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直政殿苦戦。
その知らせが来たのは戦が始まってどのくらい経った頃だろうか。
大名でありこの領地を治める人間が一人で敵陣に突っ込むとも思えない、と思ったが今までの行動でそれがあり得ると言う事を思い出した。
今までその本人の護衛を勤めてきて何をと思ったが、そもそも今回は護衛がないのかと思った。あの性格を知らない軍師殿ではない、むしろそれを活用しそうな印象さえ持っている。
雇い主は直政殿であり、万が一死亡または捕縛されてしまえば残額が手元に来ないと言う事だ。前金があるといっても微々たるもの、ここで雇い主を失うのは上策ではないと判断して持ち場を一度離れる算段をする。
今離れて間に合うのか、それは恐らく大丈夫だろう。あの人がそうやすやすと負けるとは到底思えない。
次に応援は期待できるか。それは難しそうだ。もともとここの人数が少なく、主に今まで防衛戦をして打って出ると言う事をしてなかった。
ここは加勢に行った方が報酬の確保は確実そうだ。

ぴゅうい。と口笛で狼を呼んで銃を担ぎ、恐らく直政殿が戦っているであろう場所に向かう。戦場を突っ切るには少し安全の上で不安があるので多少時間と距離に難があるが遠回りを選択する。馬が使えれば多少楽なのだが、生憎愛馬がいなければ乗馬も上手くない。
こういう時にはしっかりと馬の練習をしておけばよかったと毎回思うのだが、いざ機会があるとどうも嫌で後回しにしてしまう。毎度思うのならやればいいのだが、恐らくこれからも同じように逃げるのだろうなと思っている。
それこそ収入にかかるのだから今度こそやった方がよさそうである。

戦が激しい場所が見えるところまで行けば案の定苦戦してる直政殿が見えた。
素早く身を隠して狙撃に向いている場所を探り、そこへ移動すると同時に狼に指示をして直政殿の援護をするようにと走らせる。
あの狼は頭がいいからどう動くべきかをよく知っているし、最悪こちらで口笛を吹いて指示を飛ばすこともできる。

「…邪魔だな」

ぴゅうい。と指示を出して狼に邪魔な敵兵をどかせる。敵兵にしてみればどこかの野犬、いや野生の狼が乱入してきたようにしか見えなければ、この戦乱の中では混乱しかしないだろう。
現に今その狼の登場によって戦場に混乱が広がっている。
その隙に敵武将と思われる重厚な鎧を纏う人間に一発、そして直政殿の付近にいる敵兵を減らすために数発撃ちこむ。
そして今度はその混乱は大きいものになり、敵の囲みに乱れ目に見えるほど大きくなる。

「あと数発、」

武将の動きを止めてしまえば残りは雑兵、直政殿が突破するには簡単すぎるほどの雑魚だろう。もう少し、いやもっとその場で援護をすべきなのかもしれない。そう判断して直政殿を援護を開始する。
何よりもいま大事なのは雇い主を死なせないということである。死なれては残りの金が支払ってもらえない。

「朔弥!!!そのまま俺の援護をしろ!」

どうやら直政殿もそのつもりらしい。
また口笛で狼に指示をだして前までやっていた護衛任務を狼に任せ、こちらは援護射撃を担う。
今までは言えば畑違いの仕事に近しい仕事だったが、今回は話が別だ。
その場で指揮をしていそうな雑兵の大将らしい兵を片っ端から狙っては撃ち抜く。




結局狙撃の仕事は、まあ言えばある意味失敗だった。
その仕事をすることができなかった。
あれからは護衛兼狙撃というか援護という形を取って戦が片付くまで直政殿の後ろに付いて本来の仕事であった仕事が後回しになったのだ。

「おう朔弥、お前また結局護衛になったんだってな」
「………」
「んな顔するなよ。まあまだ朔弥が雑賀だってなら俺が文句いえるが、朔弥は雑賀じゃないからな。朔弥自身で抗議するかどうにかするしかないだろ」
「…わかってる。交渉できなければ出るだけの話だし」
「出たら次は敵かもな。殺せるか?」
「………あんまり戦いたくはないけど」
「ああ、俺もだ」

孫市が笑ってまた頭を軽く叩き、戦の後の後始末に動く。
護衛任務になってしまった今、一定の距離をとりつつ直政殿の近くにいる。戦が終わった今はそんなことに気を配らなくてもいいのだが、結果的に任務を失敗したのでバツが悪い。
直ぐ近くで戦が終わってまだ少し興奮している狼の頭を撫で、泥と返り血で汚れた毛を触る。恐らく誰もがここでは獣であり、正常なものなんていないのだろう。
それを誇る輩がいるのだ。到底考えられないが、戦はそういうものだと認識している。

「…耳、怪我してる」

ぴぴぴっと煩わしそうに動かす耳も、乾いた血がついている。よく見れば傷口があるので怪我をしていたらしい。

「ごめんね、怪我してたんだ。後で手当てしよう、それでご飯食べて寝よう」

今日は疲れてたね。としゃがんで狼を抱きしめる。
獣と血と泥が混じった匂いだ。
狼が少し心配そうに鼻を鳴らしてから遠慮深げに頬をペロリと舐める。どうやら狼には落ち込んでいるように見えた様だ。狼に心配される日が来るとは、いや、実際に落ち込んでるのかもしれない。まだ戦の興奮で神経が高ぶっているだけで、恐らくは仕事を全うできなかった事に打ちのめされている。

「朔弥」
「っはい」
「すまなかった」
「………」
「俺が苦戦という状況に陥らなければ本来の仕事に従事できたはずだ」
「いや、お気になさらないでください」
「……俺はこの性格だから恐らく誰も加勢してくれないだろうと思っていた」
「…」
「しかし来てくれて助かった、礼を言う」
「とんでもございません」
「本来である狙撃の腕は確かだった」
「ありごうとざいます」

「どうして俺を助けた」
「…あの、」
「どうして俺を助けたのかを聞いている」

まさかの問いである。
そんなものは簡単だ、雇い主が死ねば報酬が貰えない。ただそれだけの事だ。

「雇い主がいなくなれば報酬が頂けないからです」
「………そうか」
「それ以上も以下もありません」
「…孫市が言っていたように、朔弥はそういう人間なのだな」
「孫市には、もう少し愛想がよくなれと言われますが」
「言えば表と裏がない人間だ」
「それは良く言いすぎだと思います。多少口が上手くなければ商売が上手くいきません」
「それは俺も同じだ。だからこそ誰も助けにこないだろうと思っていた」

一言を言えた義理ではないが、確かに直政殿は良い言い方をすれば素直、率直に言えば我が道を行く人だろう。
慣れるまで気難しい人だと思うし、最初はあまりかかわりたくないとさえ思った。
狙撃手である雑賀出身の人間をわざわざ護衛にまわすのは、口にはしないが馬鹿のする所業だと思った。餅は餅屋というように、雑賀は狙撃にしたほうがよっぽど効率がいいだろう。

「その狼にも助けられた、名はなんという」
「名前はありません、付いていませんので」
「不便ではないのか」
「今のところは」
「そうか、固い絆があるのだな」
「…それはわかりませんが、それでもよく指示に従ってくれます」

直政殿が狼を撫でようとすると狼が逃げる。
その様子が直政殿には面白く感じたのか、珍しく笑っていた。

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