弱虫 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 起こさない方が正解

「福富くん、部活前のミーティングで時間貰ってもいいかな」

部活の主体が自分たちになってから少し。朱堂も部活のマネージャの仕事にも十分に慣れて、部活の雰囲気にも慣れ、そしてなじんだ。後輩も朱堂に懐いているように見えるし、同学年の部員も朱堂とそれなりに仲良くやっている。

「ああ、問題ないが…どうした?」
「ん?ううん、ちょっと…ね」
「ちょっと?」
「うん、ちょっと」

3分もかからないから大丈夫だよ。といつもの様に笑う朱堂だが、どうもぎこちないというか、様子がおかしいようにも見える。
具合でも悪いのかと思ったが、顔色も悪くないし、声の調子もいつもと変わらない気がする。じっと見つめると朱堂は「ちょっと皆に聞きたいことがあるだけだよ」と意味深げに笑うだけだった。



「朱堂から話があるそうだ」
「ロッカールーム、窓側ベンチ。、心当たりある人は私のところまで。今日の部活が言わるまでに申し出がない場合は先生に渡します。以上です」
「……何の話だ?」
「わかる人にはわかってもらえると思うから大丈夫」
「そうか…」

そして部活が始まるが、朱堂のところに行く部員は備品の使用だったり自分の記録の確認がほとんどらしい。ミーティングの時の朱堂の話に関するものはないらしく、いつもの様に部員は手早く自分の用事を済ませては朱堂から離れている。

「朱堂ちゃんのあの話、なんだと思うヨ」
「誰かの忘れものか何かではないか?」
「それなら皆の前でその出すんじゃないか?」
「……成績表とかか」
「名前あるだろ。それに小学生でも自分で持って帰らねえダロ?あと時期考えようぜ福ちゃん」

それもそうだと思った。部員の忘れ物ならさっき朱堂が目の前で出した方が早い。それなのにいちいち何かを隠した様子で申し出を待つのはおかしい。

「あ、朱堂ちゃんどっか行くヨ」
「一人だな」
「探し人はこのタイミングを逃すと朱堂と二人っきりになれんな」
「ということは犯人は今動き出す誰かってことか…」

犯人とは言い方が悪い。何かを忘れてだけかもしれないのに、と思うが朱堂がしこ申告をと言っていたのだから犯人に自首をしろ言っているようなモノか。いったい何があったのかが気になるが、変に聞いて疑われるのも朱堂との関係が悪くなりそうで嫌だ。

「寿一は誰が犯人だと思う?」
「そもそも犯人は居ないだろう、朱堂の話では」
「まあそうだけどさ、朱堂は多分静かに怒るタイプだな」
「多分な、今あれで結構怒っているぞ」
「そんな感じだよな朱堂ちゃん」
「…朱堂、怒っているのか?」

声を合わせて「かなり」と言われてしまった。
あのいつもと違う雰囲気は怒りだったらしい。それに気づかなかったが、周りは見ている者で、オレ以外が気づいていた。
新開に「まさか寿一わからなかった?」と聞かれて正直に頷いた。

「あ、戻ってきた」
「こっちにくるぞ」
「福富くん」
「どうした」
「たぶん来ないみたいだから、終わりの時にもう一度いいかな」
「ああ、わかった」

ちょっと時間かかるかもだけど、なるべくすぐ終わらせるから。と朱堂は言いたいことを言って自分の仕事に戻る。

「朱堂のあの雰囲気では申し出るのも恐いな」
「下級生は気にしてないっつうか、気づいてねぇな」
「黒田は気づいてるな、他は…」
「同学年での気づいてるの少ないぞ」

朱堂をよく見ているなと感心した。俺からしたら朱堂の演技力というのか、それが凄いと思ったが、それ以上に見ぬいている奴らが凄いようだ。



「では朱堂から話があるそうだ」

帰りの集まりで朱堂から頼まれていたので朱堂を呼ぶ。その手には厚い封筒があり、朱堂はそこから何かの雑誌を取り出す。サイクル雑誌かと思ったが、表紙の様子が違う。

「誰も来てくれなかったので、一応ここでもう一度。これかロッカールーム、窓側ベンチにありました。最後にもう一度、これ誰の」

朱堂の声がここまで低くなるのかと驚いた。
そしてその雑誌の表紙には艶めかしい女性が悩ましい恰好で、みだらに映っている。

「…!」
「別にね、これが18禁の本だとか、別にそいういうことを私は言っているわけじゃないの。だって男子だからこういうのがあってもおかしいとは思ってないよ。でもね、ここに持ってくる必要ないよね?貸し借りするなら、さっさとカバンに突っ込めばいいよね」

誰もが黙りこくっていた。朱堂の手にはいわるゆるエロ本という本。直視するのが恥ずかしいが、朱堂はいたって普通に持っているし、あからさまに怒っているわけではない。荒北の言うとおりに静かに怒っている。これがもしぎゃあぎゃあと騒ぐように怒っていたならまだ笑って申し出ができたのだろうが、この静かな怒りが逆に出てこれないのだろう。

「私ね、別に軽蔑とかしないよ。だって普通の事でしょ?それに趣味だって人それぞれだし。でもさ、どうしてここにあるの?どうして出しっぱなしなの?一応、ここ私も出入りするんですけど」

持っている手とは反対の手でぴしぴしと本をはじく。その音が静かな部室に響くのがこれほど恐い事があっただろうか。いつもは温和で優しい朱堂の声が今までになく低く、そしてオレが思っている以上に怒っているのだと思う。朱堂の正面に立っている荒北の顔酷い。

「ねえ、いないの?持ち主。じゃあこれ、部員以外の人がおいていったんだ。ふーん、そうなんだ。へー」

「じゃあ、先生のところに持って行っていいんだよね。先生には部員以外が部室を使ったようですって報告しなくちゃだよね。だって誰も持ち主がいないんだもんね。個人的に注意で終わらせようと思って部活の頭に言ったのに誰も居ないんじゃ仕方ないよね。誰かが勝手にこの自転車競技部の部室に入ってきた結果だもんね」


わかった。と朱堂は「今日私がここの鍵当番で最後だから、それが最後のチャンスだと思って」と言って〆た。

それから帰りの支度は始めるが、大半の部員は朱堂の話をしていたし、あとの半分はわれ関せずという感じだ。

「あれ、誰のだと思う?」
「多分今井だぜ」
「どうしてそう思うんだ靖友」
「ニオイだヨ。アイツ朱堂ちゃんの持ってた本見てニオイが変わったからよォ」
「確かに今アイツの姿見えないな」
「どうせあっちで部誌書いてる朱堂ちゃんところだろ」
「朱堂は大丈夫だろうか…逆上した今井に何かされないか…少し覗いてくる」
「やめとけよ福ちゃん。アイツそこまで馬鹿じゃねえよ」

何が馬鹿じゃないのか。中学の頃一悶着あったオレとしては朱堂が心配だが、変に入って今井の立場が悪くなるのは部活としてもよくない。と新開に言われて行くのをやめる。

次の日、朱堂が言うには持ち主は見つかったらこの話はお終いね。と軽く言っていた。それとは反対に妙に意気消沈している今井を見つけて荒北の見当が当たっていたのだわかった。

「朱堂は怒らせない方がいいな」

と新開が言っていたのを皆で頷いた。



prevnext