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 その原因に出会うだろう

「みんなお疲れー!奏ちゃんだよ!」
元気よく、見る人間が見れば空元気の朱堂奏が勢いよく部室のドアを開ける。退院してから学校生活を送れるようになってしばらく。車椅子から松葉杖、それからいまでは杖という過程を経て奏は生活している。もちろん部活には参加することはないが、こうしてたまに顔を出している。

「…金城は?」
「いや…今、外に走り行ってるっショ」
「ふーん、なんで箱根饅頭?」
「貰いモンだよ、つうかどうして今日お前来てんだよ」
「え、一応私も部員なんですけど。手嶋、青八木、二人がイジメる!」
「朱堂さん、喉乾いてませんか?実はオレ達喉乾いてて…一緒に自販機行きません?」
「私は別に…」
「朱堂さんと、ジュース飲みたい、です」
「古賀は?」
「今日は病院だって」
「そっか。よし、じゃあ手嶋、青八木。先輩がジュースを奢ってあげようではないか」

二人とも、付いてきな!と言わんばかりに奏は部室をでる。あとに続く手嶋が「なるべく時間稼ぎます」と声に出さずに口パクで田所に言って「朱堂さんカバン持ちますよー」と追いかける。

「どうして、今日なんだよ…」

奏が部室に来る日はあまりない。奏が来るとどうしても奏に気を使う雰囲気がでてしまい、奏が逆に来づらい。でも部員である奏を待っているのも事実だ。何もできないと奏は言う。でも奏も部員だと、大切な奏先輩だと言う。同学年である金城、巻島、田所が奏に声を掛け、手嶋、青八木、古賀も奏に声を掛けてようやく。奏は部室に顔を出す機会が増えた。



「古賀、元気?」
「え、ああ、まあ…元気ですよ」
「そっかー。手嶋と青八木も元気?」
「元気。朱堂さん、怪我、どうですか?」
「目標は杖からの卒業かな。来年のIHは駄目だろうけど」
「オレが、オレ達が朱堂さんの分まで走ります。金城さんをアシストします」
「楽しみにしてるわ、その時にはマネージャーの仕事くらいできるようになってると思うし」

自販機の前につき、財布を出そうとした奏に手嶋が「今日はオレ達が奢ります!」と先にお金を入れられ、「朱堂さん、これ好きでしたよね」とボタンを押されて差し出されてしまい、奏は「ありがとう」と礼を言ってペットボトルを受け取った。

「登下校の時間がかかって大変なんだよねー」
「今、どのくらいですか?」
「バス使ってるから、待ち時間の方が長いんだ。移動時間は短いんだけど」
「今までロードで登下校でしたもんね」
「そうなんだよ!またあの坂を駆け抜けたいんだよねー、無理なんだけどさ」
「そんなこと、ない」
「そうですよ、また…」
「そうかな、二人がそう言ってくれるなら、そうなのかな」

それから暫く雑談をする。
定期考査がどうだ、現国の先生の口癖をカウントしたら一時間で100回言ったとか、コンビニに新商品がでたとか。どうでもいいよなことを話した。それは奏にロードの話をさせないようにではなく、ただ、本当の雑談のひとつでしかない。

「おっと、そろそろ出ようかな」
「帰るんですか?」
「うん、洗濯物畳んだりしないとね。部室に顔出して帰るよ」
「また、来てください」
「うん、行くよ。今日みたいに追い出されない日にでも」
「………バレテマシタ?」
「バレバレですよ、純太くん、一くん」

それから奏は二人と一緒に部室に戻る。二人に比べて歩くのが遅い奏に合わせ、三人でゆっくりと歩く。残っている飲み物はペットボトルなのでカバンに入れてしまえば荷物ではないので楽だ。歩くたびに中身の少なくなっているボトルの中身が揺れるきがする。

「よっすー!」
「お、おお…」
「手嶋と青八木返すね。そして私は帰る」
「そ、そうか…気を付けて帰れよな」
「私にいてほしくないみたいだしね。また日を改めて覗きに来るよ」

奏の言葉に田所と巻島が一緒に手嶋を睨む。すると手嶋は小さく「すいません…」と謝るが、手嶋は悪くない。それは奏も、田所も巻島もわかっている。

「今度は古賀もいる日にするよ」
「戻った…朱堂、お前」
「おう金城。奏ちゃんですよ、って言っても、今から帰るんだけど」

部室のドアが開いて、主将となった金城が。その後ろには見慣れない男子がいる。
奏が誰だと思って体とそらせるが、体に痛みが走ったのでやめる。どうやら客と言うのは本当で、奏がいては少々話しづらい事なのかもしれない。

「朱堂…奏、か?」
「え?ああ、はい。そうですけど…」
「箱学の福富寿一だ」
「ああ、だから箱根饅頭があったんだ」
「オレはお前に謝らねばならない。謝って済む問題ではないのはわかっている!」
「福富やめろ!」
「朱堂、お前は早く帰れ!!手嶋青八木!!朱堂を抱えて出ていけ!!」
「え、な、なに?ちょ」
「朱堂は知らないんだ!覚えてないんだ!!」

だからやめてくれ。
その金城の声に部室が静まる。
奏が察するに、奏の知らない事といえば怪我の事だろう。当事者たる奏が知らない何かがここにある。金城も、田所も巻島も、後輩も。みんなが知っている中奏だけが知らない。それがいま、奏の目の前にある。

「……ね、私が知らないって、覚えてないって、何?」
「朱堂さん…」
「どうして?どうして私だけ、知らないの?覚えてないの?それって、落車の事でしょ?」
「すまない…」
「あれは、何かのトラブルじゃないの?…石が、あったとか……金城、ねえ、違うの?人為的な、何かが、あったの?」

ロードに乗れないかも。と軽く言った奏の姿が今になって甦る。
登校初日、部室に顔を出していった言葉だ。
女子を含んだメンバーで、しかもエースアシストというポジションを持っている奏はそれが誇りだった。自分が金城をゴールへ運ぶ。自分が引いて行く。
それがもうできないかもしれないという現実を奏は受け入れたふりをしていた。それは多分、そうなる物だったんだと思い込ませて。

「あれは、オレが…金城を……落車、させた」
「……今年の、優勝って、ドコ、だっけ」
「…箱根学園」
「優勝、は」
「オレ、だ」
「金城を、落車させて、あのステージから見た光景はさぞ美しかったんでしょね」
「朱堂!」
「すまない…」
「私ね…もう、ロードに乗れないかもしれない」
「………」
「まだ、うまく、立てないの……」
「……すまない」
「どうしてここにいるの?」

返してよ、私の全部。

奏は初めて怪我をしてから涙を人に見せた。



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