無双 | ナノ
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「よう孫市。そういえば、あのジャンヌっつうお嬢さんとはどうなんだよ」
「なんだよ急に」

明るい声で、しかもニヤニヤしながら夏候淵が雑賀孫市に向かって問いかける。
ジャンヌといえば、孫市本人は知らないが命をかけて助けた女性である。それは多分夏候淵も知らないが、ジャンヌが孫市に助けられたという話は知っている。
まあまあ。と言わんばかりに孫市の肩を叩いて、またニヤリと笑っている。その裏がありそうな笑顔に孫市は苦笑いさえもですに、あからさまに嫌な顔をする。

「いやな、なーんか気になってよ」
「別にどうこうねえよ」
「本当に?」
「本当だよ。なんで嘘言わなきゃならねえんだよ」
「そうかそうか」

いやー、色男は違うねえ。なんて意味のわからないことを言い始める夏候淵に孫市はそろそろ我慢の限界だいう態度で肩に置いてある手を払いのけ、嫌な顔をしながら睨みつける。

「おっと、怒るなよ。いやな、あっちで朔弥が困ってたんだよ」
「朔弥が?なんで」
「さあな、そのジャンヌっつうお嬢さんに両手に握られて、なんか凄く言われてたな」
「…は?」
「ありゃ色恋沙汰だと思ってよ。モテるなー、色男。あれは朔弥をお前さんの何かだと思ってるんじゃねえか?」
「…いやいやいや」
「息子の真似か?」
「ふざけんな。ならなんで助けてやらねえんだよ」
「第三者がしゃしゃり出る事じゃないからな」

若いなー。なんて笑いながら肩を叩く夏候淵に孫市は心底何が面白いのかと小一時間ほど問い詰めたくなったが、どうせニヤニヤして話にならないだろうと判断した。
朔弥もそれほど子供でもないが、愛想が正直よくない。へんな事と言っては悪いが、利益にならないことに巻き込まれて不利益を雑賀で被っては後々面倒そうだと孫市は夏候淵にどこで見たかを聞いてそこに向かう。案の定夏候淵に「その話の中心が息子だったら万々歳なんだがな」と能天気にも程がある妄言を貰った。



「ま、孫市…」

見ればジャンヌに手をつかまれ、何かを必死に訴えかけられている朔弥の困った姿。
まわりの人間も何事かと見る者はいるが、関わろうとしない。あんなに必死そうにしている姿を見て何も思わないことは無いが、その必死さが裏目に出ているのは明らかだ。
孫市の姿を見つけた朔弥は控えめ、いや、小さく助けを求める。

「あーっと、ちょっといいか?」
「孫市さん…私は」
「どうしたんだよ。朔弥もそちらさんも」
「私は…この方に、朔弥さんに謝っても、謝っても謝りきれないんです…」

ごめんなさい、ごめんなさい。と朔弥の手を握って、それは許しを請う罪人のように縋っている。それには朔弥自身もどうしていいのかわからず固まっていたという状況だろう。そうでなければ朔弥は適当にあしらって逃げる。それが良いか悪いかは別として。
この状況を自己分析というか、自分のいいように解釈した夏候淵はニヤニヤして検討違いの答えを導き出し、孫市に元に来たというわけだろう。朔弥の困った顔も夏候淵からしたら色恋沙汰だったようだ。
孫市は大きな溜息をついて頭をかいて、どうしたものかと考える。

「で、また聞くが何がどうした」
「ジャンヌ…殿が」
「私が貴女に殿をつけていただく資格なんてありません…」
「…えっと、私なりに最初から話すと」

簡単に言えば、朔弥の姿を見つけたジャンヌが朔弥の手をいきなり握ってきて謝罪をしてきた。その意味がわからない朔弥は固まっていた。という事らしい。
朔弥は又聞きではあるが、ジャンヌと孫市が知り合いで助けられた関係と言うのは知っている。だからなんだというくらいにしか正直思っていないのだ。そのジャンヌに会っても、挨拶して終わりだと思っていた朔弥にとっては奇襲に近い。
そういえば元就公に朔弥は応用力が足りないと言われていたな、なんて無駄な事を思い出していたが、今はそんなこと関係ないと、痒くも無い頭をまたかく孫市。

「何を謝罪してるんだ?朔弥に心当たりはないそうだが…」
「私は…孫市さんに助けていただきました。最初、私を助けた孫市さんは…亡くなってしまって…それに、近くに朔弥さんがいたのに、私を助けて…くれて」
「…あの、何の話ですか?」
「私は…もしかしたら貴女の帰る場所を奪ったかもしれないの…」
「…はあ」

ごめんなさい、ごめんなさい。とまた謝罪するジャンヌ。そして困る朔弥。チラリと孫市を伺う朔弥に、孫市も困った顔をしている。
過ぎてしまった事、というにはまた違う。実際その様な現実になったわけでもないし、孫市は生きているし、朔弥もそれなりに元気に過ごしている。
なにより朔弥と孫市にはピンと来ないのだ。

「あの、謝ってもらっているところ悪いのですが…それって、ジャンヌ…さんが、謝る事なのでしょうか」
「…え、だって…」
「その未来…というのですか?その事は私は知りませんし、現に孫市ここに居ますよ」
「そうだよな。気にしすぎだと思うぞ」
「そんな来ても居ない未来とやら、起きたら終わる悪夢と同じですよ。夢見が悪かったとしか…」
「違うの…だって、貴女は、朔弥さんはあれを見ていないから…」
「当たり前ですよ。だって私をジャンヌさんは別人ですから。同じものなんて見えません、感じません。まして違うところにいました。もし、私がそこにいたならまた謝りますか?」
「…え?」

その時朔弥は夏候淵の軍に世話になっていた。娘のように可愛がってもらったらしく、朔弥も夏候淵には懐いているように見える。夏候淵の息子の夏候覇とも仲がいいというには少し語弊はあるが、話している様子を眼にする機会が何度かあった。ついでにいえば夏候覇も孫市に少し懐いている節があって、何かと廻りをウロチョロされることもある。

「そこで孫市が死んだとしても、私は別にジャンヌさんを恨みません。恨むなんてお門違いもいいところです。孫市が死んだら悲しいですが、それだけです」
「それはそれで傷つくぞ、俺」
「泣き叫んだ方が嬉しいの?」
「…いや、そういうんじゃなくて。死ぬ死ぬ言われるとな」
「死んでないんだからいいでしょ。結局は、そこに良くと思います。ジャンヌさん、死んでないからいいんです」

黙っていたジャンヌが、朔弥の言葉の後ろをまつ。
ジャンヌは救いを待っているのだ。謝っても許されないと思って、懺悔していた。本来懺悔すべき相手は孫市なのかもしれないが、どうせ軽くあしらわれて懺悔さえ出来ないと思っていたのかもしれない。ならばその部下、しかもあの時は別行動していた朔弥ならば懺悔を聞いてくれるかもしれないと縋った。
ただ謝りたくて、許しを請いたくて。

「人っていうか、生きていればいつか死んでしまいますし。物だって壊れます。偉そうな事、言うつもりもないですけど…。誰かが死んだら、誰かのせいって変ですよ」
「じゃあお前は俺の仇もとらないのか」
「とらない。まあ、拷問で死んだとかいうなら考えるけど」
「許して…くれるの?」
「許すもなにも、ジャンヌさんは何もしていません。自分の軍を守っただけです」
「で、でも…私があんな状況になっていなければ、朔弥さんは、孫市さんともっと早く…早く」
「夏候淵将軍の軍に居たので、特に困ったこともありませんでしたし。むしろ色々教えていただけたので」
「……私の、後悔は」
「そんな後悔するだけ損です。懺悔なんて無意味です。悩むなら相談したほうが、よっぽど有益です。それにジャンヌさんは誰かの希望なのだと聞きました、その貴女がこんな姿を晒す方が後悔します」

手が緩んだのだろう。掴まれていた手をサッと引いて孫市の手を掴み、朔弥は素早くジャンヌと孫市の手を握らせる。その技はまさしく早業というに相応しい。誰から教わったと聞いてしまうほどの早さ。
握られていたところが少し痛むのか、少し擦ってから朔弥は孫市とジャンヌの手がまだ握られているのを確認して、片手をちょっと挙げる。

「ということで、私はここで失礼します。孫市、後は任せたから」
「…は?」
「え…?」

脱兎のごとく朔弥は逃げていく。言いたい事を言って、言い逃げだ。
孫市が朔弥の名前を叫んだ声が響こうとも、朔弥は戻る事は無く、日が暮れてから顔を合わせると、何食わぬ顔で「お疲れさま」と言われた孫市は思わず手が出そうになったが「うるせぇ」と返した。

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