呪術 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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五条名前という学生は比較的大人しく、素直で、言えば優等生。
あの五条悟の遠縁で、その五条悟が金で買い付けて義妹にした。
その理由は親友である夏油傑と同じ術式であったから、だ。
ただ誤算があったとしたら、その取り込み方だろう。あれは呪霊が大きいだけ名前の身体に負担がかかる。その辛さは誰も知りえないし、あの夏油でさえ呪霊を取り込む苦痛は名前と共有は出来なかった。なにせ二人の術式は同じといえど、取り込み方が大きく違うのだ。
そんな名前がある日爆発した、いや、本当に爆発をしたのではない。感情が爆発して義兄の悟と大喧嘩をしたのだ。
今まであんなにも大人しく、従順にしていた名前が、だ。
夏油傑によって酷く体を損傷し、家入の反転術式で回復し、それでなくても色々必死にしていたところに義兄に色々言われたのだ。

「あああああああーー!もう、うるさいウルサイ煩い!!夏油先輩みたいにできるわけないじゃん!!馬鹿なの!?あっちは特級、いまやっと準2級になったばっかりですけど!!あったまおかしいんじゃないの!?」
「な……」
「だいたいね、つい最近まで普通の家庭の一般人だったんですけど!それが呪霊操術?だのなんだのいってさ、こうして頑張っているけどさ、年期が違うってわからない!?男女の体格差やら体力差とかさ、なーんもわかってないじゃん!!だいたいさ、私が呪霊取り込むのどれだけ命がけかしらねーの、おまえだろ!?ふっざけんなよ!!」
「名前さ…」
「最強だかなんだか知らねえけどな、人の事なんも知れねえクセして『強くなれ』だの『傑はそうじゃなかった』だのうっせーんだよ!!だから夏油先輩だって嫌になったんじゃねーの!?辛くてしんどくて、どうしようもならなくなんたんだよ!!ばーか!!!」

ハラハラと名前と悟を交互に見ている伊地知。
名前の同級生で二人で任務についての報告書やら課題をやっている時に絡んできた悟に名前は堪忍袋の緒が切れた。
これでは悟もキレて個々が戦場になる!と伊地知は思って教師を呼ぶべく走った。
今まで比較的温厚で、大人しくて、優しかった名前が。あそこまで口悪く吠えたのだからよっぽどだったのだろう。
伊地知は必死に走り、五条の担任である夜蛾の元に走った。
夜蛾は伊地知の必死の形相にやや驚いていた様子だったが「五条先輩と名前さんが…けっケンカを」と言って事の重大さに気づいて急いで伊地知に案内をさせる。
特級と準2級では実力に大きな差がある。名前は今まで一般家庭の出身でここでやっと任務をして体術を身に着け、と色々している最中。術式のおかげで準2級といえどまだまだ一般家庭から来た女子でしかない。
片や生まれた時から呪術師の家系で六眼を持って、任務だって山ほどこなして体術も体格も全てにおいて名前より勝っている悟。
その二人がケンカなどしたら名前が大怪我をするのはわかりきっている。義妹で、しかも金で買われた名前など五条家が擁護をするはずもない。当主である悟に逆らったのだから命があるだけマシだ、というだろう。呪術師の家系とはそういうものだからだ。

「お前だってなんも言ってねえじゃねえか!」
「苦しんでるの見て笑ってたの手前だろうがよ!人が胸押さえてひいひい言ってんの腹抱えてゲラゲラゲラゲラ笑ってさ、誰が相談すんだよ!頭相当沸いてっから白いんか?あ!?」
「そ、そんな、すぐる、は違ったし…」
「傑傑傑、二言目には傑ってお前のかーちゃんか?寂しいなら追いかけていけよ、愛しいママのところによ!こっちにネチネチ言って傑は帰ってくるのか?あ?こっちはな、傑じゃねえんだよ!!」
「名前、やめなさい。落ち着け。悟は教室をでて寮の自室で待機しろ。伊地知は名前が好きな飲み物自販機で買ってきてくれ」
「は、はい!」
「俺は、ただ…名前に、」
「悟、いいから寮に戻れ」

フーッ、フーッと肩で息をして酷く興奮状態の名前を悟からはなし、名前の暴言に圧倒された悟を寮の自室に行けと何度か言ってやっと悟は姿を消した。
夜蛾自身、名前は大人しくていい学生だと思っていたが、どうやら内心はそうではなかったらしい。いや、女らしく男よりも内面の成長が早くて大人だったのだろう。

「どうした、悟に何か言われたのか?」
「……もう、いやです」
「なにがだ」
「もう、呪術師も、呪霊も、元家族も今の家もクソアニキも、ぜんぶ、大っ嫌い。もうやだ…優しいフリして、みんな、みんな………」
「先生…あの、買って来ました」
「ああ、すまんな。伊地知も嫌いか?」
「伊地知くんは、すき。私の話、ちゃんと聞いてくれるから。さっきは、ごめんなさい…」
「あ、いえ…」
「硝子は?」
「家入先輩はあんまり好きじゃいです…夏油先輩の所に置いていかれたので」
「…七海は」
「………うやらましい、呪術師にならない人、ならなくていい人」
「そうか、そうだな。落ち着いたか」
「……はい。」
「報告書と課題か、二人でよく頑張っているのは知っている。傑の件で辛かったのも知っている。悟が辛いのも知っている。何もできなくてすまない」
「夏油先輩、いっそのこと殺してくれたらよかったのに。そうしたら、終れたのに」

死にたかった。という趣旨の発言に夜蛾は名前も追い詰められているのだと確認した。
しかし名前は五条家の養子とはいえ五条家の人間で、その主はあの悟である。
今の口論で名前に圧されていたのは確実だが、それでも義兄で当主だ。
教諭からの視点でいうならば名前は暫く休んだ方がいいだろう、夏油の件から子供には重すぎることが続いている。
伊地知に「連絡するまで寮に戻るな」と言って、教室を出た。

「名前さんも、怒るんですね」
「内心常にブチ切れだよ。表に出してないだけ。あ、このお金払うね」
「いえ、いいんです」
「じゃあ、私も伊地知くんに買ってくる。先生寮に行くなって言ったけど自販機コーナーは駄目って言ってないし」
「え」
「行ってくる」

走って自販機コーナーまで走り、また走って戻る。
前に「これ好きなんです」と言っていた缶コーヒーを片手に「お待たせ」と渡せば「じゃ、じゃあ、ありがとうございます」と受け取る伊地知。
頑張って会話をした方がいいのだろうか、と心配して伊地知が必死に話題を作る。
「あの課題難しかったですね」「実習は大変で、呪術師じゃなくて補助監督の方がいいんでしょうか」「七海先輩は一般企業にいくそうですが、どんなところに行くんでしょうね」と思いつくまま必死に。名前も頑張ってそれに応えるが、だんだんと声が小さくなる。

「…疲れましたよね、すみません」
「ううん、ごめん。うまく、しゃべれなくて…」
「……」
「私怒られるかな」
「え?」
「クソアニキに酷い事言ったし」
「く、くそあにき…それも十分暴言ですよ…」
「だって今まで義兄だからって兄さんって呼んでたけど、もうだめ、クソ、超クソ。まじでクソ、クズ。世の中のお兄さんに謝ってほしいくらいのクズなんだもん」

持っていた缶がメコ…メコメコと音を立ててへこんでいく。今まで蓄積された怒りがそれに向かっているらしい。幸いなのは中身が空だということだろう、中身がまだ入っていたなら溢れていたに違いない。
それを見て伊地知が「ひい」と小さく悲鳴を上げた。

「…一応、私買われてきた人間じゃない?当主に楯突いたんもん、どうなるかな」
「夜蛾先生もいたので、大事にはならないと…いいですね」
「あーあ、これなら夏油先輩について行けばよかった」
「え」
「そうしたらクソアニキとはおさらばだし、元の家族だって本当に縁が切れたのに」

伊地知に名前の今までの事はだいたい知ってはいるが、名前がどう思っているかまでは知らない。名前も言った事はないし、伊地知が聞いた事もない。
好奇心で聞いていいモノかもわからなければ、もし聞いて唯一の同級生の機嫌を損ねてしまっては色々よろしくない。そんな事もあって伊地知は黙って俯いた。

「ああ、居たな伊地知、名前」
「先生」
「今悟と話してきた。名前、京都校に転校してみるか?」
「え…」
「悟と話した上だ。名前は五条家の養子といえど五条家の子で、術式がある。高専から外れることはできないが今のまま東京校では悟と顔を合わせるだろう?今の名前の状態では良くない、それで勝手に提案した。どうだ」
「……」
「悟も色々と思うところがあるらしい。今すぐとは言わない、色々あって大変だっただろうし、唯一の同級生と離れるしな。やっと慣れたところを」
「行きます、京都校」
「…いいのか」
「はい。当主からの許可がでたのならそれで」
「早い、決断ですね…」
「クソアニキの顔を合わせなくていいなら!」
「………、わかった。これから京都校の学長に連絡して手続をする」

お願いします。と頭を下げた名前の決断の早さに伊地知はただ眺める事しかできなかった。

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