無双 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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「救援間に合いませんでした」

朔弥の手のひらに乗る飾りは以前の輝きはなく、血と土で鈍く光るのみ。
その首飾りを大徳である劉備は黙って受け取った。

「…壊滅、だったのか」
「駆けつけた時には既に…申し訳ありません」
「……そう、か。お前にも悪い事をした」

引き続き徐庶の元へ戻り奮起せよ。その一言だけを残し、朔弥の手のひらにあった首飾りを持って朔弥に戻るように命じた。朔弥はその指示に従い、深く頭を下げてから馬に乗って本陣を後にする。
朔弥が属するのは徐庶。現在は前線ではないが彼がいる拠点まで急いで戻ってその件を報告する。

「ただいま戻りました」
「朔弥…法正殿は、どうなった?」

拠点に戻れば落ち着かない様子だった徐庶は朔弥の姿を見つけると朔弥が馬に乗っているにも拘らず走り寄って来た。あまりに危険な行為に朔弥は焦って馬を止めるが、その反動で落ちそうになったが何とか堪えた。

「急ぎましたが…」
「………劉備殿は」
「…報告は済ませました。ただ、私に悪い事をしたな、と」
「…そう、か」

新参者である朔弥にはその法正という人間がどのような人物なのかは知らない。見たことがある程度の存在だ。
ただ朔弥は徐庶の護衛を引き受けたこときっかけにそのまま徐庶にくっ付いてきたに過ぎないのだ。だからと言って徐庶に特別な感情があるわけでもなく、新しい雇い主を探すのが面倒なだけだ。
ただその法正という人物は酷く嫌われているのだと良くしてくれている武将が朔弥に話してくれた事がある。性格が悪いが才があり、そして大徳と呼ばれる劉備からの信頼は誰よりも高い。人聞きでしかない朔弥にとっては謎多き人物である。同じところに属していればいつか話す機会もあるのだろうと思っていた朔弥は、その機会がなくなっただけの事でしかない。

「法正殿がいないとなると、これからの戦況は過酷になると思う。朔弥、万が一に備えておいてくれ」
「…はい」

武器の確保、応急処置が出来る程度の治療道具、馬、兵糧。今のところはこの拠点には足りている。
朔弥は先ほど消費した応急道具の補給に衛生兵に声をかけるために拠点内をすこし探し、その兵の姿を見つけて分けてくれと頼む。衛生兵からみれば朔弥は一応は目上の人物で、衛生兵は快く道具を分けてくれる。

「何処かお怪我でも?」
「……私じゃないが、怪我人を見つけて」
「そうですか。朔弥殿も人の怪我だけでなく御自分の怪我も御注意ください」
「ありがとう」
「ここだけの話ですが、徐庶殿は良い方ですが…我々にとっては少しばかり話しかけにくくて」
「…私とあまり変わらないと思いますよ」

そんな事ありませんよ。と道具を渡してくれる衛生兵。

「それでは持ち場に戻ります。朔弥殿、ご無事で」

礼をとって小走りで彼は戻っていく。
朔弥としては嘘をついたのが少しだけ申し訳ないと思ったが、まさか道具をそこら辺の獣に使ったといえば嫌な顔をされるのは必至だ。

徐庶の命令で法正の救援に向かい、一人で何が出来るのかと思ったがそこで動かせるのが朔弥だけだったというだけのこと。朔弥は命じられるままに馬にまたがって走らせ、法正が居る拠点に向かったがそこは既に手遅れ。見るも無残な光景だった。
辺りは焼け焦げ、血と土の臭いが立ち込めている。居るだけで吐き気をもよおし、朔弥はだた顔を歪めながら辺りを探る。倒れている兵に声をかけても揺らしても反応はなく、口に手を当てても息もなければ脈もない。触った手が泥と血が混ざってつき、朔弥が一人一人確認するたびにもう誰の血か、何処の泥かわからない。
以前見た法正の姿はなく、彼がしていた首飾りだけが落ちていた。見れば綺麗な色をしていたその飾りは以前の美しい色は消えて泥と血にまみれている。朔弥がまた汚い手で持つからそれは一層際立ち、色はもう汚らしい。しかしだからと言って捨て置くわけにもいかない、なぜなら法正と劉備の関係に起因するからだ。法正が死んだのならば遺品の一つでも持って帰らなくては総大将である劉備が何をするかわからない。なくてもどうなるかわからないのだ、あってもなくても同じならあったほうがまだ押さえがきくかもしれない。
その首飾りを布で包んで懐にしまい、敵兵が何時来るとも知れない拠点を後にしようとしたときのことだ。黒くて大きな犬、もしくは狼が一頭、血を流して朔弥に向かって唸りを上げている。

「…っ」

一瞬朔弥は息を飲んだ。油断した覚えはないが、まさか後ろを取られていたとは思わなかった。
相手は手負いの獣、こちらには武器もある。一気に応戦すれば勝てる。
身構えるがそれは襲ってくる様子はない。

「……酷い怪我」

身構えた武器を下ろして、膝を突いて刺激しないように敵意は無い事を表してみる。相手は野生だ、襲われた所であの獣の様子では噛み付く事もできない。むしろこの行動に驚いて逃げてくれれば万々歳だ。あえてこちらから殺したくはない。
そして獣は一歩、また一歩と動き出す。
ただ朔弥の検討が外れたのは逃げるのではなく、朔弥が呼んだら大人しく朔弥の元までやってきたという事だ。まさか本当に来るとは思っていなかった朔弥だが、呼んで来てしまったものは仕方がない。持ち合わせていた応急道具から包帯と薬を取り出す。

「酷い怪我…。薬、舐めちゃ駄目だから…て言ってもわからないか。鈍臭そうには見えないけど、どうして巻き込まれたの」

黒い毛並みからはどす黒い血が流れ、傷口は熱を持っている。人間でさえこれだけの重傷だったらひとたまりもないのに、と朔弥は思って黙々と手当をしてやる。出来る事なら拠点に一緒に連れて行きたいが、それこそ自分の首が物理的に心配になる行為だ。
応急処置だがこのくらいしてやれば相手は野生だ。ここで死ぬか生きるかはこの獣次第。
師から教わって作った滋養薬を取り出し、人間用だけどと迷った結果、獣の口を無理矢理こじ開けて投げ入れた。

「不味いけど飲み込んで。人間用だけど滋養薬だから」

少し暴れたものの、朔弥が言った事を理解したように大人しくなり、ゴクリという嚥下の音が聞こえた。また口をあければそこには薬はなく、ただ出血している口腔内。
よし。と朔弥が獣の頭を撫でて立ち上り、「ここで生き残れるように祈っている」と馬にまたがったのだ。


「朔弥、そういえば凄く汚れているけど…」
「ああ、法正殿の兵たちを抱き起こしたりしたので」
「…そうか」
「気にしないでください。私は命令された事をしただけなので」
「……俺が、行けばよかったな」
「責任者が動いては駄目だと思いますが」
「…」

戦もあらかた片付き、主に法正の陣が尋常でない被害を出した以外には、他の陣営には大きな痛手はなかった。
その例外ではない徐庶の陣も救護や戦場に残された者たちの回収に奔走し、責任者である徐庶は報告、朔弥はその護衛に走っている。
あまり喋らない朔弥とのこの空気に少しだけ気を使ったのか、話しかけるが結果として徐庶はまた黙る事にした。ただの自虐にしかならず、朔弥もこれと言って話を広げる気がないからだ。
暫く馬を走らせ、本陣に入るとやたらと騒がしい。もしや敵の奇襲かと思ったがその様な殺伐とした混乱ではない。
近くを走り回っている兵に朔弥が声をかけ、何事かと問えば口早に焦った様子で言ったのだ。

「法正殿が重傷を負われた状態で帰還なされたのです」

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