「ほら、当たったでしょう?」
「そうですね、まったく左近殿には適いそうにありません」
戦にでることになり、本当に左近の言うとおりになってしまった。
朔弥が秀吉の庇護を受けている間の出陣である。
本陣近くで準備の手伝いをしていると不意に声をかけられた。
「左近殿も戦に参加されるのですか?」
「ええ、殿が召集されましたから。他にも幸村殿や兼続殿も」
「幸村殿も…」
朔弥が苦笑すると左近は「はて?」と頭を傾げた。
三成に懐いていた様子はなかったが、他の二人には親しげにしていたはずだ。
特に幸村には馬の扱いを教わるなど、関わりは二人より深い。
もしや馬の事か?と聞いてみたら無言で頷いた朔弥。
「嫌いではないんです、ただ」
「恐怖心もないでしょう」
「怖くなんてありません」
「馬に乗れてしまったら、前線送りにならないかと」
武将であればそれは名誉な事。
沢山の敵兵や敵将を討ち取ればそれだけの功績が獲られる。
しかし雑賀は前線もいけるが後方もいけるのだ。
朔弥の腕からしたら後方の方が巧いだろう。
前線での腕を知らないということもあるが。
「それは今のとこないでしょうな」
「…そうでしょうか」
「どちらと言えば後方向きですからね、わざわざ前線に出て危険なめにあわせないないでしょう」
「むしろ戦に出たくないです」
諦めた様に朔弥から出た言葉。
駄々をこねたところで引っ張り出されたであろうから、駄々はこねなかった。
これにはねねがとても機嫌を良くしてくれた。
「…そうだ、この戦には孫市殿も参加されるとか」
「そのようですね」
「きっと吃驚しますよ、その恰好を見たら」
「…気づかないと思いますよ、私だとは。ほら、みなさんもそうでしたから」
地雷、地雷へと進む左近。
朔弥自身はそれほど気にした様子はないが、左近は悩んだ。
「では、賭をしませんか」
「…賭、ですか?」
「そうです、賭です。孫市殿が朔弥だとわからなかったらそちらの勝ち、わかったらこちらの勝ち。そんなところでいかがです?」
「では何を掛けましょうか」
「おや、意外といけるクチですね。酒、なんていかがです?」
「酒に良い思い出がありません、ほら三成殿」
バツの悪そうに笑う朔弥。
笑うとそれになりに可愛いではないか。
無愛想でとっつきにくい娘だとばかり思っていた。
たんに人見知りがあるのか。
「それでは、勝者のお願いを聞く。というのはどうですか?」
「ほう、面白い」
「互いに出来る範囲で、ですよ。私に秀吉様を投げ飛ばすなど言われても絶対できませんから」
「俺に殿を投げ飛ばせも止めてくださいよ」
それでは、戦の後に。
左近は三成の、朔弥は手伝いへ戻った。
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