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 野獣と先輩

鶏のけたたましい声に、男の野太い声。それに大きな物音が聞こえる。
飼育小屋の掃除の時はいつもは仲良く固まっている鶏の一羽がいない。奏は大変だと思って鶏達には「小屋に入ってて」と言って物音がした方に箒をもって走る。

「なにしやがる!!」

見れば大きな身体つきの男子と鶏。お互いに睨みあっているではないか。あたりには鶏の羽が舞っており、盛大に暴れたであろうとう見当は考える必要がないほど。
鶏は低い声で威嚇するように唸っている。

「…あの」
「あ!?」
「大丈夫…ですか?」
「あぶねえからくんな!コイツ、凶暴で怪我すんぞ!」
「2号、おいで」

その男子から目線をそらさず、決して後ろを見せないように鶏…もとい2号が奏に足元にゆっくりと戻る。時折唸って「動くなよ!」と男子に言っているように。
その様子に男子は目をこれでもかと見開き、その鶏の動きに注視している。

「ごめんなさい、この子生物同好会の子で」
「………」
「怪我してる。手当するから生物室まで来てくれる?」
「それ、言ってる事わかるのか?」
「それ?」
「それ」

男子が指す方を見れば鶏。さっきまで格闘していた男子から見れば大人しく言う事を聞いている鶏が信じられないのだろう。まだ男子に睨みを利かせている鶏に男子は嫌な顔をしている。

「それなりには」
「さっきまでの態度違いすぎだろ…」
「ごめんなさい、いつも大人しいんだけど」

でもまあ手当するから。と鶏の2号を小屋まで戻し、奏はその男子を連れて部室でもある生物室に向かった。
向かう前に男子が抵抗したので「同好会の動物がさせたので」と言って半ば強制的に引っ張ったのだが。

「適当な椅子にでも座って。今準備室から救急箱持ってくるから」
「…はい」
「あ、そうだ。私3年朱堂奏」
「銅橋正清、1年」
「やっぱり1年生か」
「やっぱり?」
「だってそんな大きい生徒、1つ下の男子くらいしか見た事なかったし」

準備室から救急箱を持ち、まだ座っていなかった銅橋に「じゃあそこ」と指して座らせる。向かい合う様に座って腕をださせると鶏に突かれた怪我とは違う、擦ったようなそんな怪我をしている。

「……ケンカでもしたの?」
「………」
「まあいいか。私保健室の先生みたいに優しくないから覚悟して」
「い!?」

奏自身、部活で怪我は付き物のなので部室に常備してもらったのだ。動物の世話だけではなく、小屋の修理もある。動物は遊んでいるつもりでも奏は怪我をすることもあるし、修理でもだ。
なので自分の怪我に対する処置ばかりで人にはしたことがない。自分のするように相手にして、今こうして痛がられているというわけだ。

「これ、やっぱり痛いよね」
「……」
「私もこれ痛くてね、私だけかと思ったらそうじゃないんだ」
「人で試すな!!」
「自分でも試してるけど」

ケロッとして奏は処置を続ける。絆創膏を使って傷口を覆ってしまうのが楽だが、この体格とか性格を考慮してガーゼで押さえて簡易包帯を巻き付ける。包帯同士でくっつくそれはテープよりも強力だし伸縮性もまあまあだ。最後に適当な長さで切って、ギュッと押し付ける。

「…あの鶏、2号って呼んでるんだけど、あの子何かした?」
「捕まえようと思って、追っかけた」
「……そっか」
「それでお終いか?」
「だってイジメてたわけじゃないみたいだし」
「どうしてわかるんだよ」
「だって最初に私に危ないって言ったでしょ?それにあの子の事だからふらふらーって行っちゃったんだと思うし」
「あの子…」
「ビビりのクセに好奇心旺盛で」

鶏にも性格ってあるのよ。と奏が言えば、銅橋は興味ないと言わんばかりに顔をしかめた。それを感じ取った奏はそれ以上話をすることなく救急箱を閉めて片付け始める。

「…アンタはオレにビビらないのか」
「動物相手にしてると人間にはあんまりビビらないかな」
「………」
「そうだ、こうやって話しているのも何かの縁かもしれないし、ちょっと部室見てみる?」
「は?」
「部室って言っても、そこの水槽にフグがいて、準備室にフクロウがいるくらいだけど」

見たいならついてきて。と救急箱を持って奏が準備室に入ると、大きな体で伺う様に準備室を覗く銅橋。どうやらフクロウという言葉に少しだけ興味があったらしい。
奏が「入っていいよ」と言われてやっと、小さな声で「失礼します」と準備室に足を入れた。

「…スピカ?」
「その子の名前」
「2号とは全然違う名前だな」
「まあね…私が付けたわけじゃないし」
「さては名前のセンスがねぇな」
「否定はしない」

銅橋に腕に乗せてみるかと聞けば、さすがにそれは抵抗があるのか拒否された。
フクロウに興味のある様子の銅橋は、スピカをまじまじと観察するように眺める。見られているスピカといえば、銅橋には興味がないのかチラッとだけ見て、フイッとあちらをむいている。

「指は入れないように。猛禽類だから危ないよ」
「……確かにこんなの相手にしてたら人間にいちいちビビらねえな」
「まあ、動物相手だからね。でも、とても仲間意識を持ってくれるから、私はそれが凄く好き」
「仲間…」
「可愛がれば可愛がっただけ懐いてくれる」
「可愛いか?コイツ」
「それは初めて会う相手だから。いきなり仲良くなれないでしょ、銅橋くんだって。人間同士のコミュニケーションがあるように、この子たちのコミュニケーションがあるの」

大抵の人間には最初警戒される銅橋だが、奏はそんな様子もなく、しかも敬語を使っていなくても注意することもなく普通に話している。
それは銅橋にとっては今までない事であり、意外な出来事である。

それから銅橋は、何かあって怪我をすると飼育小屋の前をウロウロして奏と会話するようになって、奏も銅橋の怪我を見ては手当をしてやるようになった。



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