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 (仮)

「フランソワ!」
「…えー、フランクです」
「アンダーソン」
「アンディです」
「…フィニアン?」
「ファビアン」
「……ごめん」

変な単語を発していると思えば、泉田の前で朱堂がしょぼくれている。
思うに、今言った単語は泉田の筋肉の名前なのだろう。見事にすべて外れている。

「ご、ごめんね…」
「いえ…」
「逆に覚えられない朱堂が凄いよな」
「…なんか覚えられなくて」

オレが顔をのぞかせると泉田は軽く頭を下げ、朱堂は泉田に「ごめんね…」と項垂れている。本当にな、と言いたいくらいに朱堂は泉田の筋肉の名前を間違えまくるが、間違えて謝るくらいならあえて言わなきゃ良いのにと朱堂の居ないところで話題にのぼる。

「頑張って覚えたいのにぃ…」
「朱堂さん、お気持ちだけでも嬉しいです」
「泉田くん…ごめんね、本当にごめん…」
「惜しい感じで間違えててな」
「筋肉に顔がないからっ、筋肉に顔がないから覚えられないんだ…っ!」



「…まあ朱堂の事、馬鹿だとは思わないでやってくれ」

なんとも変な会話だったと思う。筋肉に顔がないのは当たり前だ。本体は泉田であって筋肉じゃない。むしろ顔があったら怖いだろうって突っ込みさえする考えが追い付かなかった。
当の朱堂は「あ、担任に呼ばれてたんだ。ごめんちょっと部活抜けるね」と逃げている。別に逃げたわけじゃないが、逃げた。

「…そんな、馬鹿だなんて…朱堂さんはそんな」
「あれでも靖友を赤点から救ったんだ」
「は…はあ」
「ついでに最近俺も助けてもらった」
「…そう、なんですか?」

たぶんこの部活で朱堂が馬鹿だと思っているヤツはいない。むしろその逆だと思っているのが大半だ。部活終わりに後輩がテストの範囲でわからないって言っている後ろを通れば簡単に教えているし、朱堂に懐いているヤツに至っては自分から聞きに来ている。その度に「授業中は起きてる?先生に聞いた?」というのがつくが。

「でもなんで筋肉の名前の話なんてしてたんだ、おめさん達」
「なんでもなにも、朱堂さんが急に」
「急に?」
「急にアンディやフランクの名前を言われて」
「あー、朱堂お得意な唐突なやつか」

泉田は困ったように笑って曖昧にした。
朱堂の唐突な行動や話は最初は驚いたけど今となっては「あー、朱堂のやることだしな」の一言で済まされることが多い。多分朱堂は考えていたり思っている事がちょっとしたことで口に出るんだと思う。

「朱堂さーん、て、あれ?」
「朱堂なら担任のところいったぞ真波」

朱堂がいると思って来た真波が顔を覗かせてキョロキョロと探している。なにか用事かと思えば落車して擦りむいたので手当てしてほしかったらしい。擦りむいた膝にはちょっとした血が滲んでいるが、それほど手当てしてくれというほどの怪我には見えない。

「保健室に行けば良いだろ」
「保健室行くまでじゃないんで」
「自分でするしかないな」
「…そうですね」

朱堂が使う棚にある救急箱に手を伸ばした真波に泉田が「朱堂さんにちゃんと使ったことを報告しておくこと」と言っていた。まあ朱堂だけじゃないけど自分のテリトリーに誰かが入ってくるのは嫌がる人間は多い。

「ちゃんと言いますよ、朱堂さんうるさいし」


「うるさくて、ごめんね」


あ、朱堂がすごく良い笑顔だ。



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