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何度目だろうか、この様な体験は。
仕事である場所に向かっている途中にうっかり足を滑らせて川に落ちたのは自分の落ち度だ。前日に雨が降って足場がぬかるんでいたのは把握していたし、なにより足場は雨だろうがなんだろうが狭くて言えば悪い道だった。
流されていたのを助けて頂いたのが井伊直政殿。井伊直虎殿の養子だと聞いたのはずいぶん前の話だ。
雇いたいと嬉しい言葉を頂いたのだが、それよりも先の仕事があったために丁重に断り、それでもこの恩は何時か必ずお返ししますと約束して、ついでに失礼ながらも道を聞いたのだが…そこで別れた。
そもそもそこで気づくべきだったのだが、その領土は井伊の土地ではなかったのだ。最初はずいぶん流されらものだと思ったが、そもそもその土地につながる川ではない。地理はあまり得意ではないが、それでも最低限の道や誰が治めているかという事は孫市から頭に叩き込まれて仕事をしていた。

そして仕事を依頼されてきたはずの土地には依頼主はおらず、代わりに違う大名がいて追い返されてしまった。
確かに聞いた土地の名前はあっているが、依頼主が違う。それでは仕事にならないとこんがらがる頭を何とか騙し騙ししながら来た道を辿る。お供に連れてきていた狼はそんな私に気付くこともなく、道の先を行っては私をちらりちらりと見て確認している。


「依頼の方がもう終わったのか」
「いえ、手違いにより解雇されまして」
「そうか。では俺の依頼を受けてくれると言う事でいいのか」
「はい、微力ではございますが」

直虎殿とは違い、ずいぶんかたい方だというのが第一印象だ。直虎殿は女性と言う事もあるのか、いやご本人の性格がとても柔和というかある意味賑やかだったのでその差に少なからず驚いた。
そしてさらに驚いた事がある。
なんとそこには孫市が居たのだ。雑賀でもないこの土地に。

「……」
「よう朔弥、久しいな。元気にしてたか?」
「な、なんで?」
「何がだ?俺がここに居たらおかしいのか?俺ここの家老だぜ?」
「…か、かろう?雑賀衆は…?私は、どう、なる?」
「どうもこうも、お前は独立して仕事してたじゃねえか。それでたまたま今同じところにいるってことだろ?お前も成長したよな、前は危なっかしくて心配してたがな」
「ま、待ってよ…まだ、修行じゃ…?」
「んなもんとっくの昔終わってるだろ、俺とサシで勝負してよ」

変な奴だな。と笑う孫市とは対照的に私は酷く混乱していた。
そもそもその依頼だって一人前の修業の一環として受けていたものであったし、それに孫市とサシで勝負をした記憶はない。忘れているという事実は私の中ではなく、ましてそんな事をして忘れるほど自分は馬鹿ではない。

「お、お前まだアイツ連れてんだな。相変わらず名前は付けてないのか?」
「え、…あ、ああ、うん」
「お前の相棒は名前くれないのか、可哀想にな」
「ねえ、孫市。私、その勝負、勝った?負けた?」
「あ?朔弥お前、んな事忘れちまったのか?おいおい」
「………」
「お前なあ。まあ教えてやるよ、お前はな」

俺に勝って独立したんだよ、忘れんな。

その一言は私の頭と心臓を打ち抜くには十分すぎるほどの衝撃で、ほんの一瞬だけ私の中の時間が止まった気がした。

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