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 パワーチャージ

「拓斗くん!私と腕相撲して!」

確かアレは昨日シキバと話していた総北の身長の高い方の女子だ。こうして近くで見るとデカいな、と思って葦木場がどう返すのかを眺める黒田。
ついでに言えば、昨日ロビーで葦木場と一緒に格闘技の番組を一生懸命見ていたというのが印象的だ。

「ど、どうしたの?奏ちゃん…それにこれから練習だし…」
「ちょっとでいいから!」
「でも…」
「やってやれば?そのかわり、すぐ終わらせろよ」
「えええユキちゃん…」
「お願い!」

葦木場と並べば、その奏ちゃんと呼ばれた女子さえ小さく見える錯覚。これが自分も小さいと言われる現象のアレか。とまた他人事のように考える。実際に黒田は小さい方ではないし、だからと言って高身長でもない。言えば平均より少し高い程度の男で言うなら普通サイズだ。

「どうして腕相撲したいの?奏ちゃん」
「……昨日ね、拓斗くんと別れてから箱学の人に『デカ女』って言われたの」
「え、奏ちゃんデカくなんてないよ!ちっちゃいよ」
「…………」
「それで、今日の朝やけ食いしちゃって、その…発散で……」
「総北の人じゃ、足りなかったの?」

うん。と無言で頷く。
それに黒田は「誰だよ女子相手にんな事言うやつ…」と思っていたが、それに対してやけ食いするあたりデカくても女子だなとも思う。そして、その発散って何事なのかと今思った。
ついでに言えば、それが比較的常習なのか、葦木場は「また」と言っている。

「もうみんなとやってきた…」
「どのくらい食べたの?」
「…えっと、田所先輩と青八木先輩と、鳴子くんっていうスプリンターの人が居るんだけど、その人達以上に…食べちゃった……」
「えええ、食べ過ぎだよ!どんだけ腕相撲する気なの!?」
「そこか!?今気になるところそこなのか!シキバ!!」

ついに突っ込んで言ってしまった黒田。それに対して二人はいまいちピンと来ていない様子。どうやら葦木場同様の不思議ちゃんらしい。

「……シキバ、その…奏さんとさっさと腕相撲してやれよ」
「ええ、だってユキちゃん!奏ちゃん凄く強いんだよ!?オレ負けちゃうよ…そんなフルチャージの奏ちゃんに勝てっこないよ」
「…えっと、奏さん?今までの戦績は」
「…全勝、してます」
「え?」
「全部勝ってるって。奏ちゃん」

そんなこと意味くらいわかっている。黒田が聞き返したのはそれが聞き間違いではないのかと言う事だ。葦木場のフルチャージの意味がイマイチ解らないが、それにしても総北の奴らは女子に甘いだろうという考えに行くほかない。どんなに身長が高かろうが所詮女子の力に全員が負けてやるとはどれだけ女子に甘いんだ。
葦木場が相変わらず「奏ちゃん強いもん」と言っているばかりでどうにも勝負してやる様子がない。
自校の生徒ではないがこれで時間が取られるのも困るが、相手にしてやらないのも可哀想だ。葦木場の代わりに自分がそれをしてやると奏に言ってやる。

「え…い、いいんですか?」
「えー、ユキちゃん負けちゃうよ?いいの?本当に?」
「負けるか。そっちの部員がどれだけ甘やかしてやってるのか教えてやるよ。そこのテーブルでいいか?」
「は、はい!ありがとうございます!!えっと…ユキ、さん?先輩?」
「黒田雪成。シキバと同学年」
「朱堂奏です。拓斗くんのひとつ下の学年です」

勝負してくれるという黒田に奏の表情は明るくなり、犬であれば盛大に尾を振っているであろう。そんな笑顔になる。
黒田に言われたテーブルに向かい合い、「拓斗くんはレフェリーね」とちゃっかりお願いしている。それさえもいつもの事なのか葦木場はニコニコしてそれに応じ、「ユキちゃん頑張ってね!」と奏ではなく黒田を応援している。
黒田からしてみれば、まあ同じ学校だしな。という軽い考えだ。

「ユキ…と葦木場?なにしているんだい?練習始まるよ」
「ああ塔一郎か。総北のマネと腕相撲だよ、葦木場が頼まれてたんだけどコイツ嫌がりやがって。それで代わりだよ」
「まったく…総北のマネージャーさん?僕らには時間が」
「いいんだよ。だってその切っ掛け作ったのウチの奴ららしいから」
「そうなんだよ。奏ちゃんデカくないのにデカ女だなんて!酷いよね!」
「………ユキ、早く終わらせてね」

当たり前だろ。とニヤリとして、臨戦態勢に入る。普段誰かと手を繋ぐと言う事は奏も黒田もあまりない。しかも異性と言う事になると緊張が走る。奏はもう総北の男子全員と勝負しているので、そういう感覚は薄らいでいるが。

「んじゃ、いくよ?レディー…」

ゴー!という葦木場の少し腑抜けた掛け声。そしてその次の瞬間にはもう勝負が決まっていた。

「……え?」
「やっぱり奏ちゃんの勝ちだね!」
「拓斗くんもしようよ…」
「ユ、ユキ…?女の子だからって、手…抜いちゃ…失礼だよ?」
「あ、えっと…黒田、さん。ありがとうございました」
「…もう一回。もう一回だ」
「あ、はい。わかりました。拓斗くん、もう一回ね」

さっきのは不意打ちだ、たぶん。と自分に言い聞かせる黒田。
葦木場の「ゴー!」で「ファイト!」じゃないのかよ!という突っ込みで力が抜けたに違いない。だから、あの手の甲がテーブルにトンとついた、あの軽い感覚だったのだ。
そうだ、そうに違いない。自分が総北の女子を優遇する理由がないんだから。と再び臨戦態勢をとる。

「んじゃ、もう一回するよ。準備はいい?」
「うん」
「…ああ」
「レディー・ゴー!」
「ユキ!」

泉田が驚くのも無理はない。また黒田が負けたのだ。
黒田に比べたら細い腕。女性らしい柔らかそうな胸に腕。筋肉質らしい要素はない。その女子に負けたのだ。黒田は信じられないと言った表情で泉田を見上げる。

「お名前は?」
「え、あ…えっと、朱堂奏です。総北、1年です」
「ボクは箱学2年、スプリンターの泉田塔一郎。次はボクがお相手しましょう」
「え!いいんですか!」
「奏ちゃん嬉しそう!」
「強そうな人だもん!強い人とするの楽しいから好きなんだ!」

黒田に変わり、今度は奏と勝負する泉田。黒田に比べればスプリンターである泉田は筋肉質だというのが見た目でわかる。それに鍛えているので見た目にも強そうである。
奏はうきうきと泉田と手を合わせ、黒田の時と同じように「拓斗くん」と声を掛ける。

「なんしてんだ?泉田」
「あ、新開さん。奏ちゃんと腕相撲するんです」
「腕相撲…っと、そっちの子は総北の子だよね」
「お、おはようございます!」
「おはよう。で、なんで黒田はへこんでるの?」
「それは奏ちゃんに負けたからですよ」
「え?」
「じゃあいくよ?レディー・ゴー!」

泉田が力む瞬間。それとほぼ同時と言っていい瞬間だった。黒田と同じ様にトンと泉田の手の甲がテーブルについたのだ。それこそ大きな音を立てるでもない、静かに、そして優しく。
それを見ていた新開は「おいおい泉田。紳士すぎるだろ…そういう時は、ギリギリで勝たせてやるのがマナーだろ」と笑う。しかしこの場でそんなことを言えるのは勝負したことのない新開だけ。葦木場は元より奏が強いことを知っている。そして今、黒田と泉田も知ったのだ。

「ね、オレもしてもいい?」
「お、お願いします!」
「泉田、ちょっと代わって」
「……あ、え…は、い……」

呆然としている泉田に黒田が「アレ本物だよな。お前も本気だよな」と確認してくる。当然黒田も泉田も本気を出したが、奏がそれ以上の実力を持っていた。それこそ総北の生徒に手を抜いてやるほどの優しさは必要ない。むしろ女子であろうが誰であろうが本気でぶつかる。それが、今、目の前の女子に負けたのだ。しかも汗もかかず、涼しげな顔で。

「お前らなにかたまってんだよ、さっさと外で練習しろ!」
「まあまあ、靖友。ちょっと勝負してから行くから」
「あ?」
「新開何している」
「総北の女子と腕相撲するだよ、寿一」
「女子と勝負とは…そこまでして女子に触りたいか隼人」
「純粋に勝負だよ。泉田が紳士すぎるから」

次々と箱学の部員が集まり、気づけば総北女子を囲んで腕相撲大会の様になっている。
さすがに総北の部員も気づいたのか、主将である金城や3年が顔をだす。

「なにをしている」
「総北の女子と腕相撲らしい。金城、お前のところのマネージャーは腕試しが好きなのか?」
「いや…そうではないが…」
「お、奏。新開と勝負か?勝ったらパワーバーやるよ」
「巻ちゃん!オレ達は腕相撲よりもやはりロードだろう、な?」
「いい?奏ちゃん、新開さん。レディー・ゴー!」

相変わらず軽い音でトンと奏ではない人間の甲がテーブルを叩いた。
すなわち、それは奏が勝者であり、相手が負けたことを意味する。見ていた人間はそれを現実だと受け入れることが難しいだろう、奏の相手は箱学の3年スプリンター。新開の軽口を聞いていた者ならこの勝負がいかに不自然かがわかる。
しかし総北の場合は違う。すでに奏によって負かされているからだ。力自慢である田所でさえ、ぐうの音が出る前に奏によって負けているのだ。

「ガハハハ!いいぞ朱堂!」
「凄ーい!奏ちゃん新開さんにも勝ったー!」
「やはり朱堂の勝ちか」
「つうか朱堂のは反則的強さっショ」
「新開!女なんかに負けてんじゃねえよ!!バァカ!」
「あ…いや…え?オレ、今負けた?」

それから次々と奏の前に箱学生徒が並び、次はオレだと勝負を挑み始め、最終的には両校の監督に「いい加減にしろ」と言われてようやく終わった。



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