呪術 | ナノ
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京都校に転校して数年。
楽巌寺学長には五条悟の義妹という事で最初こそ色々言われたが保守派の好む術式、義兄嫌い、素直で従順であれば楽巌寺学長も可愛がらないはずがない。
嫌っている五条悟の嫌がらせになるのならばと楽巌寺は名前を可愛がり、五条と関わる事をことごとく躱させて徹底的に五条悟と五条名前を接触させなかった。
そのこともあって名前は無事に高専を卒業し、高専所属の呪術師となってなった。
任務が終わって現地解散となり、名前は空腹だとラーメン店に入る。
ラーメン店はどちらかと言えば男性がターゲットなのだろう。女性一人で入ってきた名前はとても浮いている。
カウンター席に座り、店主に注文をきかれ、一番無難そうなものを頼んで、ラーメンが出てくるまで携帯をカチカチといじる。
すると不意に隣に気配を感じる。どうやら人が座ったらしい。さほど混んでいるといえない店内にわざわざ隣にくるなんて、と名前は内心で悪態をついた。

「1級おめでとう」
「……、げ、と」
「その前に卒業おめでとう、かな?」

ふふふ。と名前の隣に座った男性は笑う。
夏油傑、元特級呪術師、現離反して特級呪詛師。
かつて同じ任務で襲撃され、四肢をめちゃくちゃにした本人である。
その上で夏油は名前をスカウトするのだから意味が解らない。

「…最後の晩餐がラーメンか」
「え」
「え。殺しに来たのかとばかり」
「たまたまだよ、私だって生きているんだから腹は減る。まあこんな店入るのなんて何年ぶりだろうね」
「………」
「そうだ、ここは私がご馳走しよう」
「あ、結構です。呪詛師と関わりがあるとバレると厄介なんで」
「ええ…。なんか雰囲気変わったね」
「……」
「悟と大喧嘩して京都校に転校したのは伊達じゃないね」
「そんなことまで知ってるんですね」

お待ち。と出されたラーメンを名前は割箸を持って「いただきます」と手を合わせる。
隣の男無視してズルズルズルとすすり、スープを飲む。
暫くすると隣の男にもラーメンが出てきて同じようにずるずるとすすって大きな溜息をついた。

「久しぶりに食べたよ」
「……」
「あ、卒業祝いにチャーシューいる?」
「いりません。苦手なの知ってて言ってますよね」
「あれ?そうだっけ…」
「何か用があるんですか。ないなら話しかけないでください、呪詛師と関係があると思わると迷惑です」
「誘いに来たんだよ、また」

一瞬だけ食べる手を止め、また食べ始める。
相手は特級、名前は1級。同じ術式だからこそその差は大きい。
ここで戦いになっては被害が大きいし勝てる相手ではない、だからと言って逃げきれる相手ではない。一度四肢をめちゃくちゃにされた相手である。あれから名前も強くなったと言っても相手が特級では差が詰まっただけで追いつくのは到底無理な話。

「悟に助けてって連絡する?」
「まさか」
「酷い大喧嘩だったらしいね」
「うっせえな、黙って食えよ」
「………、ああ、そういう」
「そういう事です」

さっさと食べ終え、代金を払って早々に店を出る。
逃げなければ、というよりも、あそこに居てあの人の近くにいることが苦痛だからだ。
カバンに入れていた携帯を取り出して伊地知に冗談っぽくメールで『やばい、夏油先輩と遭遇した』と送ってみる。
同級生だった伊地知は呪術師ではなく補助監督して東京にいるし、今の時間は任務中だろう。きっと返信はこない、こなくていい。と送信画面を見て携帯をたたむ。
少しだけ足早に、そんな事は無意味だとわかっていても急いでしまう。

「逃げないでよ」
「逃げるでしょ、あんなことされて夏油先輩じゃないですかーなんて、言うと思いますか」
「まあ…それに関しては反省しているよ、ごめん」
「ドメスティックバイオレンス男がいうセリフ1ですね」

すっと横に並ばれる。
長身で大きく、酷く威圧感がある。
そうだ、だからだ。と名前は思い出す。
だから苦手だった、大きくて威圧感があって、逃がさないという迫力があって、優しい顔をして迫ってくる。
義兄の悟とは違った圧があって、最初から苦手だった。

「……、とば、り」
「ごめんね、話がしたいから小さいのを降ろさせてもらったよ」
「…………」

逃げ場がない、いや、そんなものは最初からなかったのだ。
見つかった時から逃がそうなんて思っていなかったのだ、夏油傑という人間は。

「私には、ないです…」
「私と行こう?私には君が必要なんだ、名前」
「違う、私じゃない。私の術式が欲しいんだ、同じ、呪霊操術だから」
「違う。君が、名前がそんな思いまでして猿を助けなきゃいけない理由はないだろう?猿が居なければ呪霊は生まれない、生まれなければ苦しまなくていい」
「巻き込まないでください、そうしたいなら勝手にしたらしい」
「名前!」
「私のためじゃない!夏油先輩がしたい世界にしたらいいじゃないですか!」

自分がしたい事を私の為みたいに言わないでよ!と名前は吠えた。
泣きたくはないが、高ぶった感情に反応して涙が流れた。
相手は特級の元呪術師で現呪詛師。男で、体格も良い。
呪術がなくても名前なんて簡単に力でねじ伏せられる。首を絞めれば名前なんて抵抗する間もないだろう、殴られればひとたまりもない。
呪霊だって名前を殺すには十分すぎる程いるし、拷問の様に苦しめてくるのだって片手間もないだろう。

「じゃあ、君を言値で買おう」
「……、は、い?」
「私は君の能力が欲しい。名前の意思で私と一緒に来てほしいけど君は違うんだろう?ならビジネスの話だ、雇用関係を結ぼう」
「……は、へ?」
「私が雇用主、君が…社員?部下?手下?そんな感じ」
「…げとう、せんぱいって…そんな、でしたっけ…」
「はははは、君だって高専と随分と違うよ。あともう先輩じゃないんだけど」
「…確かに」
「ね?悪くないだろう?五条家に恩があるわけでもないだろうし、それなら私が高専以上に支払おうじゃないか」

土日祝日、有給もあるしボーナスも支払うよ!給料は今の1.5倍、いや、何倍でも。とニコニコと笑う夏油。
名前からしたら、どうしてこうも誘ってくるのかがわからない。恐い。
同じ術式である、というなら名前にはそれだけでしかない。
帳の中では助けは望めない。特級が降ろしたのだから強固だろうし、縛りもあるだろう。
不意に名前の携帯が鳴り響き、名前はゆっくりとカバンに手を伸ばし携帯を見る。

「あ…」
「誰だい?」
「い、伊地知…く、ん」
「ああ、名前は仲良かったもんね。今もやりとりしてるんだ、転校しても」
「ちょ、なにす」
「私が出るよ」

携帯を奪われ、逃げないようにと腕を掴まれる。
帳の中で逃げることはできても出る事が出来ないのだ、結局は逃げられないのに無駄な事をする。と名前は奪われた携帯を見て思う。

「もしも…って、なんだ悟か。うん?そうそう、今名前と一緒。え?言うわけないだろ、私離反したんだし」

まるで旧友、いや、旧友なのだ。
名前の義兄とこの男は。背面ディスプレイには伊地知の名前であったが伊地知の携帯を使った義兄がかけていたのだ。
補助監督をしている伊地知と義兄。同じ東京にいるのだから任務で一緒になる事もあるだろうし、あの性格だから義兄にいいように使われている可能性もある。
伊地知は優しいので名前が気にしないように、と黙っていた可能性だってある。
東京校に居た時に名前が義兄で爆発したのを見た人間だ、誰よりもそれにかんしては気を使っていてもおかしくはない。

「今名前をスカウトしてるんだよ、邪魔しないでほしいな。……え?でも名前は悟の事嫌ってるんでしょ?噂で聞いたよ、大喧嘩して名前は京都校に転校させられたって。事あるごとに悟の目に入らないように隠されたとか。え?違うの?加茂家の嫡男に気に入られたからって加茂家に出入りしてるのは?知らなかったの?嘘でしょ」

世間、いや関係者以外ではそういう風に伝わっているのかと名前は苦笑いをする。
事実は違うのだ、まあ名前の目の前にいる男はそう聞いているから、そうと思っていたわけだが。
名前が進んで京都校に転校したのだし、義兄から逃がしてくれたのは楽巌寺学長である。
ついでに加茂家の出入りは楽巌寺学長が加茂家と親密で、最初は名前への嫌がらせで加茂家に同伴させていた時に嫡男である憲紀に懐かれてしまっただけである。
その後楽巌寺学長にも可愛がられるようになり、余計に加茂家への同伴頻度が高くなっただけで、それ以上も以下もない。子供の相手だなんてまっぴらごめんである。

「名前、加茂家に出入りしてるよね」
「え、まあ…楽巌寺学長に連れられて、強制的に」
「ほら、名前が加茂家に出入りしてるって認めてるよ。え、それは…私だって噂で知っている程度だよ、悟が名前を使って加茂家をどうにかしようって魂胆だとか」
「えっ」
「名前も驚いているから、まあ本当に噂なんだね。君ら二人仲悪いのになって思ったんだよ。演技なんてできないだろ、悟。そろそろ切るよ、私はまだ名前とお話をしないと。え?だから場所を教えるなんてするわけないだろ?前みたいなことは絶対しない、約束す……まあ、そうだね」

じゃあね。と勝手に奪った携帯を切って名前に差し出す夏油。
恐る恐る受け取ってディスプレイを見て、いつもの画面になっている。再度かかってくる様子はないが、あの義兄の性格からしてかかってこないのが不思議だ。

「悟と会話してしまった…今日は日が悪いみたいだ、帰る事にするよ」
「いやです…」
「え、名前…?」
「もう来ないで下さい」
「それは駄目かな。名前が頷いてくれるまで来るよ」

帳は小さいと言えど目立つからね、そろそろ補助監督か呪術師が来そうだし。と夏油は名前の腕をはなした。


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