「お頭」
「…その呼び方やめろよ」
「どうしてです?だって孫市さんは雑賀のお頭でしょう?あ、若のが正しかったですか?」
「いや、そういうんでなくてな…?」
頭をガシガシとかく孫市を不思議そうに見る朔弥。
何がそんなに困惑することがあるのか。
孫市は一つ大きな溜息をついた。
朔弥は孫市が拾い、銃の扱いを教え、予想以上に活躍する娘になった。
しかし朔弥は正式な雑賀衆ではないのだ。
雑賀として一緒に戦にはでるが、違うのだ。
「私がお頭と呼んではいけない何かがあるのでしょうか」
「悪かないが…」
少し考え、孫市は朔弥に「お前は正式な雑賀の者ではない」と伝えた。
ならばどうしたら雑賀になるかと問われたら、今度は孫市が返答に困った。
「なんだ、お前。雑賀に…戦にでてもいいのか?」
「正直なところ嫌です。この前なんて死にかけましたから。でも、そうも言ってられないのも事実ですから」
「…女中はどうだ。やる気があるなら秀吉に頼んでみるぜ?」
「そう頼んだから百発百中狙撃手にならないかと言われますよ」
確かにそうだ。
秀吉もねねも朔弥の腕を勝って自軍の狙撃手にならないかと言っていた。
しかもねねは朔弥に私の娘にならないかとまで言っていたと秀吉が孫市に話していた。
「…後悔はしないのか」
「もう、とっくにしてます。これ以上する事はないですよ」
「お前、若い割に人生投げてないか?」
「仕方ありません、こういう性分ですから」
「諦めんなよ…。どっかの誰かんトコに嫁ぐとか」
「それこそ無謀ですよ。私家事全般できませんから。それに引っ張り出されますよ、戦に」
自分の事をよく分かっている。
家事の事はどうあれ、狙撃の腕がある限り名だたる武将に目を付けられる。
特にここで関わった者に。
真田のくのいちが朔弥を武田に入れようとしていた。
くのいちにはそれとは別に思惑がある様子だったが。
「雑賀に…入りたいのか?」
「どこかに所属した方が生きやすいと思いましたから。私に銃を教えてくれたのは孫市さん、貴方です。ならば貴方について行くのが通り」
「………」
「それに拾われた恩があります。私はその恩を返したい」
お願いします。
正座して深々と頭を下げる朔弥。
自分は見返りが欲しくて拾ったわけでもなければ、恩を返して欲しいわけでもない。
それに自分は朔弥を戦に巻き込み、瀕死の状態に追いやってしまった負い目もある。
それに、正直朔弥には別の感情がある。
それがどういう感情かは確立していない。
無関心だった朔弥が自分から自分について行きたいと言ってくれたのは嬉しい。
しかし、それは死地へ向かう。
さて、どうしたものか。
「わかった。ただし条件がある」
「はい」
「敬語とお頭、若って呼び方なしな」
「…なぜ?」
「お前に敬語とかお頭って呼ばれると調子狂うんだよ」
少し朔弥が顔をしかめたが、笑って「変なの」と言った。
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