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 泡の名残

「いいなー」

明日に迫った追い出し式。マネージャーである朱堂は部室の椅子に持たれて漏らした。
朱堂とも高校に入ってからの付き合いだが、随分長い間一緒に部活をしていた気がする。長い髪をひとつに纏め、尾の様に揺れている。

「何がだ」
「追い出し式」
「……何故だ」
「福富くんとかは追い出してもらえるけど、私追い出してもらえない」
「…?」
「女子マネージャーって私だけでしょ?引き継ぎっていっても、部員だし…」

なんていうか、ちょっと寂しいっていうか物足りないっていうか…。と手持ちぶたさからか、新開がよく口にしているパワーバーが入っていた空箱を触っている。
確かにこの部活で唯一の女子で、この男所帯の中で色々大変な思いをしていたのだろう。体調が悪そうな時に助けてやれることは少なく、だからといって朱堂は自分から休むような人間でもなかった。

「私、もっと頑張ったら女子入ったかな」
「……朱堂は十分すぎるほど頑張った。でも入らなかったと言うことは努力では敵わない何かがあっただけだ」
「……そうかなあ」
「そうだ。だから努力不足と悩むことはない、朱堂は十分やりとげた」

朱堂は少し困ったように笑って「福富くん、ありがとう。優しいね」と言った。朱堂が持っていた空箱はキレイに畳まれ、その体を薄くしている。

「あーあ、なんか寂しい」
「引退が?」
「それもあるけど、皆と顔会わせるのが減っちゃうなって」
「まだ卒業には時間がある」
「ここで喋ったり、私にお菓子たかったりすることがなくなるでしょ?」
「…たかって悪かった」
「…、いいよ、別に、嫌じゃなかったから。実は今鞄にお菓子あるんだ」

じゃーん。と効果音付きで出てきたのは朱堂が好きだと言っていた菓子で、それをよくもらっていた。新開は朱堂を見つけると最近では勝手に鞄を漁る始末。その度に朱堂は怒っていたが、ここ数回は諦めたのか何も言っていない。
朱堂はそれをひとつ手に取り、どうぞとオレに差し出した。

「すまない」
「…これからは受験だねー」
「そうだな」
「きっと、卒業式なんてあっという間なんだよね」
「そうかもな」
「来年はこのメンバーで一緒にいることはないと思うと、不思議な感じ」
「寂しい、のか?」
「んー、多分。私は寂しいのだと思います」

三年間毎日のように通いつめた部室で、仲間と毎日のように顔を合わせた。明後日からはここに来る必要もなく、まして引退してしまえば次世代がメインだ。引退したオレ達は過去の遺物でしかない。
それを寂しいという。それを否定するつもりはない、多分オレもその気持ちを持っているからだ。

「朱堂は三年間よくやってくれた」
「…う、うん。ありがとう」
「オレが主将になってからも、よく部に尽くしてくれた」
「え、あ…うん…」
「男所帯の中、色々やりにくいこともあっただろう。特に面倒な人間が多いこの部活で」
「エロ本事件とかね」
「あの時は…すまなかった」

エロ本事件とは部室内で放置された本が誰のかという事件だ。誰が犯人とは言わないが、朱堂が前に出て「こういう本は皆が使うところに持ってこない。今なら返す、名乗りでないなら顧問の先生に渡す…」と良い笑顔で解決した事件だった。荒北いわく朱堂は相当怒っていたらしい。女子の目にはかなり不快だったに違いない。

「朱堂は追い出されるんじゃない、送り出されるんだ」
「…皆女子がいなくなって清々するって言うかも」
「寂しくて泣くんじゃないか」
「えー?泣くかなあ」
「むさ苦しくなるからな」
「あはは、そうだといいな」

今となっては部員と仲良くやっていた朱堂も最初はそうではなかった。話しかけるたびに怖がられていたのはオレだけじゃなかった。一番怖がっていた荒北と朱堂は今は仲が良いし、新開と俺とも仲は良い。時たま東堂には辛辣な言葉を浴びせることもあるが、あれはあれで良好だ。
下級生にも優しいところはある。ただ泉田の筋肉の名前をまだ間違えて覚えているのは直した方がいい。訂正する泉田を気にしているのなら特に。

「終わっちゃうね、部活」
「ああ」
「これから受験かー」
「そうだな」
「面倒。早く終わればいいのに」
「そこは嫌だなじゃないんだな」
「面倒だから嫌だよ、そりゃ。みんなバラバラだし」
「…そうだな」

ちょっと、やっぱり寂しいよね。と朱堂はつぶやいた。



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