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子供がまるで隠れるように膝を抱えて物陰に蹲っている。見ない子供である。

「何をしているの」
「……」
「一人なの?」
「……」
「迷子?」

声をかけられて驚いたのか、一瞬ハッとした表情で子供は王異を見上げた。
ゆっくりと腰を下ろして問いかけると、子供はまだ黙ったままだが静かに頭を振って応答をし始める。迷子ではないらしい。

「隣、いいかしら」
「…ん」

声をひそめるように子供は頷く。王異は子供の隣に同じように座って「名前は?」と問うと「…朔弥」と答える。

「朔弥はここで何をしているの?」
「かくれてます」
「何故?」
「見つけましたよ、朔弥…っと、これはこれは王異殿ではございませんか」
「…楽進殿」

勢いよく現れた楽進に王異は少なからず驚いたが、朔弥は驚く事もなく黙って立ち上がって「みつかりました」と普通にしている。肝が据わっているといったほうが良いのか、動じないといったほうが良いのか。朔弥が立った事にならって王異も立ち上がり、何をしていたのかと問うてみる。

「ああ、かくれんぼです。実は夏候淵殿に子守を頼まれまして」
「夏候淵殿の…?」
「いえ、雑賀を御存知ですか?そこの子らしいです」
「だからこんな所に隠れていたのね」
「朔弥は隠れるのが上手ですね、探すのに苦労しました」
「がくしんどの、足音がおおきいから、すぐわかります」
「え」

ひょいと肩車をされている朔弥が言った一言に楽進が固まる。甲冑のように着込んだ鎧ではなく、歩けばガチャガチャ言うわけでもない。確かに肉体派だといえばそういう体型の彼の足音は力強いのかもしれない。
驚いた王異と楽進が顔を見合わせていると、また誰かが声をかけてきた。

「よう、楽進。やっとお嬢ちゃん見つけたのか」
「はい。朔弥は隠れるのが上手で大変でした」
「っと、王異殿もご一緒で」
「朔弥が一人で居たのを見て心配してくださったそうです。私が早く見つけていれば要らぬ御心配をおかけすることもなかったのですが…」
「よかったわ、迷子でなくて。親元に帰れない子ほど悲しいものはないわ」

肩車される朔弥の膝をそっと撫でる王異に朔弥は少しくすぐったそうにして身を屈める。小さな子供の体が丸まれば、必然的に肩車をしている楽進の頭を圧迫してしまい、楽進が「朔弥、苦しいですよ」と言うと朔弥は急いで姿勢を正して「ごめんなさい」と謝ってきた。

「大丈夫ですよ、朔弥の力では私は倒れませんから」
「…ほんとうですか?」
「本当本当。まあ、朔弥がもっと大きくなったらわかんねえけどな。まあ、そのあたり俺くらいになると余裕で逆に伸しちまうね」
「李典殿…そうですね、朔弥が大きくなったらわかりませんが、負けませんよ。大きくなった勝負しましょうか」
「おういどのと、がくしんどのと、りてんどのは?」
「…ん?」
「りてんどのが、かちます?」

子供のなんてことない質問なのだろう。話の種にと思って話していた事を朔弥は真面目に問うてきたのだ。まだ冗談もよく理解していない子どもにはよくあることだが、まさか今それが来るとは思っていなかったのだろう。
李典と楽進だけであればふざけ半分にああだこうだ言ってもいいのだが、なにせ王異がいる。悪い事はないが、無駄に緊張してしまうのだろう。

「そうね、李典殿も楽進殿もお強いから私では太刀打ちできないわ」
「お、王異殿…」
「でもね、朔弥。馬超には絶対に負けないわ、これだけは約束する。ああ、どうして馬超と共闘しなくてはいけないのかしら……」
「ばちょ…?」
「朔弥は知らなくてのいいの。朔弥にはまだ早すぎるから。朔弥、お菓子は好きかしら。もしよければお二人も。朔弥の相手の休憩がてらお茶でも用意するわ」
「そ、そりゃいい!なあ楽進」
「え、ええ!朔弥も少し休憩しましょうか」

さあついていくぞ。と言わんばかりに李典は意気揚々として、楽進は引きつった笑いでそれに朔弥を肩車したままついていく。
二人はまさか王異があんな話をし出すとは思っていなかったのだ。まして子供の前だ。何も知らないとはいえ、血なまぐさい話は子供には向かない。どうやって話を逸らそうかと二人は目で会話をしていた矢先に王異本人からの話題転換に安堵したのは言うまでもない。

「さあ、どうぞ。子供が好きそうなものがなくてごめんなさい」
「ありがとうございます」
「私あまり食べないの…他に何かあったかしら」
「あまり気になさらないでください。朔弥の相手をしていたのは私達ですから」
「そうそう、まさか王異殿のところに招かれているなんて夏候淵殿も夢にも思っていませんよ」

出された菓子をちまちまと小動物のように食べている子供の姿は可愛らしい。
ただ絵面で見ると屈強な男に挟まれた子供が菓子を食べているのだ。それが余計子供の小ささを強調しているのは確かだが、少々男臭すぎる。まだ文官であればある程度はマシになるのだろうが、なにぶん猛将だ。その両隣が呉の二喬であれば見る人が見れば良い光景になるのだろう。
王異は食べている朔弥を隣に来るように呼ぶ。朔弥は楽進と李典を見てから李典に「行け」と言われたのを確認してから腰掛から降りて、言われたとおりに隣の腰掛に飛び跳ねるように座った。その腰掛は朔弥には少しだけ高いのだ。

「髪が乱れているわ、食べ終わったら梳いてあげる」
「だいじょうぶです」
「女の子でしょう?身なりはちゃんとしなくては駄目よ」
「だめですか?」
「そうそう、一応女の子だしなー朔弥。んなことしてると男に逃げられるぞ」
「おねねさまは、おいかけるくらいになりなさいって」
「……恐るべし」

王異が侍女に「櫛を持ってきて」と命じて少し。綺麗な細工の入った櫛が朔弥の目の前に現れた。朔弥も女ということなのだろう、その美しい櫛を見て「おお」と感嘆の声が漏れたのだ。それは他の二人も例外ではなく、無骨ながらも綺麗な細工には目を奪われたらしい。朔弥が素直に「きれいです」といえば二人もそれに習って頷いているのだ。

「誰かの髪を梳くなんて、久しぶりだわ」
「おねねさまが、あさしてくれます」
「母上ではないのね」
「いません」
「……そうなの」
「おねねさまが、ぎゅーってしてくれます。あったかいです」
「そうね、あたたかいわね」
「おういどのも、ぎゅーってしますか?」
「してもいいかしら」
「だれとしますか?」
「そうね、朔弥がいいわ」

朔弥の髪を梳いていた手を止めると、朔弥は腰掛から降りて王異に向かって手を伸ばす。その腕の中心に向かうように王異も朔弥を抱き上げる。見ている分には実に微笑ましい。
朔弥が最初に親が居ないといったときにはまたあの空気になってしまうのかと冷や冷やした李典だったが、それは思い過ごしだったらしい。もしかしたら朔弥が会えて空気を読んだのではないかと言うくらいの話の展開だ。まあ子供なのでそんな事はないのだろうが。これでまずは安心だなと李典は茶をすすり、隣では幸せそうに眺める楽進が菓子を食べている。

「りてんどのと、がくしんどのは?」
「お二人は他になさる人がいるからいいのよ」

言うまでもないが、口に含まれた物が噴出したのは想像に難くない。

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