呪術 | ナノ
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「東京に戻ったんだね」

東京に戻って数度目の休日。繁華街に出てふらふらと宛もなくウィンドウショッピングをしていた時に嫌な声が名前の耳に入った。
引っ越してからは隣の部屋には使用人を住まわせ、名前の部屋には時折義兄が「疲れたーなんか甘いもんない?」と顔出す。
相手は当主で義兄、文句は遠慮なく言うが権限はあちらで強くは出ることができない。
使用人だって不要だと言ったが付けられた。まあ「だめ」の一言で押し切られたわけだが。
今の住居、部屋だってこんな広くなくていいしセキュリティだって求めていない。しかし却下というよりも「僕が選んだから」の一言で終わる。
最初から話し合いという選択肢はなく、「こうしたから」という最終通告なのだ。

「……げ、とう、さん」
「やあ」

うげぇ。とあからさまに名前は嫌な顔をするが、夏油はそんな事は気にしないとでもいう様ににこやかに接する。

「いいんですか?クソアニキが飛んできますよ」
「今九州にいるから名前が言わなければ大丈夫だよ」
「…よくご存じで」
「まあね。私のエサに東京に戻したのに肝心な時に居ないね悟」
「狙って来てるじゃないですか」
「あ、わかる?私だって親友とやり合いたくないからね」

そうですか。と名前は興味が無いと言わんばかりに歩き出す。
往来の多い土地である。周りには家族連れ、カップル、友人グループ、一人での買い出し様々な人間がいる。
高身長で一般的にイケメンと呼ばれる男性が居ればそれだけで目立つ。
名前は距離をとるが夏油はそれを許さない。

「スカウトであればお断りします」
「えー。ここで無理矢理連れて行っても良いけど、残穢が残ると厄介だしな」
「…そういえば、七海さん、復帰したんですよ」
「ああ、聞いてるよ。あの七海がね…仲良かったっけ?」
「いいえ、特には。でも、大人になって、話す様になりました。思っていたより優しい人でした」
「へえ、意外。名前そういうのがタイプなんだ」

違います。と言うが夏油はニコニコしている。
名前は大人になって、成長してからわかったのは夏油は非術師が嫌いなのだという事。だから呪術師と呪術師が親密になるのは好ましいのだろう。
ただ義兄と信念、信条が違うから相容れないのだろう。
あの村の襲撃は能力がある双子と名前以外の惨殺。補助監督は最終的にそれが原因で死亡している。
一番意外だったのが義兄が夏油を逃がしたことだ。
それから名前にちょっかいを出す夏油を殺すため、五条悟は名前を近くに置いたのだ。

「じゃあ伊地知?私彼よく知らないんだけど今補助監督でしょ?それよりは七海が良いと思う」
「恋バナしたいんですか?義兄に電話して差し上げましょうか」
「今はまだ悟とやる時じゃない。あ、学生の時の約束覚えてる?」
「…約束、ですか?殺すとか、そんなですか?」
「違うよ。ご飯食べに行こうってやつ」
「……そんな約束しました?それなら今義兄に電話しますけど」
「悟と和解した?」
「まさか。当主が私をそのために東京に呼んだからです」
「名前昔から悟苦手だもんね」
「夏油さんもですけど」
「あっはは。名前も言うようになったね」

どうせ何処に行ってもついてくるし。という諦めだろうか。
宛もなく歩いていた脚はもっと宛がなくなってしまった。
食事をするには腹は減っていない。帰るに帰れない。SOSを発したいが今の状況では無理だ。呪霊を使っても夏油の隣では夏油の呪霊に飲み込まれ終わりだ。

「……疲れました」
「そう?ホテル行く?」
「うわ……」
「冗談だよ、そんな引かなくてもいいじゃないか」
「カフェならまだしも…」
「そんなつもりも気もないだろ?」

不毛である。
名前は逃げたいが逃げるだけの能力がない。いや、夏油の方が数段上なのがわかっているから一手がでない。
いい加減諦める、飽きる、そうならないだろうかと願う他ないのだ。
同じ術式だが能力は夏油の方が上、それはどう足掻いても覆らない事実なのだ。
京都に居る時に義兄に特級推薦が来たが楽巌寺が許さなかった。
それは嫌がらせ半分、名前が特級呪霊をあまり持ち合わせていないという事、呪霊の等級が上がる程取り込む時の身体の負担が大きい事、となんだかんだ理由を付けて取り下げさせたのだ。

「いい加減、もう辞めてもらえませんか」
「うん?」

人通りが少ない路地まで移動する。
人が少ないと言えど、まだ雑踏が近い。ここも暗くなれば居酒屋やちょっとした食事ができる店が並ぶ通りだ、人が居ないと言い切れない。

「私は夏油さんが求める存在ではなし、ただ五条家の遠縁で呪霊操術の買われた人間でしかないんです。夏油さんが思う世界に共感しないし、だからと言って夏油さんに抵抗して無事でいられる能力もありません」
「へえ?」
「夏油さん、会いに来られると警戒が上がって迷惑なんです」
「うん」
「聞いてます?」
「うん、聞いてるよ。頑張って理由考えてるなって思って」
「………夏油さんて、面倒ですね」
「そう?名前が私と来てくれれば全然面倒じゃないよ?大体名前は名前が思う程無能じゃない」
「無能だとは言っていませんけど」
「おっと失礼。じゃあ逆に聞くけど私ときたくない理由って何?離反したから?」
「呪詛師だからですよ。あと個人的な事を言えばあれだけの事をされたからです」
「あー…そうだ、よねえ…確かに私、名前に酷い事したね……うん…」

忘れていたのか。という名前の苛立ちがあったが、まあそういう男なのだろう。
名前にしてみればトラウマもので、こうして会話ができるあたり感謝して欲し…いや、消えてほしいくらいだ。
今まで強気な目で名前を見ていた目はだんだんと弱気になっている。
夏油からしたら一時の激情で同じ術式の格下の女の子を殺しかけた。
そして殺されかけた名前がどうして夏油に好意をもつか、一緒に行こうと思うのか。
夏油からしたら名前に対する哀れみ、同情、苦しみを分かち合える。そんなものだった。ついでに同じ術式が二人いたら色々楽だろうなというちょっとした興味。

「ねえ名前。どうして君は猿を許せる?」
「別に…許すも何も、必要がないから」
「私達を消費するだけの存在が?呪霊を生み出す存在がか?」
「だって、私達だって無意味じゃないですか」
「……無意味?」
「ええ、私達は無意味なんです。物語が好きだから生きる理由だの生まれた意味だの、運命の人だの馬鹿馬鹿しい。すべての存在は総じて無意味、無価値、理由も意味もないんです」
「……はは、名前らしいね。じゃあ私がこうして名前を迎えに来るのも」
「理由も意味もない、ただ自己満足でしょうね」
「私は私に価値があると思っているよ」

そうですか。と名前は軽く鼻で笑って答える。
価値が、意味があるならそれでいいじゃないか。と。

「だから名前だって意味があるし価値も理由もある、ないなら私が作るし与える」
「あ、結構です。私このままで構わないので」
「…自分の意思と無理矢理、どっちがいい?」
「んー、できれば見逃してほしいというか、関わりたくない、というか」
「帳落とす?」
「力ずく…でも申請が無い物はすぐ通報されますよ」
「私素早いから」
「やる気満々じゃないですか…」

バッグについていたキーホルダーを名前は思いっきり引っ張る。
防犯ブザーの類かと思って警戒する夏油だが肝心の音が鳴らない。

「それ、壊れてる?」
「いえ、正常です。これ音が鳴らない代わりにGPSが即起動して連絡が入る代物で、今頃クソアニキの携帯に連絡が行っている頃かと」
「うっわ…」
「本当なら夏油さんにあった時点で使わないとなんですけど」

コレ使うと暫く護衛やらなんやらつくから嫌なんですよ。と名前は呟いた。

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