弱虫 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

 二つの夏

「あ、あの!」

IH初日。暑い夏の日で熱気に包まれて嫌気よりも興奮立つ、そんな日。
地元開催と言う事もあり、活気立つ箱根学園の生徒と保護者。そして自転車競技に関係するスタッフに企業。会場はざわつき、様々な声が飛び交っている。

「あんだよ」
「えっと、その…箱学の、メンバーさん、ですよ…ね?」
「そうだけどォ?」
「あの、兄が、レギュラーあのですが、その、兄に会いたいのですが」

荒北が睨みながら振り返れば色々と焦った様子の女子が一人。私服であろうその恰好ではどこの高校の人間かは知らないが、荒北を知らないということは箱学ではないのは決まりだ。箱学であれば荒北と知らずに声をかけたら大半は逃げるだろうし、知らないという方が少ない。

「名前は」
「な、名前ですか?福富、寿一です」
「あー、福ちゃんの…え!福ちゃん!?」

荒北の大声に驚いたのか、それとも反応に驚いたのか。恐らくどちらもだろう、その妹は肩を大きくびくつかせた。

「あ、あの…」
「こっち、今控えにいるだろから」
「は、はい。ありがとうございます…えっと」
「オレ、荒北。よろしくネェ、妹ちゃん」
「福富奏です、荒北…さん」

無言のまま、時折後ろからその妹である奏がちゃんとついてきているかを見ながら荒北は箱学の控えまで戻る。さすがに仲間で入れてやるのはどうかと思い、「呼んでくるからちょっと待ってナァ」と外で待つように言ってから控えに入る。

「福チャァン、お客さんだヨォ」
「誰だ?」
「まあ、外行ってみなってぇ」

誰だ。いいから。誰なんだ。と福富はなかなか外に行こうとしない。荒北もはっきりと「家族が来てるよ」とでもいえばいいのだが、ただ「お客」としか言わないのでそれが逆に福富が行きづらいのだ。今までそういった件で何かあったわけではないので警戒する必要もないのだが、なぜか今警戒している。

「じゅーいち、奏ちゃん来てるぞ」
「奏が…?荒北、客というのは…」
「そ、妹ちゃん来てんのォ。だからお客さんダヨっていってんじゃん」

同じく外に居たらしい新開がホクホクとした顔で福富を呼ぶ。
そういえば福ちゃんと新開は同じ中学出身だから家族とか知っていてもまあ変じゃネェな。と荒北は思いながら「ほら」と福富の肩を叩く。

「お兄ちゃん!」
「奏…来てくれたのか」
「うん!だって最後のIHでしょ?それに近いし、お兄ちゃんと隼人くんの応援しに!」
「ヒュウ!奏ちゃん相変わらず可愛い事言ってくれるぜ」
「ここまでどうやって来た」
「電車とバス。会場に着いてから、荒北さんとお話して、ここまで」
「そうか…荒北、ありがとう。助かった」
「ありがとうございました」

二人並んで礼を言われるとは思っていなかった荒北は「別にぃ」と小さく漏らす。
しかしこうやって並んでみるとはっきりと似ていない。でもよく見れば、なんとなく、似ているような気もする。最初物怖じしていたように見えた様子も、ただ驚いていただけにも思える。

「悠人は一緒じゃないの?」
「一緒に行こうって言ったんだけど…行かないって言われて」
「箱学受験するって言ってたのにな、まあいいか。奏ちゃんも箱学?」
「ううん、私は違うところ行こうと思ってるの」
「……ってことは、妹ちゃん今中3なのぉ?」
「はい、今年…ん?来年?受験です」
「しっかりしてるネェ…」

高校生かと思った。と本心を言えば、新開は笑って「中3も高1もあんまりかわんないけどな」と自分の妹みたいに言っている。新開も奏を妹の様に思っているのか、「奏ちゃんは大人びているからな」と半分自慢が入り始めてきた。

「今日はわざわざすまないな」
「ううん、久しぶりにお兄ちゃんに会えるし、隼人くんにも会えたし。二人の自転車乗るのも見れるから」
「妹ちゃん、お兄ちゃん好きなんだぁ」
「はい!自慢のお兄ちゃんです」
「オレはオレは」
「隼人くんも自慢の…お兄ちゃんのお友達?あ、スプリンター」

お前は兄貴じゃないだろ。という荒北の突込みの前に妹である奏自身が遠回しにくぎを刺した。本人にはそういう自覚はないかもしれないが、新開には効いたらしく笑顔のまま少しヘコんでいるのがわかる。

「今日はね、ゴールの近くで応援するの。それで、お兄ちゃんがゴールするの動画で撮ろうと思って…じゃーん、新しいスマホ!」
「それ新しい春モデルのヤツだ。気合入ってるね」
「お父さんと、上のお兄ちゃんとお母さんに送るの。隼人くんのゴールも撮るからね」
「奏、それなら荒北も一緒に撮れるぞ。荒北はオレのアシストだからな」
「がんばる!」

鉄仮面だと思っていた福富の顔は、今だから思えるのだが、一応喜怒哀楽がある。
でも今、妹と会話している姿を見ると、いつもよりその動きが大きいのがわかる。もちろん嬉しいといういい方向にだ。口数は新開に圧倒的に劣っているが、妹の方が「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と懐いているのが見ていてわかる。
なにより荒北から見れば、自分の妹はそんなに可愛い事をしないので妹があんなに懐いているのがあまりにも自分の家族とは違うことに少しだけ衝撃を受けている。

「あんまり邪魔しちゃ悪いから、私そろそろ行くね」
「ああ、気を付けるんだぞ。歩きながらスマホは見るな」
「うん、大丈夫」
「迷子にならないようにね、奏ちゃん」
「はーい。お兄ちゃんと隼人くんと荒北さん、ゴールで待ってます」

スマホをカバンに入れて、奏は手を振りながら控えから会場へと戻っていく。人が多くてすぐに奏の姿は見えなくなってしまったが、荒北以外の二人はその方向をしばらく眺めていた。

「福ちゃんの妹可愛いネェ」
「そうだろそうだろ、奏ちゃん可愛いよな!」
「オメェに言ってねェヨ」
「だって寿一でさえシスコンになってるくらいだぜ」
「え!マ…マジか…」
「オレの妹は可愛い!」
「う…うわぁ」

福ちゃんそういうキャラだったっけ…。と荒北は頭を抱えた。




prevnext