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「や、やあ…」

子供は一瞬だけきょとんとして、辺りを見回す。
そして徐庶を恐る恐る見上げて小さな声で「こんにちは」と挨拶をした。

「君は…どこの子かな」
「………」
「迷子?」

違うと頭を振る。名前は?と恐がらせないように目線を合わせて聞けば「……朔弥」とどこかで聞いたような名前を答える。

「そうか、朔弥か。朔弥はどこから来たのかな」
「…あっち」

指さす向こうは森。まさか森から来たというのだろうか。いや、子供の指す方向だ。適当の可能性もある。後ろを指差せば子供からしたら来た方向なのは間違いない。

「一人?」
「……おおとろと、いっしょ」
「おおとろ?」
「ちがう、おおとの」
「おおとの…?」
「しょかつさんに、会いにきたんだって」

しょかつさん。といえば、ここでは諸葛亮の事かと思い当たる。諸葛誕であればここではない陣に用事があることになるからだ。しかし、朔弥のいう「おおとの」とは一体誰だろうか。愛称のようなものか、もしくは字か。思い当たる人物はいない。それならばいっそ朔弥をそこに連れて行けば解決だろうか。

「いやあ朔弥、ごめんねって…おや?」
「おおとの」
「あ、ああ…どうも。えっと、おおとの、殿?」
「え?」
「あ、いや…」

きょとんとする男性に徐庶は焦った。もしや字でそう気軽に呼べるものではなかったのかもしれないと。それならなんという失礼を働いたのだろうか。子供ならまだ許せる範疇かもしれなが、徐庶はそれこそ失礼を働けば処罰される可能性もある。唯一の救い、いや、申し開きが出来るのであればその男性の正体を知らないということだろう。

「ああ、もしかして私かな?」
「あ、すみません…その子が、どこから来たのかと思って…」
「私が少しはなれてしまったからね、申し訳ない。私は毛利元就だ、朔弥からは大殿って呼ばれているけど、好きに呼んで欲しい」
「徐元直です」
「…もしや、軍師の徐庶殿?」
「え、あ…はい」
「おお、凄い。ここはなんていい世界なのだろう!様々な偉人に出会える…!朔弥、もう少し良い?」
「おはなし?」
「そう!朔弥、知っているかな?徐庶殿の話は」
「…?」
「あ、あの…」

なぜかとてつもなく長い話が始まりそうな予感がした徐庶は話し始めた元就を止めに入る。子供はなれたものなのか、それに動じる事もなく、止めに入った徐庶の顔を眺めている。もしかしたら最初の警戒が解けて、実は大物なのかもしれないとちょっと徐庶は思った。

「えっと、その…」
「そうだ、今から暇かな」
「え…」
「私の陣に来ない?ここからは少し遠いけど、お茶くらいはだすよ。ああ、もちろん暇ならだけど…どうかな」
「で、ですが…」
「忙しい?」
「あ、いや…」
「なら決まりだ。朔弥、お馬さんに乗ろうね」

ようし。と子供を抱き上げてふらつく元就。その様子に背中がひやりとしたが、元就本人は気にも留めていないのだろう。少しよたよたとして厩の方向に向かう。
どうしたら良いのかと戸惑っていると、元就は振り返って「ほら、行こう」と呼んでくる。朔弥は何を言うでも黙ったまま元就と同じように徐庶を見つめるだけ。
今更忙しいと嘘をついても見え透いている。徐庶は大人しくその後ろについて行く事にした。

厩には綺麗に手入れをされた見慣れない馬が一頭。それが元就の馬なのだろう。元就が手を出せば大人しく撫でられている。

「良い馬だろう?自慢なんだ」
「え、ええ…」
「でももう私も年だからあまり乗ってやれないんだけどね。朔弥にあげてもいいんだけど、朔弥にあまり懐いてくれなくてね」
「朔弥は…お子さんか何かですか?」
「いやいや、あるなら…そうだな、孫?でも血縁関係はないよ」
「では…」
「言うなら、預かっている、かな?」

厩の出入口付近で朔弥が顔を覗かせて待っている。確かに顔はあまり似ていない気もしない。血縁者というのは確かに違う。
馬を引き連れ、朔弥を乗せるのもふらついたので、そこは徐庶がやりますよ。と手助けをする。朔弥は大人しくされるがままに乗せられ、小さく「ありがとう」と礼を言う。その辺りの躾は良くされているらしい。挨拶も礼も言えるのだから。

馬を少し走らせ、森を抜けると蜀とは違う陣が見える。朔弥は嘘を言っていたわけではなかったのだ。
その陣の中にもこまごまと別れているらしく、行く先行く先でここは誰の陣、あそこは誰の陣。と元就は事細かく教えてくれる。

「そしてここが私の陣」
「おかえりなさいませ、大殿。やあ朔弥。おや、そちらは…?」
「徐庶殿だよ、お茶の用意をお願いしようかな」
「かしこまりました」

朔弥の手を引いて陣の中に入っていく元就についていくと、三国とはまた違った風景が見える。徐庶はあまりあの陣からでる事がなく、こうして他の陣内を見るのが少しだけ物珍しいのだ。言われるままについていき、簡易的な室内に通される。部屋の隅には本が積み重ねられ、読みかけの本なのだろうか。風が吹くたびにパラリパラリと捲れている。

「珍しい?」
「あ、いや…すみません」
「気にしなくて良いよ。私だって半分強引に連れてきてしまったんだし。見学していってもらっても構わないよ」
「は、はあ…」
「私も軍師でね、ここで様々な軍師の話を聞くのが楽しくて楽しくて。いつもならお目付け役がいるんだけど…」
「今は、居ないんですか?」
「居るけど、諸事情でね。そうだ、遠慮しないでお茶でも菓子でも、本でも。ついでに私とお話してくれると嬉しいな」

ちらりと朔弥を見るあたり、朔弥の関係なのかもしれない。子守をしているから外出しないと思われているのか。それにしても目の前の元就は朔弥を連れて蜀の陣まで来ていたが。それは良いのだろうかと少しだけ思う。別に悪い事ではないのでとやかく言うつもりも、言わなければならない理由もない。
朔弥は大人しく座り、持っているお茶に口をつける。その姿がなんだがちぐはぐで少しだけ微笑ましい。綺麗な形と色をしている菓子をそっと朔弥の前に差し出すと、朔弥は不思議そうに徐庶を見上げている。

「あげるよ」
「……でも、じょしょどのの」
「俺はいいよ。君のほうが似合うから」
「ちょっと子供っぽかったかな。朔弥がいるからそういうものを選んでしまってね」
「いえ、そんな…」
「申し訳ない、朔弥の分はあるから食べてくれないかな」

確かに朔弥の前にも小さな菓子がある。朔弥を見れば食べてといわんばかりにコクコクと頷いている。

「…では、いただきます」
「どうぞ、お口に合えば良いのだけれど。ところで徐庶殿、こういった場合どうする?」

一体何事かと思えばどこからともなく地図をとりだし、そこらへんに転がっていた物で何かの布陣を作り始める。どうやら戦の話らしい。軍師同士ということもあってか、話したい事もあるのだろう。徐庶はすこし面白そうだと思ってその話に聞き入る。

「という布陣、徐庶殿ならどうする?攻めに出るか守りを固めるか」
「そうですね…奇襲という作戦もありかと思います」
「奇襲?」
「囮をだして、それに気をとられている間に後ろに回りこむ、とか」
「でも乗ってくれるだろうか」
「囮を多く出してみてはどうですか?あとがなくて本陣突撃と思わせて」
「挟み撃ちに近い感じか…それまでの時間稼ぎも面白そうだね」

地図の上に物を置いて軍師会議。
暇になった朔弥は菓子が乗っていた小皿をそっと地図に置いて「だいさんせいりょく」と小声で言って、元就と徐庶が吹き出した。

「朔弥は難しい言葉を知っているんだね」
「そうか、第三勢力の出現…これは戦が引っ掻き回されるね。朔弥だったらどうする?」
「……がんばる?」
「そうか、頑張るか…正論だね。私も頑張ろう」
「は、はは…」

なんとなく意味もなく言った言葉なのだろう。そんな反応が来ると思っていなかったのか、朔弥は少しきょとんとしている。元就に頭を撫でられ、「さて、これからどうやって切り抜けるか」と楽しそうに地図を眺めている。
第三勢力が出てきたのなら援軍も可能だろうかと、朔弥のまねをして菓子が乗っていた小皿を乗せて「援軍、は…ありですか?」と聞いてみる。

「それがあったら奇襲の価値がなくならない?」
「おうえん、だめ?」
「あくまで時間が延びた場合の措置で」

援軍はあるとありがたいよね、確かに。と何か含む言い方だ。そして唸って地図を見ている。
朔弥も一緒に地図を眺めているが、難しいのだろう。すぐに止めてしまった。物が動くわけでもない、ただ眺めているとう事に飽きたらしい。
暫く唸って、また唸る。

「あ、お茶のおかわりは?」
「あ、いえ…」
「そう?朔弥は?」
「いらない。おおとのは?」
「私はもう一杯。朔弥、よろしくね」
「はい」

茶碗をもって駆けていく朔弥。朔弥が居なくなってもまだ元就は唸っている。どうしたのかと問えば、「その場合の軍の動かし方をね」と難しい顔で返された。第三勢力に援軍。まあその援軍は少し前に「それ敵軍にしても良い?」と聞いてきたので援軍は敵方になっているのだが。
不利な状況からどうやって打破するか。それが今の悩みらしい。
朔弥が出てから暫く。どすどすとまるで誰かが腹を立てて歩いてくるような足音が響き、その先をおっかなびっくり見ていると、朔弥を抱えた男が腹を立てた様子でやってくるではないか。

「おいこら元就公!朔弥を勝手に連れ出しやがって何のつもりだ!!」
「おおとの、おちゃ」
「ああ、ありがとう」
「無視すんじゃねえ!!こっちがどれだけ探したかわかってんのか、阿呆!」
「おおとの、孫市にいったって」
「聞いてねえよ!いいか、元就公。またやりやがったら朔弥が個人的に仕事請け負っても許可しねえからな!覚えておけ!!帰るぞ朔弥」
「おおとの、じょしょどの、さよなら」
「うん、さようなら。またね」
「………あ、ああ…さよう、なら」

朔弥は男に抱えられていってしまい、ただ徐庶はそれを見送った。元就が何かするかと思えば、特に気にすることもなくまた唸り始めている。

「あ、あの…」
「ん?ああ、彼は雑賀孫市。雑賀衆の頭領で、一応朔弥の保護者だよ」
「へ、へえ…」

貰った湯飲みをみると、茶が盛大にこぼれたらしく中身が底ったまにある程度。
「あーあ」と漏らした元就に徐庶は慰めるべきか自業自得だというべきなのか悩んだ。

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