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小さな子供と狼がころころと転がるようにじゃれている。その狼をよく見れば、朔弥が狩りなどで使っていた狼だ。あの狼は朔弥以外にはあまり懐かず、まして子供などと遊ぶような性格ではなかったはずだと元就は頭を傾げた。

「やあ、こんにちは」
「……こんにちは」
「雑賀の子かい?」

子供は元就に声をかけられるとハッとして固まる。子供は元就の問いに小さく頷き、狼は小さく唸り声を上げている。どうやら狼は子供を守っているらしい。忠誠心の高い狼だと思っていたが、どうやらこれは朔弥に命じられて子供のお守りをしているようだ。狼にそこまでの知性があるかはよく知らないが、どうやらこの狼にはありそうである。

「朔弥を知っているかな?」

また頷く子供。人に慣れていないというより、人見知りなのだろうか。挨拶以外での応答は頭の動きしかない。相変わらず狼は唸っているし、牙が見え隠れしてきたではないか。
これは早々に話がわかる誰かに代わってもらった方が良さそうだと元就は思う。子供は嫌いではないが、ここまで嫌がられているとなると話は別だ。

「おーい、朔弥…って、元就公。なにしてんだ?」
「やあ。朔弥の具合が悪いと聞いてね」

雑賀の頭領の孫市が朔弥を呼びながら姿を現すと、子供は急いでその後ろに隠れる。狼はその小さな後ろを追って孫市の近くに腰を下ろしている。どうやら孫市が来た事によって子供の安全は守られたと判断したらしい。
元就はやっと会話が出来る人間がやってきたと安心し、朔弥の様子を伺った。
朔弥はここでそれほど有名な武将でもなければ軍師でもない。ただの雑賀に属する傭兵だ。腕が少しばかり良いが愛想がないと言われるが、性格が悪いわけではない。

「誰から聞いたんだ?」
「巡り巡って…私は半兵衛から」
「具合が悪いって言うか…隠すこともないから言うが、これだよ、これ」
「その子、君の子?」
「違う。朔弥だよ朔弥。妲己が原因らしい」
「へえ、朔弥の子か…で、誰が父親なの?」
「朔弥の子でもない。朔弥本人だよ。中身まで子供になってな、人見知りだよ」

孫市の後ろから覗いていた朔弥は元就が自分を見ると驚いてまた隠れ、恐る恐るまた顔を覗かせている。
人見知りではあるが、興味はあるらしい。しかし恐い。でも興味が…の繰り返しらしい。
朔弥からではあまり想像ができないと元就は最初思ったが、朔弥の愛想があまり良くない事を考えると妥当なのかもしれないと思い始めた。これで人懐っこくかったのなら、あの愛想のなさ具合はちょっといただけないが、この人見知りであれならまあ許せるとまでいかないが、納得はできる。

「そうか、君が朔弥だったのか」
「おい朔弥、挨拶したのか?」
「…ん」
「私がいるからこんななの?」
「いや、誰でもだ。女ならそうでもないらしいぞ、ねねが言ってたからな」
「そうなると君は朔弥に懐かれているのか」
「いや、元就公よりも俺のほうが知ってるってだけだ」

ねねが居たらねねに走る。とうんざりした様子で言われると、確かにそうかもしれないと元就も頷いた。
子供は総じて母が好きだ。母が居なければ何も出来ないといっても過言ではないだろう。
ここに母が居なれければ母の代わりとなる女性に頼るのは本能だ。

「で、朔弥に用事ってのは依頼か?それなら断るぞ。朔弥がこんな状態じゃ朔弥には無理だからな」
「そうだね…具合が悪いと聞いたから見舞いと、それが嘘なら依頼をしようと思っていたんだけど」
「嘘ってなんだよ」
「だってほら、君、私のところに朔弥をよこすの嫌がってたから。それで嘘の情報を流したのかと」
「……そうか、あんたの中の俺の評価が今わかった」

悪い事を言ったという顔をせず、あっけらかんと言い放った悪口に孫市はただ元就の中でも自分の立ち位置を知った。別に嫌っているわけではない、稼ぎ手が減るのが困るのだ。
そんな事はもう関係ないといわんばかりに元就は朔弥に目線を合わせるようにしゃがみ、朔弥に向かって「やあ朔弥。こっちにおいで」と声をかけている。

「やめとけ。朔弥の狼が噛み付くぞ」
「そんなに過保護なの?その狼」
「過保護っていうより、朔弥の嫌がることしてくる奴に容赦がない」
「例えば?」
「司馬昭だな。朔弥にあんまり構うもんだから朔弥が嫌がって泣いて。そしたら噛み付こうとしやがった」
「噛み付かなかった?」
「ああ。朔弥が寸前のところで駄目って言ったらしい」
「おお、賢い」
「どっちが」
「どっちもさ」

確か朔弥本人から聞いた話だが、その狼はどこかの戦場で怪我をしていたのを拾ったらしい。朔弥からしたらほんの気紛れで、死んだら死んだで毛皮にしようと思っていたらしい。さすがにそれはどうかと周りが言ったが朔弥には何処吹く風だった。
しかしその狼はすっかり元気になり、今では朔弥の忠実な獣となっている。朔弥はいい拾い物をしたといってその狼を可愛がっていたが、名前をつけることはしていなかった。

「そうか。朔弥と遊ぶにはまずその狼が障害か…」
「朔弥“で”遊ぶなよ」
「人聞きが悪いな…私はそんな事しないさ」
「まあちょっと前よりも慣れてきたから話すくらいできるだろ。最初なんてコイツ、俺見て泣きやがったからな」
「本能で嫌だったんだね」
「…そこは驚いたとか、言ってくれよ……」
「で、君は朔弥に何の用事だったんだい?」

おお。と思い出した孫市は「いやな、ちょっと出るからって話だ。そいつがいるから大丈夫だと思っているが…どうしようかと思って来たら元就公がな」と。
確かにこの狼がいればある程度は安心だろう。しかし相手は獣だ。いつ本能がでて朔弥に襲い掛かっても不思議ではない。だからと言って雑賀の誰かが見ているには雑賀には人手が足りない。なので誰かの傍か、敷地内で遊ばせてはいたのだが。

「ならそれ、私が見ているよ」
「…朔弥、この爺さんと少しばかり一緒に居れるか?」
「爺さん…」
「……どのくらい?」
「そうだな…朔弥が狼と遊んでればすぐだな」
「基準狼なの?」
「…ん。」
「いいか、あの爺さんとここにいるにはいいが、爺さんについて行くなよ。おい、朔弥を連れて行こうとしたら噛み付け、いいな」
「そんな…私信用ないなあ…」
「軍師だからな」

ひょいと朔弥の脇に手を入れて抱き上げ、そしてすぐに元就の前に朔弥を下ろして朔弥の頭をわしわしと撫で付けて孫市は急いだ様子で走っていった。どうやら用件を忘れていたせいで時間に追われたらしい。
朔弥は伺うように元就を見上げ、元就がそれに気づいて朔弥を見るとビックリしている。

「朔弥は歴史は好きな?」
「……わかんない」
「昔話は?」
「……かぐやひめ?かぐやのおはなし」
「そういえば本人がいたからね」

得意の歴史の話でもと思ったが、なにぶん朔弥は幼い。昔話ではどうかと思ったが、あまり興味はないらしい。
朔弥は元就を気にしつつ、狼と戯れ始める。その狼も朔弥に実に忠実なので子供に合わせて遊び、力加減までしている様子。これはこれで興味深いと元就はその姿を観察する事にしたのか、近くに観察するのにちょうどいい腰掛けを見つけて腰掛る。

「…朔弥、その狼の名前は?」
「………」
「知らないの?」
「………」

頭を横に振ってから頷く。どうやらやはり名前はないらしい。
朔弥に「その狼に名前をつけてあげたら?」と提案してみるが、朔弥はやはり頭を横に振った。

「どうして?」
「……」

今度は黙ってしまって朔弥は地面を見つめている。元就の問いに答えることが出来ないからか、困っているのか。
それを心配した様子の保護者の様な狼が唸り始めた。狼は元就が朔弥を苛めていると判断したのだろう。実際には苛めても嫌がらせもしてはいないのだが、朔弥がいつもと違うと判断したのだ。賢いが、ちょっとでも朔弥が困るとそうなるのでは良いとは言えない。

「よーう、朔弥…って、あれ?元就公じゃあありませんか」
「おや夏候覇殿」
「元就公も子供になった朔弥を構いに?」
「私は具合が悪いって聞いていたから見舞いにでもと思って。そうしたら…」
「あー、ある意味具合悪いですからね」
「夏候覇殿は…朔弥を構いに?」
「朔弥が子供になったって聞いてから顔出してまして。なー?」
「……なー」
「喋った!」
「このくらいなら話してくれますよ。よう狼、今日も朔弥のお守りか?偉いなー」

朔弥を構うのが目的だとハッキリ言い切った夏候覇に元就は驚いた。
最初から子供相手であるなら驚かないが、元就にしてみれば朔弥を知っているからこその驚きだ。時たま一緒にいるのを見かけたことはあるが、どこまで仲が良いとは知らなかったのだ。実際は朔弥にしてみたらそれほど仲が良いとは思っていないが、夏候覇の性格ではもう仲のいい存在に認定されているのだ。朔弥からしたら「最近よく夏候覇殿に話しかけられるけど、なんで?」くらいにしか思われていない。ついでに言えば孫市と仲がいいから、そのついでか。位にしか思っていないのだ。

「元就公は孫市さんにでも頼まれて子守ですか?」
「…まあ、そんなところかな」
「あ、桃饅食べます?朔弥も食べるか?」
「どうしたの?」
「子供ってお菓子好きでしょ?釣るわけじゃないですけど、きっかけにと思って」

さすが子供目的に来ている人間は備えが違う。夏候覇から貰った桃饅を手に持ち、朔弥には大きいからと割った桃饅を渡す夏候覇を見ながら「やっぱり下調べは大切なんだな」とあまりここでは意味の無い事を感心していた。

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