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 犬か狼

「駄目だ、見ないでくれ朱堂ちゃん…」

どうしてこうなった。
そんなはずじゃなかった。だから、こうなるなんておかしいんだ。

最近どうもザワザワして落ち着かなかった。それは誰がどうとか、自分がどうとか、そういうモンじゃない、もっと腹の底から何かが、もしかしたらもっと深いどこかがどうかしているような。
それは日に日に増すばかりで、どうにか人にぶつけないように我慢して過ごしていた。
部活仲間に当たれない、だからと言ってケンカするわけにもいかねえ。そのイライラはどうにかペダルをまわすことで昇華しようにも、そのイライラは思う様におさまらない。
そして夜中、眠れない体を起こして行動するようになった。もちろんそんな時間に出歩いているのがバレたら一大事だし、なにより部活で今まで積み上げたもんが一気にパアだ。そこはザワつく思考の中でも守っていた。気が付けばそれが毎晩の日課になっていたし、それをしていると不思議と落ち着いてきて、イライラを隠すこともない生活になった。
でも、それをいつまでも続けることはできないのはなんとなくわかっていた。
なんていうか、戻ってこれない、そんな気がしていたからだ。
抜け出している時はまるで犬になったよう、そんな気がした。山を駆け回って、狩りをするような。

「荒北くん…」
「どうして、朱堂ちゃんが、居るんだよ…今何時だと思ってんの?」

声が震えた。朱堂ちゃんの声じゃない、オレの声だ。朱堂ちゃんの声は部活の時よりも落ち着いた、むしろそれが恐い。
駄目だ、やめてくれ。オレを見ないでくれ、恐い、恐いんだ。何が?それは多分、せっかく仲良くなった朱堂ちゃんに見られたくないからだ。どうして?だってこんな泥だらけで、バカみたいな恰好を見られたら。

「大丈夫、恐くないよ」
「…朱堂、ちゃん?」
「辛かったね、恐かったね。もう大丈夫だから」
「やめろよ…見んなよ…」
「荒北くん、こっち。大丈夫、恐くない」

全身の毛という毛が恐怖で逆毛になる、そんな感覚がした。
こんなことをしているのを見られたら、きっと部活は活動停止になる。でも目撃者は朱堂ちゃんだけ。朱堂ちゃんだって同じ部活だ、救いはあるんじゃねえか?

「朱堂ちゃん…どうして、こんなとこいんの?」
「荒北くんを助けに来たんだよ」
「助ける…?」
「うん、苦しかったでしょ?もう大丈夫。だから、こっちにおいでよ」

苦しかった。その言葉が凄く胸に落ちて涙が出そうになる。
そうだ、苦しかった気がする。ツラかった気がする。こんな山の中を毎日駆け回って、誰にも打ち明けられなくて、泥だらけで。
朱堂ちゃんが「おいで」という言葉が温かくて、優しい。
言われるままに朱堂ちゃんが待つところに出る。

「オレ、汚いヨ」
「大丈夫。思っていたよりもキレイだよ」
「…思ってた?」
「もっと泥んこだと思ってたから。あーあ、こんなにキズだらけ。でも朝には治ってたんだね」
「……?」
「私がもっと早く気付ければよかったんだけど」
「ねえ、何の話してんの?」

朱堂ちゃんの腕が俺の頭なで伸びて、朱堂ちゃんの手がオレの頭を撫でる。
驚いて固まっていると、違和感がある。朱堂ちゃんは間違いなくオレの頭をさわっているのに、耳も触らている感覚がある。

「オレ、耳……」
「荒北くんはね、狼っていうか、犬に憑りつかれてるの」
「………は?」
「だからね、こうして暴れたくなっての」
「朱堂ちゃん…?意味が」
「偉いね、荒北くん。そのイライラを人にぶつけないで。私が今助けるから」

目を瞑って。その朱堂ちゃんの声が、命令がどうにも抗えなくて従う。いつも聞いている朱堂ちゃんの声が聞こえるけど、何を言っているか聞き取れない。あれだけ話していたのに。朱堂ちゃんの声なのにそうじゃない、意味がわからないけど、離れなくてはいけない。名残惜しいけど、なにが?朱堂ちゃんの手が?いや、まだ朱堂ちゃんの手はオレの頭を触って、いる…?違う、触ってない。じゃあなんだ?
そう思っていると、何かがするっと抜けるような、そんな感覚がした。

「もういいよ、もう大丈夫、もう怖くないよ」
「……」
「気分はどう?」
「よく、わかんね」
「そっか、うん。じゃあ今日はもう帰ろう。一人で帰れる?あ、でも危ないから、一回この子を返すから、それで帰ろうか」
「なあ、朱堂ちゃん?意味が…」
「その話は明日の…放課後がいいかな。今日は疲れたと思うから、ちゃんと寝てね」
「ああ、うん。わかった」

何かが入ってきて、朱堂ちゃんに色々聞きたいはずなのに朱堂ちゃんに言われた事を守らなくてはと思った。どうしてとか、まだ聞きたいことがとか、言いたいのに朱堂ちゃんの言葉は絶対だと思っている。

「朱堂ちゃん一人で帰るの?危ないよ」
「大丈夫、私にはちゃんと護衛がいるから」
「わかった。じゃあオレ帰るネ、また明日」
「うん、また明日」

そして寮の部屋までは真っ直ぐ帰って、今までと同じように整えてからベッドにもぐりこむ。いつもと違うのは朱堂ちゃんに会ったことと、こんなにも心が落ち着いていることくらい。あと明日がものすごく待ち遠しい。朱堂ちゃんに会えるのが楽しみで、朱堂ちゃんはちゃんと家に帰れただろうか。明日あったらなんて言おう。今まで思ってもいなかった感情がある。そんな不思議を抱えてオレは眠った。


「おはよ、朱堂ちゃん」
「おはよう荒北くん。戻っておいで」

え?というオレの言葉を無視して何かが抜ける。抜けると今まで朱堂ちゃんに会いたくてワクワクしていた気持ちがいきなり小さくなって、昨日の、いや今日の?夜中の疑問がふつふつをわいてくる。

「なあ、」
「放課後ね。今日は部活休みでしょ?場所はどこかいいかな…誰も来ないところがいいんだけど」
「じゃあ朱堂ちゃん家」
「あ、それいいね」

朱堂ちゃんに聞いても今きっと答えてくれないだろう。それから大人しく放課後をまって、朱堂ちゃんを捕まえる。朱堂ちゃんもわかっているので待っててくれらしい。福ちゃんと新開が不思議そうにオレ達を見ていたし、だからって言ってバラしたくないから朱堂ちゃん家に行くとは言えない。朱堂ちゃんは「従兄弟のお兄ちゃんと大体同じ体格で、お兄ちゃんのプレゼント買うから協力してもらうの」と適当な嘘をついた。

朱堂ちゃんの後ろ自転車でついてくと、普通の家が朱堂ちゃんの家だ。言われるままに家に入って、リビングでお茶を出された。

「簡単に言うとね、荒北くんには憑き物がいたの」
「つきもの?」
「陰陽師とか知ってる?それに近い感じかな、現代でわかりやすくすると…その式神みたいな?」
「朱堂ちゃん、もしかして厨二病?」
「うーん…まあそれが妥当な反応だよね」

テーブルを挟んでオレの正面に座る朱堂ちゃんは困ったように笑っている。意味が分かんねえ。朱堂ちゃんは頭がいいはずだ、それにそんな厨二病なんて患っているようには見えないし、何がどうしてこうなった。オレが言える様な立場じゃないけどよ。

「…この子がね、昨日まで荒北くんの中にいた子」
「犬?朱堂ちゃん犬飼ってんだ」
「飼ってるけど、この子は飼い犬じゃないよ。昨日まで荒北くんの中にいたから」

朱堂ちゃんの説明は馬鹿らしいけど、でもそれより馬鹿らしいのは今までのオレの行動で、それを治してくれた朱堂ちゃんはきっとそれ以上に違う何かなんだと思った。



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