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「まあ、こうなるとは思っていたけどね」

朔弥は一人ごちる。辺りは暗く、いや、暗いなど通り越して闇だ。明かりは朔弥の持つ心もとない灯りのみ。一寸先は闇という言葉が今、正に目の前だ。
治安の為にと進言したのが間違いか。いや、間違いではない。それはわかる。しかし進言した徐庶がまた厄介な事にそれを引き受けたのだ。「今は人手が足りません、わかりますね」と言われたとかで、気になるなら御自分でやったらどうです?などと嫌味を言われて戻ってきたのだ。しかしそうですね、で終わらなかった。言ったらなら有言実行せよ言われただ。
そして朔弥は今、夜中の見回りだ。

「……口は災いの元、か。言わなきゃ良かった」

勿論一人なので誰も返答はない。夜中の町並みはどことなく、いやハッキリと不気味だ。小道に生えている木が人に見え、猫が走り去るのさえ恐ろしい。視覚の大半が奪われるというのは、それほどまでに恐いことだったのだと改めて思い知った。今までは暗がりと言っても、誰かしら傍に居てお互いを支えていたが、今回は一人だ。これ程までに不安になるのは何時ぶりだろうか。これでは徐庶のから解雇を言い渡された時に困るではないかと朔弥は唸る。

「……っ」

何かの気配がする。感じ取った朔弥は持っていた撃剣を握る。本来の獲物ではないが、扱える武器には間違いない。視界は悪いが足場は悪くない。仲間のところまで誘い出すが、もしくはここで決めるか。それは相手の出方次第、朔弥は歩みを止めて気配を探る。何処に居る。どう仕掛けてくる。背後に居るのは確かである、こちらから行くか待つか。

「…誰だ、……って、あ、あれ…?」

またお前?と朔弥の方から力が抜ける。朔弥の目線の先にはあの黒い犬がはふはふと嬉しそうにして朔弥を見ている。
朔弥は少しだけ呆れた様子で膝をつき、「おいで」と一言。すると犬も獣らしい素早い動きで朔弥に駆け寄って尾を大きく振っている。

「また来たの?住処に帰りなさい。ここに居たら駆除されちゃうよ」

朔弥が撫でるともっとといわんばかりに擦り寄ってくる。朔弥自身、動物はそれほど嫌いではないが、あちらから好いてくれる事は少ない。むしろ逃げられるのが常と言っても良いくらいだ。なのでこの犬がこう来てくれるのは実に嬉しい。しかし、犬を飼ってやる財力…というより間借りをしている身分でそれは出来ないといったほうが正しいだろう。狩りなどに居ると便利なのはわかるが、ここにきてから狩りはもう随分としていない。

「…犬って、夜行性だっけ?」

朔弥が頭を傾げるとつられるように頭を傾げる犬。可愛いが、少し不気味だ。

「もしかして、私の見回りに付き合っていてくれた?」

小さく吼える。本当に会話が出来ているようで、面白い。こんな事を話しても徐庶の様に引かれるのはわかっているので、それ以来その様な話は誰にもしていない。

「…ありがとう。でもね」

すると軽やかに走って先導をしだす犬。朔弥が戸惑えばまた小さく吼えて、まるで促すように見ているではないか。朔弥は少しだけ戸惑いながらも犬の後ろを歩く。幸いここから朔弥が戻る小屋までは近い。その小屋には朔弥以外に兵は居らず、本来なら居るべきなのだが人手不足というわけだ。
そこなら犬を入れても多少は大丈夫だろう。そこで少し構ってやって、帰ってくれればいいのだがと朔弥は思った。
そう、この角を曲がれば…とその小屋を見ると、今正に灯りがついたのだ。
おかしい。それは朔弥でなくても直感するだろう。兵は今日居ないはず。朔弥の部下に当たる彼らは申し訳なさそうに一緒に行けなくてすみません。と言っていた。では徐庶かといえば、それもないだろう。朔弥が何度も何度も一人で大丈夫だといって遠まわしに「来るな」と言ってあった。では誰だ。物獲りだとしたら灯りをつけては存在がばれる。
朔弥は気配を殺して小屋に近づき、様子を伺うために戸に忍び寄る。
一応は兵が出入りする小屋に入り込む輩がどんな奴かを確かめ、敵意のあるものならば始末をしなければならない。撃剣ならあるが、小屋では振り回せない。では体術で応戦しないとだろうか、体術は苦手だ。刃物を出されたら無事ではすまないだろう。様々な憶測が朔弥の頭を駆け巡り、最悪の事態を想定する。

「早く入ってきなさい」
「…っ!!!、え」
「小鹿のように飛び上がって。驚きましたか?」
「な、なな…」
「入りなさい」
「は、い…」

小屋から出てきたのは法正だ。何故ここに居るのか、どうしているのか。こんな時間に。色んな疑問は出てくるが、結局はここに何故居るのかしか出てこない。
朔弥はわからないまま頷いて恐る恐る小屋に入る。部屋の明かりは細々とゆれ、それがまるで朔弥の心情のようで不安があおられる。

「そんな物騒な物置きなさい」
「え…あの、」
「別に危害を加えるつもりはありませんよ、ほら。俺だって獲物は持ち合わせていない」
「な、何故法正殿が…」
「なに、徐庶に聞きましてね。貴女が今日ここの担当だと」
「徐庶殿、に…ですか」
「ええ。礼のついでにお付き合いをと思いましてね」

コツコツと首飾りをつつく。
その動作にいつぞやの女官たちの話がよみがえり、良い噂のない法正が連結するようにでてくる。

「私は、仕事をしたまでですから」
「その仕事の礼ですよ」
「その様にしてもらっては私が困ります」
「そうしてもらわないと俺の気がすまないので」
「………」
「では、何か欲しい物はありませんか?それを送ってお終いにしましょう?」
「欲しいもの………特には、ありません」

厚意の押し付けだ。と朔弥は冷や汗をかく。それが厚意であっても、好悪しつけがましくされては嫌味だ。いや、もしかしたら本当に嫌味なのかもしれない。誤報告をした朔弥に恨みまではいかずとも、良い気持ちはなく、鬱憤晴らしに使われている。もしくは朔弥で遊んでいるかだ。徐庶と話していた様子を見ると、朔弥にも矛先が向いてもおかしくはない気がしてきた。

「無欲ですね」
「そうでは、ありません」
「では?」
「仕事をした報酬は既に徐庶殿から頂いておりますので。法正殿は、こんな夜中にどうされたのですか」
「言ったでしょう、礼をしに来たのだと。一人では心ごとないかと思いまして」
「私の仕事です、お気になさらないでください」
「強情ですね」
「強情で結構です。お忙しいと聞いております、お休みになってください」

沈黙する間、じいっと見つめられて何かを見透かされるのではないかと気が気ではなかった朔弥だが、法正は大きな溜息をついてその沈黙を破った。

「御存知ですか?俺の噂」
「…どのような」
「良い噂ではないほうですよ。本当は御存知でしょうに、俺が嫌われているのだって」
「それを私が口にしたら法正殿は満足してお休みなっていただけるのでしょうか」
「質問に質問は感心しませんね」
「法正殿がどのような回答を望むのかわかりませんので。私は軍師ではありませんので意図を汲み取る事もなにもできない一介の傭兵です」
「貴女もなかなか良い性格をなさっている」

半分怒ったように言えば、法正は含むように笑って朔弥を見る。
恐らくは今までその様に言ってくる恐いもの知らずがいなかったのだろう。世間知らずと言われ、処断されてもおかしくない物言いをしてしまったのだと、今更ながら朔弥は顔を青くした。

「別に獲って食いはしませんよ、安心てください」
「も、申し訳ありません…とんだ失礼を」
「面白かったので許してあげましょう。今度酒の相手をしてくれるなら」
「私など相手にしても酒の肴にもなりません…」
「徐庶よりマシですよ。さて、では帰りますか。夜道に用心なさい。ああ、俺の見送りも共も結構ですよ」

それでは。と陰湿な笑顔を残して法正は小屋から出て行く。
それを見届けた朔弥は法正の指示通りに見送りをすることはなく、椅子に疲れたとだらしなく座る。
そうだ、撃剣を置きっ放しだった。と立ち上がって撃剣を持ち上げると出入口の戸がガリガリと引っかく音がする。音の発信元は下の部分。朔弥はもしやと思って窓から外の様子を伺うと、忘れていた犬がガリガリと引っかいている姿が見える。

「………法正殿に神経を使った分、話し相手になってくれるかな」

そんな独り言をいいながら戸を開くと犬が嬉しそうに尾を振るのが見えた。

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