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 あの夏は戻らない

「朱堂さん!」
「あ、黒田くん久しぶり!」

いつもと変わらない笑顔で見つけた黒田に奏は大きく手を振る。
今日は毎年変わらない暑い日のIHで、奏は去年最後の部員だった。今年は部員ではなく、卒業生として部員の活躍を見にやってきたのだ。

「実は迷ってて。黒田くんが見つけてくれて助かったよ、ありがとう」
「いえ、朱堂さん一人なんですか?荒北さんとかは…?」
「ちょっと皆とは時間が合わなくて…一人で来たんだけど…去年までは迷うとかなかったんだけどな…」
「だって去年とか一昨年は誰かと一緒に居たじゃないですか」
「あ!…そうか、私は迷子体質か…」

去年までは部活の服装だった奏は、今年は卒業生。制服でもなければ普通の私服。当時であれば見たことがないに等しいその恰好は新鮮で、前と違った緊張がある。

「案内します、あっちです」
「ありがとう…そうか、私は迷子…」
「朱堂さんはマネージャーの仕事があったので、みんなそれに配慮してただけですよ。去年はオレ朱堂さんサポート係でしたし」
「え!そんな係があったのか…駄目な先輩でごめんね…」

実際サポート係といっても、こういった会場での話で実質的な仕事のサポートではない。あまり人に頼ることをしていなかった奏に対して気にしていた福富あたりが自分たち、もしくは後輩に声をかけて会場だけでいいから一緒にと行動させていたに過ぎない。ドリンクや応援配置、補給食の準備はそういったことはしていなかった。言えばそちらに集中させてやろうと会場の移動等はもう一人にと分担していたのだ。

「朱堂さんやること多くてそこまで気が回ってなかったので、それでですよ」
「でもさ…後輩にそんな気を使わせてしまうとは…先輩失格だよ…」

溜息をつきながら黒田についていく奏。黒田に「そんな顔してると部員の士気が下がるのでやめてください」と言われてしまい、黙る。
前は自分が先輩で部員に気を使って、色々していたのが今度は逆、というよりも部外者になってしまった。寂しい気もするが、後輩が少したくましく見えて嬉しい気もする。

「みんな、朱堂さん来てくれたぞ」
「みんな久しぶりー、応援に来たよ!」

奏が顔を覗かせると、現3年と2年がワッと声を上げる。奏が在籍していた時の後輩だ。

「朱堂さん!」
「わあ朱堂さんだぁ!」
「わー泉田くん、葦木場くん久しぶり」
「朱堂さーん!」
「真波くんも久しぶりー」

今年のメンバーである主将泉田、葦木場、黒田、真波に囲まれて奏は楽しそうに話、後から途切れることなく他の後輩部員が挨拶にやってくる。奏を遠巻きに見ているのは新入部員で、先輩に誰かを聞いて納得していた。
部室には毎年撮ってある記念写真があるが、それを見る後輩は多くない。特に新入生となればそれどころではないし、見ても知っている先輩くらいしか見ないのだ。

「あ、銅橋くん!今年レギュラーなんだってね!おめでとう!!」
「…うっす、ありがとうございます」
「今年のスプリント賞楽しみにしてるからね!」
「そういえば朱堂さん一人なんすか?」
「時間が合わなくて一人できて…迷っていたところを黒田くんに見つけてもらいました…」
「またですか」
「ま、またじゃないよ!」
「去年の2日目迷ってたじゃないっすか」
「……そういえばあの時は銅橋くんが見つけてくれたんだっけ…だって、やることが多くてよそ見してて」

奏と銅橋は仲が良いとはではいかないが、何かと奏は銅橋気にしていた。一人で連続掃除をしているのを見かければ一緒に掃除をしたこともあるし、一回だけだがスプリンターである泉田と新開に頼み込んで一緒に走ってもらえないかと掛け合ったこともある。奏は「ちょっと荒北くんに似てるよね」と新開に漏らしたこともある。そのせいか、銅橋も奏を少しだけだが気にすることがあり、今の様にレギュラーに成れたことを嬉しそうにしてもらえると素直に礼を言うくらいに。

「そうだ、悠人」
「あ、新開くんの弟という」

泉田に呼ばれて、銅橋の影からひょこっと顔を出す。顔を言ってもお面で隠れていて素顔を見ることができないが、泉田が「悠人」と呼んでいるので間違いはない。
何故悠人と言われてわかるのかと言えば、兄である新開隼人から「弟の悠人がメンバーに選ばれたんだ」と嬉しそうに話していたからだ。

「……」
「悠人、お面外して。挨拶して」
「こんにちは、私去年までマネージャーしてた朱堂奏です。お兄さんと同じ大学に今通ってるの。よろしくね」
「新開悠人です。隼人くんから聞いてます、いつもお世話になってます。隼人くん一杯食べるでしょ?」
「うん、底なしに…お兄さんに私の部屋を食事処にするのをやめてもらえるように言ってもらえないかな…」

応援しにきてるのにどうしてこんな話しているんだろう。そう思った奏だった。



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