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あれから数日、日数にしてみればまだ片手にも満たない数日。
元は雑賀と言う事もあり孫市にまた少し世話になっている。片手にも満たない日数だが、落ち着いて考え、何がどうおかしいのかを自分なりに考えることがやっとできるようになった。
まず一つ目は私と孫市、いや私と雑賀の関係だろう。
いつの間にか雑賀を出ている事になっている。記憶の中ではまだ一人前になるための旅の途中であり、それこそ何かあれば呼び戻されていたはずなのに。それがいつのにやら孫市を負かせるほどの腕になっているではないか。当日に手合せを申し込んだが孫市には「おいおい、んな事したら殺し合いになっちまう」と断られてしまった。
そして次にここの大名である直政殿に仕える軍師だろう。その軍師が片倉小十郎殿だった。
政宗は呼び捨てにできる、というか堅苦しいと呼び方を決められたが、どうもあの人は苦手で主である政宗を呼び捨てにして家臣の小十郎殿は敬称をつけてしまっている。
ついでに小十郎殿にも元雑賀として認識されているらしく、「元雑賀のお嬢様ではございませんか」と少し嫌味ったらしく言われたのは今でも少しモヤモヤとしている。

「………」
「名無しの狼と見つめ合ってお話し中でございますか」
「…小十郎殿」
「こちらの生活はいかがですか?」
「……まだ慣れたとはとても言えませんが、皆さまにはよくして頂いております」
「左様ですか」

正直慣れていない。環境には慣れただろうが、この人間関係に慣れてはいない。
人間そのものにさえ慣れていないといってもいいだろう。知っているはずなのに知らない、そんな状況下に置かれているのだから。
師であるはずの孫市とは関係は確かに師弟のままだが独立していることになり、政宗の家臣であったはずの小十郎殿がなぜか直政殿の家臣になっているのだ。孫市にいたっては家臣で家老になっている時点で正直な所混乱しているわけだが。

「相変わらず狼に懐かれておいでで」
「今ではいい相棒になっておりますので」
「話は変わりますが朔弥様」
「様を付けていただくような身分ではございません」
「ではお嬢様」
「え」
「なにか?」
「いえ…お嬢様と呼ばれるような…」
「お気になさらず、女性を呼ぶ時に使うとお思いくださると助かります」
「…はい」
「してお嬢様、お時間はございますか?」
「時間、ですか。ええ、私でよければ」

では荷物運びをお願いいたしたく。とまったくお嬢様とは関係ない仕事を言いつけられた。
小十郎殿が言った通り、お嬢様とは女性を纏めた呼び方なのだろうなと思った。何より小十郎殿は立場も何もかも上にあたる方であり、新参者にとっては到底手の届かない方で逆らうほど馬鹿ではない。
「承知いたしました」と深々と頭を下げて仕事を仰せつかる。

「それは助かります、では兵法書の運搬を。書庫はこちらです。ああ狼は立ち入れませんのでご了承くださいませ」
「……はい。」

それ位はわかるが、これは馬鹿にされているのだろうか。
恐らくは馬鹿にしているのだろう。いくらなんでもそれは言われずともわかっている。しかしこれも仕事であり金のうち、要らない感情を押し殺して狼には待機を命じる。生憎ここには犬小屋のようなものはなく、宛がわれた部屋の床下を代わりに使わせていただいている。
相棒の狼には待機を命じて大人しく小十郎殿の後ろを付いて行く。


「では私が指定した物をお願いいたします」
「はい」

その書庫は今まで見た中でもなかなかの充実ぶりだろう。本を書くのが好きだといっていたどこぞの大名は別として、ここの書の多さには素人目にも十分すぎるほどの量ではないだろうかと息をのんだ。それほどの迫力というか、威圧感があるのだ。
圧倒されているのを無視するように小十郎殿は奥へと向かい、はぐれるような広さではないが言われたものを取りこぼしてもおかしくない量を言われそうな予感がしたので急いで後に続く。
案の定それは膨大な書に見合うだけの量を言いつかることになったのだが、意外にもゆっくりと選んでくださったのか、はたまたご自分が吟味しながら選んだのか。
量は多いが何とか取りこぼしもなくすべて手に取ることが出来た。

「…以上です」
「は、はい…」
「さすがお嬢様、私が言ったものをすべて把握されるとは」
「………」
「では部屋までお願いいたします」

黙って小十郎殿の後ろに続いていると、孫市が驚いた顔をしてから急いでこちらにやってくる。何かあったのだろうか。

「おい朔弥、お前なにやってんだ」
「これはこれは、お嬢様には少し手伝いをお願いいたしまして」
「朔弥は傭兵だぞ?いつの間にこいつはお前の世話係になったんだ」
「ご冗談を、私はお嬢様にあくまで手伝いを依頼してのであって世話をお願いしたわけではございません」
「朔弥は雑賀だ、傭兵だ。悪いが朔弥に今後そんな事をさせるな依頼するな、するなら金を払え。朔弥、お前もんな事を受けるな。いいか、お前は雑賀だぞ?日本一の傭兵の雑賀だったことを忘れるな」

ぺしっと頭を叩かれ、持っていた兵法書を小十郎殿に持たせて再度孫市は「朔弥に依頼するなら金を払え、払えねえなら侍女か誰かを使え」と言う。

「……過保護、とでもいいましょうか」
「あ?」
「お嬢様が独立されたのいうなら、お嬢様のやることに口を出さなくてはいいのかと思いまして」

確かに小十郎殿の言うことも一理あるが、いちいち孫市本人の前で言わなくてもいいとも思う。
とにもかくにも、雑賀と…いや、この人と相性がいい人は少ないだろうと感じた。

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