH優勝したら許す」

相変わらず杖は常備している。でもそれは体が不調の時に使うくらいに使用頻度は減ってきた。それでも奏はロードに乗れない。
奏はロードに乗れなくなった。
怪我の後遺症もあるだろうが、それ以上にロードが恐くなっていたのだ。
前に跨ったことがある。でも、ペダルを踏みだせない。脚が動かなかった。恐くて、悔しくて奏が2度目の涙を流したを一緒に居た3年は忘れていないだろう。一緒にIHで走ろうと約束した仲間だ。

「今年はいい新入部員がいるからな」
「えーっと、今泉俊輔と…あとあの派手な子、名前なんだっけ」
「鳴子章吉」
「ナルコ…ほうほう。ね、この小野田って子は大丈夫なの?ママチャリって」
「まだわからん」
「左様で」

マネージャーに従事するにも少しだけ体が不自由だなと思っていると、先輩の寒咲の妹が入部し、マネージャー業をしてくれている。そうなると奏からすれば、どっちつかずな3年になってしまった。選手のような、でもマネージャーの様な。新入便を指導といってもロードに乗れもしない、マネージャーの様に動き回るのも思う様にならない。

「ねー、金城」
「ん?」
「私、必要?」
「ああ」
「何したらいいんだろう。ロードにも乗れない、マネージャーもできない」
「見守ってやればいい」
「………」
「それと相談に乗ることもできるぞ」
「誰の」
「オレの」
「…金城ってたまに恥ずかしい事言ってくるよね」
「そうか?」
「うん」

でもまあ、そんな感じで部活に居座ろうかな。といつもの様に奏は笑って見せた。



「あ、小野田」
「ひゃい!」
「あ、ごめん驚かせた?」
「朱堂さん…いえ、大丈夫です」
「悪いんだけどさ、ちょっと手伝ってくれる?」

これ運びたいの。とダンボール箱と、その上にビニール袋が一つ。見た目は重そうには見えないが、実は重いのかな。と小野田が身構えると、奏は「そんなに重くないよ」と笑って答える。
恐る恐るダンボールを持ってみると、恐がることもなく普通に持ち上がる。

「部室、ですか?」
「うん、袋は私が持つよ。それお願いね」
「は、はい」

一緒に歩き始めると、奏の足取りがゆっくりなのと、自分と奏以外の音がすることに気付いた小野田。
不思議に思って少し振り返ってみると、奏が杖を使って歩いている。

「ああ、これ?ちょっと今日具合が悪くてさ。いつもならそれ一人で運べるんだけどね」
「あ、すすすみません…怪我か、なにかですか?」
「そ、怪我。去年のIHでさ」
「……?朱堂さん、IH出たんですか?」
「出たんですよ?」
「へえええええ!?」

置いていくぞー。とゆっくりながらも先に進んでいた奏は小野田に声を掛ける。
よく考えてみれば小野田の驚きも納得ができる、なんせ新入部員の目には奏は恐らくお局マネージャーの様な存在に見えているのだろう。寒咲に色々命じて自分は動かない、そう見えていてもおかしくはない。
そう考えると奏は悲しいが、事実そんな感じなのだ。

「マ、マネージャーで怪我ですか!?」
「そっちかー。残念、選手でした」
「ひょええええ!!!」

良い反応するね小野田。と奏が笑っていると、小野田の声に引き寄せられるように今泉と鳴子がやってくる。

「なんや、どうしたんや小野田くん。お局さんにイジメられたんか」
「鳴子、田所のトコ行こうぜ」
「で、どうしたんだよ。叫び声聞こえたけど」
「朱堂さん…去年、IH出たんだって……」
「マネージャーで参加したんやろ?」
「普通じゃねえか」
「え、もしかして私ってそういう認識しかされてないの?え、本当に?」

小野田が答えようとした時を見逃さずに奏は咳払いをする。小野田にネタばらしをやめさせたのだ。

「つうか、お局さんどうして杖使うとるん」
「少々具合がよろしくなくて。小野田に手伝ってもらってましたの」
「なんやのその喋り方」
「お局っぽく」
「なな鳴子くん…」
「ならその袋持ちます」
「ありがとう今泉。どこかのアズキちゃんとは大違いだね」
「っぶ」

唯一意味が分かったらしい今泉が吹き出し、どういう意味かを聞いている二人に奏はただニコニコしながらも「ここは黙っておけよ」と目で言う。
そのまま部室に戻り、去年のIHの写真を探し出して三人に見せてやる。
その写真はレース直前の会場でメンバー全員で撮ったものだ。

「……なんでお局さんジャージ着とるんや?」
「さあ、なんでだろうね」
「……?」
「答えは3年にでも聞くと良いよ、2年でもいいけど」

その写真をもって田所のところに走った鳴子、それを追いかける小野田と今泉。
どのくらい驚くんだろうと奏はワクワクしながらダンボールを開け始めた。



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