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「朔弥!お前こんな所にいたのかよ」

名前を呼ばれ振り返ると、そこには見知った顔があるではないか。懐かしいような、そうでもないような。いつぶりかわからない程度には久しぶりの師であり恩人の孫市がなんともいえないような表情でそこに立っていた。

「孫市…どうしたの、こんな所で」
「そりゃこっちの台詞だ馬鹿。夏候淵にお前が居るって聞いてきたんだよ」
「将軍には妖魔に囲まれていたところ助けてもらって、それからお世話になってた」
「聞いたよ、まったく逸れて心配してればお前はケロッとしてこんなところかよ…」

まるで心配して損したと言わんばかりの態度だ。
朔弥からしたら孫市とはぐれて必死でここまでやってきたのだが、心配かけたのは間違いない。しかしながらここまで言われる由縁はない。朔弥の言い分もあるが、ここで言っても不毛だろう。黙っている事を決めた方が楽そうだと素直に「ごめんなさい」と心を込めずにいう。それがせめての反抗だ。

「………まあ、無事で何よりだな」
「孫市も」
「おーい、孫市。朔弥に会えた…みたいだな。よう朔弥、よかったな合流できて」
「はい、将軍のおかげです」
「いやいや、お前さんの力もあってここまで来れたんだからよ。お互い様ってやつだな。それに息子のおかげでもあるらしくてな」

恰幅のいい夏候淵が人当たりのいい笑顔で声をかけてきた。ちょうど孫市の影になっていた朔弥を見つけると笑顔で声をかける。朔弥を引き入れてからはよく気をかけてくれ、何か不自由はないか、男所帯だから不便もあるだろうが少し我慢してくれと話し相手にもなってくれた存在だ。
その後ろからは夏候淵よりも小柄な男性、青年だろうか。彼がまた人当たりの良さそうな雰囲気で会釈をしている。

「朔弥だ。朔弥は孫市の雑賀の人間で実に良い腕をしているんだ。俺がちょっと弓を教えてやればよく飲み込んで、俺にゃあまだ届かないが良いところまできてる」
「へー。俺は夏候覇。父さんが世話になったみたいで」
「雑賀の朔弥と申します。むしろ私が将軍にはお世話になってばかりで。そのように言っていただけて光栄です」

まわりに居る兵がするように礼を取る朔弥に「息子にゃあそんなことしなくていいぞ、堅苦しいのは俺に似て苦手なんだ」と肩を叩いてきた。確かに以前夏候淵に同じ様にしたら堅苦しいからやめやめ。としないように言われ、それ以来失礼のない程度にはしている。
困ってチラリと孫市を見れば「そういってんだから止めとけ」と軽く言われてしまった。


「それに俺も孫市さんには世話になったし、お互い様ってやつで」
「そう、なんですか」
「そうそう。俺が孫市さんに頼んでここまで連れてきてもらったんだ。父さんが居たって言うここまで」
「……?」
「そうか、お前まだ会ってないからわからないんだな。言ったら俺たちは未来から来たんだよ」
「頭でも打って記憶飛んだんじゃないの孫市。未来からきたなら今の孫市何処にいるの。というか今の孫市の存在が危ない。というかその発言がもう危ない」
「お前な…」

冷静な突っ込みが鋭く孫市の発言に突き刺さる。
実際孫市と夏候覇の言っている未来は事実なのだが今の夏候淵も朔弥もそれを知らないので無理はない。それを素直にはいそうですか。といえるほど朔弥は純真でも無垢でもない。疑ってかかるのが生きる道だと教わっているのだ。

「まあ、落ち着いて落ち着いて。孫市さんの言ってる事は本当なんだ。孫市さんの記憶にあるここで、父さんがここに居たっていう事実があって…それで、ここには朔弥さんが」
「つー事はだ、孫市お前近くに朔弥が居るのに気づかずどっか行ったってことか」
「そう…だな」

夏候覇の一言がら場の空気が一転。心なしか孫市が一歩後ろに下がった気がする。
朔弥のちょっと冷ややかな目が孫市の腹部に刺さり、どうにか弁解しようとする孫市が唸り始めた。

「お、俺だってよ、雑賀集がいたんだよ。大勢の命守ってんだ」
「おう、奇遇だな。俺もだぞ。いやー、朔弥がいてくれたから狙撃は任せっきりだったけどよー、良い仕事してくれたぜ」
「いえ、将軍が私にまで目をかけてくれたので、それに応えたまでのこと。そこまで私を信頼していただけて光栄です」
「それに、朔弥なら大丈夫だろうと…」
「そういえば朔弥、見つけたときにしてた怪我の具合はどうだ?足挫いてたんだっけかな」
「はい、馬を貸していただけたので早く治りました。あのままでは悪化して立てなくなっていたかもしれません」

まるであて付けといわんばかりに夏候淵と朔弥が孫市の話に被せて会話する。
孫市と夏候淵の仲が悪いわけではないのだろう。しかし夏候淵としては助けた雑賀の人間が意外と使え、しかも腕がいいときた。それに近くにいたくせに仲間を見つけられなかった孫市にちょっとした意地悪のつもりで遊んでいるのだ。それに朔弥は乗っかったにすぎない。

「…ん、お前足挫いてたのか」
「軽く。歩けなくなかったけど走れないくらい」
「悪かったな」
「足場が悪かっただけ。孫市は悪くないから」
「夏候淵、うちの朔弥が世話になった。礼を言うぜ、なんたって朔弥はうちの稼ぎ頭候補なんだからな」
「そうか、なあ朔弥。どうせならうち来いよ。俺が弓を教えてやるし、そうだ、俺の息子なんてどうだ?童顔だが良い奴だぞ。親ばかだけどな!」
「な、勧誘だけじゃなくて嫁入りさせるつもりか!」
「そんな夏候覇殿に申し訳ないです。私みたいな人間が」
「乗り気になるな!」
「息子よ、どうだ朔弥は。お前よりも背は高いが、武ではお前の支えになるぞ。それに狩りが上手くてな、猪くらいなら一発だ」
「えー…父さんやめてくれよ…」
「ついでにいうと夏候覇くらいなら素手でも倒せるぞ」
「大剣振り回している人相手にさすがに素手は無理…そんなに怪力じゃない」

そこはやけに現実的な朔弥の一言。むしろ嘘言うなよという雰囲気まで出している。
またそれを感じ取った夏候淵がのってくるではないか。

「おいおい孫市、いくらなんでも女相手にそれはない。なあ朔弥」
「どちらかといえば後ろから…こう」

刃物で突く、そして腕を回して首を絞めるような仕草があまりに生々しくて今度は孫市だけではなく夏候覇までも引いた。
しかしそれは今まで夏候淵の元にいた朔弥からしたら日常とまでは行かないが、頻繁にあった事だ。さすがに後ろから一突きはないが、後ろからの狙撃はなれたものだし、銃を使って罠を仕掛けたこともある。表立ったことは苦手だが影で動くのが得意というより性にあっているのだ。

「いいか夏候淵、朔弥はうちんとこの稼ぎ頭候補だからな。貸してやるくらいはいいがやれん。高いから覚悟しておけよ」
「よし、じゃあうちの息子貸しやるから朔弥貸してくれよ。銃だけじゃ勿体無い、これは弓の名手になるぞ」

いやああどこうだ、ならこれならどうだ。いやあれだ、それだ。と親と頭が揉めている。
残された朔弥と夏候覇が呆れて物が言えない状態で、お互いを見て苦笑いをして笑顔が無駄に引き攣っている。
片方は親だし、片方は集団の頭。無駄に恥ずかしい。

「すみません、孫市が…」
「いやいやいや…父さんも迷惑かけて。でもあの父さんが褒めるなんて」
「孫市へのあて付けといいますか、多分遊んでいるのだと思います。随分私を励ましてくださいましたから」

優しい方です、夏候淵将軍は。と朔弥が言うと、夏候覇はなんともいえない表情で朔弥と自分の父親である夏候淵を見比べていた。

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