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「お前まだ元就公に好かれてたのか」

あの爺さんも物好きだな。と言いたげに孫市は笑っていた。
その毛利殿はあっさりと、しかも無事に帰って行き、事情を知っている人間は何とも言えない空気になったのは今思い出しても嫌な思い出である。
そんな事を孫市に話してみれば、思いのほか軽い答えだった。
そもそも邪険にしていたのはまだ修行中であり雑賀に在籍していたかららしい。そこから出てしまえば自由にしろというのか孫市の方針らしく、そのことに関して何か言うつもりはないと言っていた。

「しかしアレだな、今まで子供だと思っていた朔弥が俺に勝って独り立ちをして、前から交流があった元就公に声を掛けられるなんてな」
「今はこうして孫市と同じところに居るけどね」
「それは偶然だろ?俺だってまた朔弥と一緒に仕事が出来るとは思っていなかったがな。立場が違えど妹みたいなもんだ、それなりにな」

川に流されるような真似はもうするなよ。と頭をひとつ叩かれた。
それに関しては言い訳もできないが、それ以上に言わないでほしい。
しかし、その川に落ちなければこんな記憶がずれた事にならなかったことも事実だ。それをきっかけに記憶の回路がおかしくなったのかもしれない。つじつまが合わないが、周りが不自然ではないならこれが当然なのだろうと言い聞かせる他ない。頼れるのは自分以外いないのだ。

家老らしく仕事があると孫市は仕事に戻る。
雑賀にいた頃も仕事をしていたが、あの時は傭兵をしていた。家老と傭兵では仕事が違うのも知っているが、それがまた大きな違和感が残っている。知ってるはずの人間が他人思える、表すならそんな心情だ。
それとは反対に川に落ちた時に付いてきた狼は相変わらずそばに居てくれる。

「朔弥」
「はい、お呼びでしょうか」
「少し話がしたい」
「はい」

井伊にいる。とはいうものの、実際は仕事らしい仕事は例の防衛戦くらいで、その他は猟にでて鹿などを獲っては資金の足しにしたり毛皮を売ったりしている。
猟は仕事かと問われれば否に近いだろう。しかし近隣の住民には田畑を荒らす動物が減ると言う事もあり、それないにはありがたがられている。
それも今までどうだと直政殿には言われてはいなかったが小十郎殿には少なからず嫌味を言われている。気にしていたら身が持たないので今はそれ程気にしていない。
言われるまま適当な部屋に入り、向かい合う様にして座る。

「毛利元就がお前を欲しがる理由が知りたい」
「……理由、ですか」
「ああ、あの男がそれだけ欲しがる理由がなければ今更同盟を提案してくるとは思えん。俺とて朔弥の実力は先の防衛戦において見た。確かにお前はいい腕をしている、しかしそれだけだ」
「………お褒めに預かり光栄です。恐らくは前に世話になった時に、孫の様に可愛がっていただいたことがありましたので、あのように言われたのでしょう」
「俺としては朔弥、お前は戦で最初から誰よりも俺に付いてくることが出来た。それは評価する。今まで誰もついてくることが出来なかったからだ」
「ありがとうございます」
「お前はそれ以外に言う事がないのか」
「恐れながら申し上げさせていたきますと、傭兵の端くれである人間を欲しがる理由が見当たりません。気まぐれ、としか」

深々と頭を下げ、言えば土下座の様な恰好をとる。
評価をしてくれているのだろうが、今の言い方ではただの嫌味にしか聞こえない。小十郎殿の小言に比べればまだマシなのかもしれないが。

「そうか」
「はい」
「では話を変えるが、朔弥。お前はここで働く気はあるか」
「…雇っていただける、と言う事でしょうか」
「そうだ。さっき言った通りに戦場で俺に付いてこれる人間は少ない。傭兵でいることにこだわるのであれば雇いたいと思っている」
「……」
「今すぐとは言わないが検討してくれ」
「…はい」

当分の食い扶持ちが得られるのはありがたい。がしかし、ここでまた孫市と同じところにいいのだろうかと頭によぎり、素直に喜ぶことが出来なかった。

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