呪術 | ナノ
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夏油傑に攫われて数年という時間が経過したのはわかる。
ただ不思議なのは案外自由だということ。テレビもラジオも自由に見いたり聞いたりできるがインターネットの使用は許されなかった。それは当たり前である。高専に連絡を取られたら困るからだ。それは出来ないがテレビゲームはネット回線を使用しなければ普通に遊べて、なんなら夏油傑本人だけでなく部下である人間たちとも遊べた。夏油を「夏油さま」と慕う女子中学生とは対戦したり一緒に攻略したり、昔のゲームに挑んだこともあった。
部屋だって悪い部屋ではない。
大きな施設の一室、お屋敷の一室。そのような作りだ。和室であったので布団だが良い布団で寝心地は良いし夏は涼しく冬は暖かい当たり空調がよく効いているのがわかる。
食事も適切だったし、運動も適度にできた。併設されているのか夏油個人の物かは不明だがジムのような部屋もあって夏油の許可と見張りがいれば自由に使って良かった。
ある意味至れり尽くせり、というやつである。
ただ首にある悪趣味な首輪さえなければ、であるが。

「それは名前が呪霊を使えないよう、取り込めないよう、呪力を使えないようにしてある首輪。勿論君には取れないよ」

と初日に言われて思わず「悪趣味…」と呟けば「名前が私と一緒に居てくれるなら取ってあげるよ」と言われた。
そもそも名前自身呪詛師になるつもりもなければ、なりたくもない。平穏無事、という高望みはしないが呪術師としての普通でいいと考えている。
幸せは夢だが、夢は夢でしかない。叶わないから夢なのだ、と諦めている。
夏油の様に叶えるために行動する、という無駄な行動力は名前には備わっていない。

百鬼夜行を決行するよ。と夏油は名前と一緒に夕食をしている時に名前に言った。

「……そうですか、じゃあ私もこの生活とはお別れですね」
「そうだね」

どちらに転ぼうが名前にさして変わりもない。
夏油が勝てば今のまま、少し状況は良くなって外に多少の監視はあって出ることが出来る可能性もある。
高専側が勝てば尋問等の面倒な事があるのは確実だが、それでも五条家の力で自由に慣れる可能性がある。
小さいようで大きな差である。
「暫く騒がしいと思うけど、良い子でいてね」と言われれば名前は大人しく「はい」と返答する。いちいち噛みついていたら名前が疲れるだけだと学習したのだ。

それから数日、名前が部屋で欲しい本があると強請っていた本を読んでいた時の事だ。にゃあ、にゃあと猫の鳴き声がする。
名前の部屋には窓があり、そこから探せば一番大きな木の枝に小さな毛玉が見えた。

「ねこ…なんで」

夏油の敷地といえど猫程度であれば出入りが出来るのかもしれない。確かに鴉や雀もピョコピョコしているのを見ていたし、名前が出られないだけで信者の出入りも遠目でみているのだ、ここから出られないのは名前だけであれば納得だ。
簡易帳、むしろ名前だけに限定してしまえば呪具だけで拘束できるのだから容易だ。
敷地内、夏油のプライベートな敷地であれば名前は自由に外にでる事が出来る。
「日光に当たらないとね」という夏油の考えなのか、室内ではストレスが溜まるからなのか。そこは幸い夏油のプライベートな敷地の範囲である。名前は外に出るために草履を引っ掻けて木までやってきた。
見上げればやはり高い。
夏油の部下に頼むにも数日後に百鬼夜行を控えた敷地内にはプライベートな敷地まで入れる人間が居なかった。
しかし見つけてしまった手前猫を無視するのも忍びない。呪霊操術を使えばどうにかしてやれるが封じられてしまっている。
木登りはしたことがないが、まあどうにかなるだろう。そんな軽い気持ちで名前は木に手をかけて登り始める。
ジムで鍛える事をしていてよかった部分である。木登りのテクニックはないが、無理矢理よじ登るだけの体力と筋力があるのだ。

「よー…し、猫、こっち」

みやう。と小さな体の猫を捕まえる。
下を見れば、下から見上げていたよりも高さを感じて身が縮こまる。
高いところが恐いわけではないが、足場がこんなにも不安定では思う様にうごけない。
風が吹けば木は揺れるし、寒いから手がかじかんでいる。登っている時は気にはならなかったが、落ち着いてしまうと恐怖が生まれてしまった。
猫を片手で固定し、ゆっくりと、ゆっくりと体を動かして降りるべく慎重に足場を探す。

「…あっ」

突然の突風。
掴んでいた手はすべり、足場を探していた足は引っ掻ける場所を失って視界は反転する。
実戦をしていた時から時間が経ち、感覚はあるとしても体が追いつかない。自分を守るだけなら力技も出来ただろうが折角助けた猫が犠牲になっては元も子もない。
衝撃と息が出来ない。走る痛みは生きていることを名前の頭に知らせ、同時に負傷したという警告も発している。

「あ…ぐ…った」

腕が痛い。脚が痛い。腰も、頭も。
痛い、痛い、痛い、痛い。こんなに痛いのは、いつぶりだろうか。
誰かの声が聞こえる。と思うのと同時に名前の意識が遠のく。ゆっくりと、モノの気配も音も、世界がゆっくりと。


「あ、起きた。私言ったよね、良い子で待っててって」
「…………」
「腕は骨折れてるけど他は軽い打撲程度。硝子みたいな反転術式使える術師居ないんだよ、わかってる?」
「ねこ…」
「ああ、あれなら今美々子と菜々子が構ってるよ。可愛いって喜んでる。どこから入ってきたんだろうね」
「木に、いて…降りれなくて、可哀想で」

気が付けば自室、というのだろうか。布団に横になり、隣には夏油が看病するように座っている。
名前の腕にはギプス。他は軽い手当があったのか何か貼られている感覚がある。

「呪霊、使えたら怪我しませんでした」
「…終わったらね」
「終わるんですか?」
「終わるよ、終らせる」
「…さよならですね」
「私が勝つから、さよならではないね」
「凄い自信ですね…」
「まあね。ご飯はどうする?食べられそう?」
「………まだ、食べたくないです」
「そう?私達まだ準備があるからまたすぐ出るけど、台所に準備だけしておくからレンジで温めるといい。痛み止めや色々な薬も飲むんだよ、ここに置いてあるから」
「…………おかあさん、って、こんな感じなんでしょうか」
「私は名前のお母さんではないよ。でも、たぶん、こんなだろうね」
「おかあさん、妹に、つきっきり。おばあちゃんと、おじいちゃん…居てくれた」
「名前、骨折で熱があるね。寝なさい、起きれたらご飯食べて。良くなるころには全部終わっているから。終わらせてくるから」

今度こそ、良い子でね。という夏油。
名前はそれに「そうですね、動けませんし」と可愛げなく答えた。

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