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「#お仕置き」のBL小説を読む
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目、つけられちゃったんじゃない?
そんな馬岱の昼間言った言葉が今になってわかってきたと、朔弥は大きな荷物を持って溜息をついた。
ここ最近の出来事だ。徐庶の元で働いているのになぜか法正からの呼び出しが多い。ホウ統にも呼び出しを貰う事は前からあったが、それは徐庶と友人と言うことで手伝ってやって欲しいと言われていたので気にした事はない。
しかし、法正は違うといって良いだろう。徐庶と交友関係といっていいかは朔弥にはわからないが、良好な関係とはあまりいえないだろう。話しているのを見るたびに徐庶が涙目になっているのだ。それを慰めるのも結構面倒で、出来るならば止めてもらいたい。慰めるのが面倒だと放っておけば、余計厄介なことになるのは既に経験済みだ。

「では、これを東の書簡庫に。それが終わったらこれを」
「…はい」
「いやあ、俺の所には嫌がって誰も来なくて困っていたんですよ。徐庶に貸してもらって助かっていますよ」
「…左様ですか」

言われた仕事を言われたとおりに運ぶ。字は読めなくはないが、読めないに等しいので読めない事にしてある。読めずとも仕事は出来るのがありがたい。
城内を東へ西へ、北に南。それこそ奔走して今日と言う日が終わりそうだ。徐庶の仕事模しなければなのだが、あの法正のことだから「一日くらい朔弥が居なくても問題ないな」と言われたのが「…気にしないでいいよ。朔弥が、居なくても仕事はできる、するから…」と猫背で言われている。

「…終わりました」
「そうですか。では夕餉にしますか」
「え」
「徐庶には伝えてありますから御安心を」
「…え?」
「仕事は終わりです、ご苦労様でした。礼に夕餉を御馳走するといったのですよ。まさか断ったりしませんよね?」
「あ、いや…」
「明日も頼もうか…」
「夕餉に御招待いただけるなんて夢にも思っておりませんでした」
「よろしい」

いじめだ。とここに徐庶が居たなら朔弥と同じ事を思ったかもしれない。
笑顔になっていない笑顔で言えば、法正もわかったのだろう。今まで仕事を行っていた部屋の明かりを消して部屋を出る。自分の邸宅に帰るのだ。朔弥はその後ろに数歩下がってついていく。むしろついて行きたくは無い。一緒に居て楽しい相手ならまだしも、相手は法正だ。

「朔弥、厨房に行って酒を貰ってきなさい」
「…え、ここ」
「ほいほい屋敷に連れて行くような男にお見えに?」
「…夕餉は?」
「食べたい気分ではないので。いつぞやの酒の相手をなさい」

庭の一角の休憩所と言って良いのだろうか。朔弥の知っている言葉でここの名称は知らない。小さな屋根のあり、腰掛と茶器が置けそうな台。華美ではないが、綺麗な細工が施してある。もとより庭と言うものに用事が無い朔弥にとっては知らなくて当然かもしれない。徐庶もホウ統も使用しないのだから。時たま女官が花が咲いたとか、鳥がやってきたとかいっていたのはこの庭なのだろうかと辺りを見回した。

「厨房の場所がわからないとか言いませんよね」
「あ、いえ…庭に出たのは初めてなので、少し驚いてしまって」
「あの廊下から入って左に曲がり、龍の置物があるところまで行けばわかると思います」
「…はい、他にも頼んできましょうか」
「結構です」

言われたとおりに厨房に急ぎ、中にたまたま居た人に酒を頼む。

「他はよろしいですか?」
「では、何か少し食べる物を」
「朔弥様がお召し上がりに?」
「いえ、私ではなく法正殿が」
「法正殿…?」

あまり関わらないほうが…と案の定言われてしまった。
噂までにはなっていないが、朔弥が法正に使いまわされているという話題は無きにしも非ず。馬岱が言うくらいなのだから、ある程度の人間たちは知っているのだろう。
準備してもらった酒と食べ物を受け取って、朔弥はまた同じ道を戻る。遅いとまた嫌味を言われ、明日も使いっぱしりにされるのは御免だからだ。

「お待たせいたし…」

法正が居ない。仕事でも入ったのだろうか。今は忙しく、法正は城に泊り込むことも多々あると徐庶が言った。徐庶も仕事は多いが、それをさばききれないということはなく、遅くはなるが邸宅に帰ることができる。それに付き合って遅くなり、下男たちによく心配されていたのだ。
辺りを見回しても法正の姿はない。ついでに薄暗い。少し席をはずしているのだろうか。ならば今のうちに明かりでも持ってくるかと、酒類を台に置いて明かりを取りに走る。戻った頃には法正も居るだろうと思って。

「…居ない」

戻っても法正の姿はやはりない。もしや隠れて観察されているのでは、と思った朔弥は明かりを持って辺りの散策を開始するが、人の姿はない。
帰ろうかと思ったが、黙って帰ったらまた後が恐い、恐すぎる。後ろから連結布でうっかり首を絞められてしまうかもしれないと想像してゴクリと喉を鳴らした。
ただ突っ立て待っていてもどうせ何か言われるのだ。腰掛けて待つか、と手に明かりを持ったまま腰掛に近づくと黒いなにかがある。

「…あ、な…なんで」

犬だ。あの黒い犬。その犬が丸くなって寝息を立てているではないか。街中ならまだしも、城内に野犬がいるというのだ。何処から入ってきたのか。これでは処分されてしまう。

「…ねえ、起きて。起きて、ねえってば。おーい、起きてー」

何度ゆすっただろうか。黒く闇に解けそうな毛を揺らし、耳を引っ張っり、鼻をつつく。何度も何度もやって、ようやく犬はゆっくりと目を上げて、ボンヤリをした目で朔弥を見つめる。

「どうしてここに居るの?どうやって入ったの。ほら、起きて。ここから出ないと。野犬がこんな所に居たら処分されてしまうよ」

頭を傾げる犬。寝ぼけている場合じゃない、と朔弥が犬の鼻を摘むと意識はハッキリしたのか、驚いて立ち上がった。具合が悪いわけではないらしい。

「神出鬼没の犬さんだね。ほら、早くしないと恐い人が来ちゃうから外に行こうか」
「恐い人とは誰だ?」
「…っ!!、りゅ、劉備どの…!!」
「明かりが見えてな。そなた確か…法正の首飾りの」
「徐庶殿の配下の、朔弥と申します。あ、あの、この犬は……えっと」
「そうそう朔弥。法正から聞いている。また法正は疲れを溜めたな」
「……え?」
「法正は疲れたりすると人の形が保てなくてな、こうして犬の姿に戻ってしまう化け犬の一族…あ」
「…はい?」
「すまぬ法正…」

ふう。と大きな溜息が朔弥の後ろから漏れた。犬の溜息だ。
その犬が朔弥の横に座り、うんざりとしたような目で劉備を見ているではないか。いろんな意味で恐いこの情景、朔弥ただ混乱して眺めているしか出来ない。

「ここは私の犬だとか言ってくれれば良かったものを」
「犬!しゃ…えええええ」
「てっきり知っているのだと思ったのだ。このところ朔弥を気に入っているらしいから」
「この姿だと情報収集できるかと思っていただけですよ、恩返しの」
「しかしその姿で転寝してしまうくらいに疲れているのか」
「最近この姿になる癖がついたのでしょうね。それだけですよ」
「………私、何時寝ちゃったの?あー不味い、起きなきゃ…起きなきゃ…法正殿に何を言われるか…でも本当いつ…」
「ほら、混乱して可哀相に。劉備殿どうしてくれるんですか」

犬が喋っている…法正殿の声で…徐庶殿、馬岱殿…助けて…とうわ言の様に言い始めるくらいの混乱が生じている。半分涙目だ。泣きたいのを必死で我慢しているといった様子に劉備は少なからず良心をいためる。知らないとはいえ、混乱させてしまったのだ。
犬の姿だった法正は人の姿を取り戻し、混乱して座り込んでいる朔弥と目線を合わせる。

「落ち着きなさい」
「これで落ち着けとか。落ち着けとか。落ち着けとか…犬。犬…触らせてくれた犬が法正殿とか…法正殿が犬とか。なにそれなにそれ、寝る」
「寝るな」
「…は!これは法正殿の罠ですね。こうやって私で遊んでいるのでしょう?劉備殿まで巻き込んで、大掛かりな事ですね」
「朔弥、すまぬ。本当だ、事実なのだ。私は法正が物の怪の血を引くものと知った上で一緒に居るのだ」
「………わん」

劉備は法正との出会いと、これまでの経緯を朔弥にゆっくりと言って聞かせ始める。
最初こそ混乱していた朔弥だったが、落ち着きを取り戻して何とか聞いている。
時折法正を盗み見ると、朔弥が持ってきた酒を煽っているではないか。別にいいのがた、我関せずとった態度がいつもながら憎らしい。

「と言うわけだ。朔弥を驚かせてすまん。あとこの事は…」
「朔弥、大人しく黙っているか俺に見張られているか、どちらがいい」
「大人しく黙って墓場までありがたく持って逝きたいと思います」
「打算的でよろしい」

ではよろしく頼んだぞ。と劉備はなぜか晴れやかな表情で城内に戻る。日はとっくに沈み、月が辺りを照らしている。
ああ、帰ったら冷めた夕餉だな。と朔弥はまるで他人事の様に考えていた。

「で、俺が恩返しだとしつこかった理由がわかりましたね」
「…はい?」
「命を繋げてもらったんですよ。あの手当てと薬で。首飾りごときに付きまといません」
「…ああ、それで。私はてっきり誤報告の…それで目をつけられたのかと…」
「まあ周りはそう思っていても不思議ではないでしょうね」
「では帰りたいです」
「却下」
「即答ですか…」
「犬の恩返しに付き合いなさい。今日は…まあ、友人の付き合いと言うことにしておいて」
「…誰と誰が友人なのですか」
「俺と朔弥が」

勘弁してください。と言う顔していたのだろう。法正は意味深にニヤリと笑って、「わん」と犬の鳴きまねをした。

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