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「お嬢様も随分と気に入られたようですね」
「………何に、でしょうか」
「お戯れを、直政殿に決まっておりましょう」
「…………」

どこに気に入られる要素があるのかと。
目は口ほどにも物を言うという言葉があるが、今まさにそれの状態に違いない。
目の前の小十郎殿は大きく、それこそわざとらしく溜息を吐いた。

戦から一晩が経ち、まだバタバタと忙しいこの時分に同じように場内を走り、戦の後処理に追われている。傭兵風情が、という陰口が本来であれば聞こえてきてもいい気がするが今のところそれさえもないくらいには誰もが慌ただしく小走りだ。例外はない。

「これを東の書庫へ。場所はわかるところに置いていただければ後程私が所定の場所におきますので」
「わかりました」
「お聞きにならないのですか」
「それは今でなくては駄目なことでしょうか」
「…もしかしたらそういうところが気に入られたのかもしれません。どこかの姫の様にうるさくないですし」

どこかの姫とは熊姫…じゃなくて甲斐姫の事だろうか。
甲斐姫はうるさい訳ではないと思うのだが、それは人それぞれの印象というものであり、小十郎殿にはそう思えたのだろう。恐らく甲斐姫は面倒見がいいのだ、放っておけない性分。だから誰にでも同じように接しているのだと思っている。
一礼して言われた書物を言われた書庫に置きに行くべく向かう。
傭兵としてはそれなりの信用があるのだろう。だからこそこうして一人で書物を書庫まで運ばせられるのだ。
書庫に向かう途中に孫市が兵に指示を飛ばしている姿が見え、また違う場所では甲斐姫が女中たちに城内の指示をしているのが見えた。
ここの武将は人数が少ない。故に苦戦するのかと思えば統率がとれているのかボロ負けや領地を奪われるということはない。なんとも不思議といってはアレだが、不思議な国だ。

「朔弥」
「はい、なにかご用でしょうか」
「その仕事が終わったらでいい、話がある」
「はい、お部屋まで伺わせていただきます」
「ああ」

用件だけを伝えて踵を返す直政殿。話は今後の契約の事だろうか。一応の仕事は昨日の戦の分までだ、これは言えば仕事外の仕事だが拾ってもらった恩があるので気づいていないふりだ。気づいてはいるが。
東の書庫に行けばそこでは楽しそうに元就殿が筆を走らせている。

「…ここは書庫だと思うのですが」
「当たっているよ。いやあ、ここの方が書き物をするにはよくてね。それは?」
「小十郎殿より言いつけられた書物です、ここへ持っていくようにと」
「そうかい。じゃあその辺りに置いておいて、私も後で見るから」
「…はい」
「私がここにいるのが不思議?」
「ええ、まあ…はい」
「素直でよろしい。今回の戦果のまとめさ、小十郎殿と分担しているんだよ」
「あまり長くなさらない方がよろしいかと」
「うーん、最近耳が遠くなってね」
「老化現象ですか」
「そうそう」
「良くお聞こえの様子で何よりですね」

二人で見合わせて小さく笑う。
誰も見ていないところでも漫才の真似事はたまにするから面白い。元就殿もこうして小さい遊びをして前も笑っていた。
一礼してその書庫から小十郎殿の元へ戻り、書物を持って行った報告をする。

「直政殿がお探しでした、ここはもうよろしいのでそちらに」
「…はい、わかりました」
「ご武運を」
「…は、い」

これからまるで直政殿と戦うような含みだ。言っておくが謀反を企てることはしていないし、先の戦で仕事をある意味放棄したこと責められても一騎打ちを言われるような事はしていないはずだ。
小十郎殿のそのある意味恐い事を言われたこともあり、万が一があった場合に備える。

「朔弥です」
「待っていた、入れ」
「失礼いたします」

小十郎殿の一言が脳裏に浮かび、どうも落ち着かない。
接近戦となればこちらが不利だ、どうやって切り抜けるか。武器はあてがわれた部屋、狼は庭。狼の方はどうにでもなるしあれは頭が良い、呼べば武器も持ってくるだろう。

「先の戦ご苦労だった、報酬だ」
「ありがとうございます」
「加勢助かった、その礼も入っている」
「ありがとうございます」

なんだ、特別変な事はないじゃないか。と緊張していたのが解けるのを感じた。
仕事の報酬に追加がきたのだ、これ以上良い事はないだろう。これで底が見え始めた薬を補充しようかと頭の片隅で算段を始める。それとも火薬を仕入れた方がいいだろうか、いや狼にも報奨を与えるべきか、と。

「朔弥、再度聞くが」
「はい」
「ここで俺に仕える気はないか」
「………」
「言った通り、俺が苦戦して駆けつけたのは朔弥、お前だけだ」
「それは個人契約で直政殿がいなくなった場合、報酬が得られないからであり忠誠心があるからではありません。他の方が来られなかった理由は存じませんが」
「しかし」
「それ以上も以下もございません。ただ雇い主に死なれたら困るというだけの理由です」
「だが」
「契約の件ですが次回の戦もないさいますか、打ち切りますか」

このことか、と内心溜息をつく。
気に入ってくれるのはありがたいが今のところ誰かに尽す、忠誠を誓う、忠義を持つのはごめんだ。ここにとどまると言う事は孫市の元を離れた意味がなくなると言う事だ、記憶にはないが。離れたという事実があるからには離れた方がいいと考える。ここに居ては意味がないのだ。ここにいる人間は好きだが、居てはいけない。そんな気がする。

「…再度契約をすれば留まるのか」
「仕事ですので」
「また狙撃が出来なくなるかもしれんぞ」
「それも仕事といえば仕事ですので」
「俺の護衛になるやもしれんぞ」
「報酬が出れば同じ事です」
「………流石だ」
「ありがとうございます」
「お前も俺も同じような人間と言う事だな」
「…そうでしょうか」

よく意味がわからないが、少し自虐気に納得している直政殿は何処か寂しそうに感じた。

結局契約は再度結ばれ、先に2戦分の契約となった。勿論前金は貰うと言う事になり、期限までに支払いが行われなかった場合は無効となる。
とりあえずまだとどまることになったことは孫市に報告して、ついでに甲斐姫にも言っておこう。


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