「いいかい?喧嘩は両成敗なんだからね!」
ゴチン。二人の頭にねねのゲンコツがおろされた。
振り下ろされた握り拳は思いの外強力で、うっかり涙が出てしまう程だ。
これは舌を噛んだら大変だ。
「まったく、喧嘩の原因は朔弥が話したがらないから今回は聞かないけどね。次はないと思ってなさい」
ねねはパチン。と手を叩いてお説教お仕舞い。と笑った。
喧嘩の原因はほんの些細なことだ。
恐らく、普段であれば殿もそんな事を雑賀の娘に言わないだろうし、娘も受け流すのだろう。
そばで事の発端を見ていた左近は知っていたのだ。
ただ娘がねねにそれを言わないのだから、いいのだ。
「あの、おねね様…」
「なんだい?」
「あ、足が…」
「?…ああ、痺れたのかい?仕方ないねぇ」
足崩しなさい。とねねの許しが出ると朔弥は足を崩し、小さく唸っている。
ここでその足をつついたら面白いだろう。
そう思って眺めていたのが三成に見つかり、睨まれた左近は目線をさっとそらし、知らぬ顔を決め込んだ。
「朔弥、少し休んだら部屋に戻りなさい。まだ終わってないんだからね」
「え、ま、まだやるんですか…?」
「当たり前だよ!まだ普段着も揃え終わってないし、戦の時に着る着物も、寝間着も、鍛練着も」
「そこまでお世話になるわけには…」
「いいの!あたしがやりたいんだよ、なんせ女の子がいないからねぇ…あたしは朔弥が可愛いのさ」
ねねは本当に嬉しいのだろう。
ニコニコしながら「あと鏡や櫛、簪も揃えよう。紅も欲しいね」と一人やる気満々だ。
こうしてはいられない。とねねは三成と左近に朔弥をしっかり部屋に送るように命じると「忙しい忙しい」と走り去った。
「…お前、何故おねね様に言わない」
「何を、でしょうか」
「口論の事だ」
「ああ、私記憶力がすこぶる悪いのです。原因が何が忘れました」
「雑賀のお嬢さん、あんた…」
「私は、覚えていません。覚えているのは、三成殿を…背負い投げた事だけです」
違う、本当は覚えているのだろう。と言いたくなった。
しかし、顔を背け、何か隠そうとしている。
「礼は、言わんぞ」
「……」
「雑賀のお嬢さん、どうしてまたおねね様から逃げてたんだ?」
空気に耐えかねた左近が朔弥に尋ねた。
このままではこの空気のまま。
何か違う方向に話をそらさなくては身動きがとれないと判断したのだ。
朔弥は「笑いませんか?」と小さく聞いてきた。
「笑いませんよ、ねえ殿?」
「…ああ」
「………おねね様、私着物も着てみないかい?って、あの、短い、着物…出してきて、脱がされそうに…なった、ので」
赤面するお嬢さんが妙に可愛いくて仕方なくて。
…それよりも、おねね様は可愛いからといって遣りすぎた。
でも分からなくともない。
左近は内心頷いた。
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