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酒宴となれば、騒ぎたくなるというのが人の心だろう。
しかし、その様な華やかな舞台の裏には誰かが居なければならない。楽しいひと時を支える誰かが。この場合兵になる。武将がねぎらいや喜びを分かち合うための酒にはどうしても防御が甘くなる。それを守る事ができての酒宴だ。
朔弥の雇い主である徐庶は軍師であり、その酒宴の出席権がある。あるというには少々弱い言い方だ。むしろ出席せねばならない。

「無理です」
「…だめか」
「よろしいですか、徐庶殿。私は一介の傭兵、すなわち兵でしかありません」
「だけど…」
「その様な場所に連れて行っていただけるとうお心遣いは大変嬉しく思います」
「なら…」
「申し上げましたように、私は兵です。それに守備に回って欲しいと要請もきておりますので」
「誰から?」
「守備兵長から。人手か足らずに困っているそうです」
「俺よりも守備兵長を優先するのか…?」
「優先するも何も、守備すること即ち徐庶殿を守る事に直結する事だと思いますが。それに兵を連れて酒宴に出席などみっともない事はおやめください」

何を思ったのか、徐庶はその酒宴に朔弥を連れて行こうと思っていたらしい。
朔弥が述べたとおり、私兵を連れて酒宴、しかも劉備が主催するそれに出席など言語道断だろう。いくら朔弥であっても、劉備と法正以外から見ればただの兵だ。

「…朔弥がいれば、少しは心強いと思って」
「とって食われるわけではありません」
「張飛殿の酒癖を知らないから…」
「参加しなければ難癖をつけられますよ、恐らく法正殿辺りに」
「それは…困る」
「ホウ統殿とご一緒に居てはどうですか?あのお方なら上手くかわせると思います」
「士元か…そうしてみるよ」

まだウジウジとした背中をしている。その背中を叩いてやりたいが、相手は雇い主。そんな無礼をしたなら解雇だ。多少強気に出た所であまり怒ったりはしない性格だが、無礼は無礼だ。叩きたい衝動を抑えながら朔弥は「私が守備を任されたのは酒宴場のすぐ近くですので、何かあれば呼んでください」と言えば、少しだけ表情を明るくしていた。


酒宴が催されてからどのくらいの時間が経っただろうか。
会場からは誰ともわからないが楽しげな声が聞こえるし、楽の音も微かだが聞こえて取れる。朔弥の守備はその会場からは近いが見て取れる事はない。そして朔弥が信頼されている証拠なのか、その守備を一人で任されている。城外に近い場所でないからか、それとも人手不足なのか。傭兵一人にしていいのかと思ったが、小面倒な場所に配備されるよりはいいかと、良いほうにとる事にした。

「劉備様からの差し入れです、朔弥様」
「…私にですか?」
「皆様に。私達はその様に聞いておりますので、ご遠慮なさらずにどうぞ」
「…ありがとうございます。暗い道もありますので、お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」

劉備の侍女が持ってきた小さな膳。酒宴の膳のついで物だろうか、綺麗な器に美しく盛り付けられている。差し入れにしては、少し豪勢だと朔弥でもわかる。しかし、これはもしかしたら宴に参加できない兵たちへのねぎらいもあるのだろう。朔弥からしたら片手で事足りる肉まんあたりがありがたいが、その心遣いは嬉しい。休憩の時間になったら頂こうかとその膳を邪魔にならない所に運ぶ。
廊下を行き来する侍女たちは忙しそうにパタパタと膳を運んでいる。

「…?」

足にふわふわとした何かが当たる。生暖かいが実態はない。
朔弥がなんとなく見れば、そこには大きな黒い犬。暗くて視界の悪い朔弥の足元でフンフンと臭いを嗅いでいるではないか。朔弥は声にならない叫びを上げて後ろに飛んだ。

「……な、なんで…、ここに」
「いえね、徐庶が連れてこなかったので」
「…なんで犬なんですか」
「人の姿ではまた変な噂が立つかと思いまして」
「野犬がでると噂になって処分されても知りませんよ」
「そこまで浅はかではありません」

さっとしゃがんで、犬にこそこそと話しかける。他人が見たら異様な光景なのだろう。
朔弥が犬に向かって話しかけ、犬が人語を操っているのだから。
その犬の正体は法正であり、戦場で酷い怪我を負っていた犬を朔弥が助けたことから関係は始まった。その犬がつまり、法正だったのだ。

「人の臭い嗅がないでください」
「膳に興味が行っていたみたいなので。それでも兵ですか」
「…何時から見ていたんですか」
「膳を置いた位から」
「………酒宴のほうはよろしいのですか、法正殿」
「俺が居ようが居まいが気にするのは劉備殿くらいですからね。それに今は張飛殿が騒いでそれどころではないでしょう」
「騒がしいのはそれが原因ですね」
「徐庶も絡まれて面白いくらいです」

くっ。と笑い姿は正に法正だろう。犬の姿でもあのいやらしい笑い方は健在らしい。あの犬のフリをしていた時が懐かしいと思うが、正体を知ってしまった今、撫でても抱きついたりしなくて良かったと本心から思っているのも事実だ。

「何か食べますか?」
「朔弥が食べなさい。俺はもう食べている」
「……実に食べにくいのです。その様に膳に熱い視線と涎を垂らされると」
「おっと失礼。本能ですので」
「お腹減っているのではありませんか?どうせまた食べたとか言ってお酒だけなのでは?」
「ほう、意外と強気にきましたね」
「これでも心配しております」

気づけば膳に釘付けだ。最初こそ要らないといった法正だが、朔弥の言葉に折れたのか「少し頂きましょうか」と食べる事にしたらしい。
朔弥がその膳を下ろして地べたに座る。普段ここには何もない、通路と言っても良いところで腰掛けも何もないのだ。

「何がいいですか」
「朔弥要らないもので結構」
「……では、肉」
「それこそ朔弥が食べなさい」
「私より法正殿が食べるべきだと思います。私は後日肉を食べるので今は要りません、さあどうぞ」

肉だけを器に残して、他に器にそれ以外を移す。そして肉だけが残った器を法正の前に差し出して朔弥はその他を食べる。差し入れと言っても主になる肉がなければ寂しいものだ。野菜が少しと果実が可愛らしく鎮座しているくらいだ。

「…狩りをなさるそうですね」
「ええ、今は道具が心ごとないのでしておりませんが」
「徐庶が鳥が美味かったと」
「食料がなかったので。新鮮な物は美味しいのと、空腹のお陰でしょうね」

法正がぺろりと肉を平らげ、朔弥は膳を挟んで向かい合って野菜と果実を食む。
劉備が用意した物だけあって美味い。これは徐庶についていったほうが良いもの食べられたな、と少し後悔をしたフリをしてみるが、目の前の法正にするわけでもなく朔弥自身の中だけだ。そして肉がなければもうお終いといっていい膳を厨房に運ぶべきなのだろうかと悩む朔弥。それに気づいたのか法正は「どうせとりに来るのだから放っておきなさい」と助言してくれたのでそのままにしておく事にした。

「そろそろ戻られたらどうです?」
「空気が合わない」
「では部屋に戻られては?」
「俺がここに居ては駄目ですか?」
「犬が居るのはこの場にそぐわないと思います」

こそこそと内緒話をするようにしゃがんで近づいて。要は早く帰れと朔弥は法正に言う。ここが明るくてよく見える場所であれば朔弥が犬に寄り添っている、はたまた反対にみえて平和だな、だといわれるくらいだが、ここは暗くてしかも会話をしている。
これを誰かに見られでもしたら朔弥は変人扱いだろう。それに犬が居ては警備がどうなっているのだと問題になりかねない。

「…朔弥?って犬!?」
「徐庶殿…!」
「どうしてこんな所に犬が…」
「徐庶殿こそ、どうしてここに」
「張飛殿がもう暴れてどうにもならないから…何で犬が?犬…犬?幻覚?」

朔弥と同じようにしゃがんで犬と目線を合わせる徐庶。朔弥は内心叫んでいるが、その叫びは誰にも聞こえない。
当の犬である法正といえば、すこし嫌そうな顔をして見つめてくる徐庶の顔に鼻息をフンと吹きかける。その行為に多少驚いたのだろう、徐庶は小さく「うお」と声を上げた。

「先日話した犬です。どうやらこんな所まで入り込んだらしく…申し訳ありません」
「ああ、本当にいたんだ、そんな犬」
「嘘を申し上げたわけではありません」
「あ、ああ…そうだな、うん。撫でても大丈夫?」
「…いいですか?」

朔弥が犬に問いかけた事に徐庶は固まる。確かに朔弥の犬ではないが、何故そこで犬に許可を求めるのかと。しかもその犬は徐庶を嫌そうな目でみてプイとあらぬ方向を見るではないか。まるで嫌だといわんばかりだ。

「…嫌、みたいですね」
「………これから朔弥はどうする」
「完全に酒宴が終わるまではここに。守備兵長から終わりの知らせが遅いようならば今日は宿舎に厄介になろうかと」
「そうか…俺も泊まろうかな」
「お酒を飲まれているのなら、お泊りになったほうがよろしいかと」
「ご飯食べた?」
「はい、いただきました」
「酒は?」
「仕事中ですので」
「朔弥は飲まないの?」
「徐庶殿、たくさん飲みましたね」
「ああ…朔弥も一緒に飲もう」
「仕事中です、それは後日に致しましょう。歩けますか?誰か呼びましょうか」
「立ちたくない」

そのまま重心が後ろに移って徐庶はそのまま座り込む。そして膝を抱えてまるでいじけている様だ。

「立ってください徐庶殿。こんな所で寝ては体に障ります」
「やだ…」
「犬に笑われますよ」
「どうせ俺なんか…」
「何があったか存じませんが、立ってください。風邪をひかれては困ります」
「…困る?」
「ええ」
「とっても?」
「困ります」
「じゃあ、俺と飲んで」
「後日」
「今」
「仕事中です」
「法正殿と飲んでも俺とは飲んでくれないのか…」
「後日ご相伴に預かった時に頂きます」
「今が良い」
「いい加減にしろ徐庶。酒に飲まれ滑稽な姿を晒して楽しむ変態かお前は」

徐庶の後ろから低くてドスの効いた声が降ってきた。いつも間にか犬だった法正は人の形になって徐庶を見下ろして呆れ顔をしている。

「まったく、私兵といえどお前は朔弥に甘えすぎだ」
「……」
「朔弥はお前の母親か妻か」
「立ってください徐庶殿。宿舎に向かいましょう」
「…無理」
「無理って…具合でも悪いのですか」
「惨めだから…」
「朔弥、これは俺が持っていきましょう。なに、恩返しとは別物なので気になさらず。同じ男として腹が立つのでね」

首根っこを掴まれた徐庶は引きずられるようにして連れて行かれた。その姿を見送ってしばらくすると知らせがとどいて守備の仕事が終わった。
徐庶の具合が気になるところではあるが、あの様子では見に行くと逆効果な気がしてならない朔弥はそのまま家路につくことにした。
明日は徐庶の記憶がなければ一番だが、法正に見られている。どっちにしろ地獄だな、と朔弥はぼんやりと思っていた。

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