呪術 | ナノ
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12月24日。
数日前に夏油傑が高専に姿を現して宣言した。
12月24日に百鬼夜行を行う。言えば宣戦布告。
呪術師であり唯一の血縁者である名前も参加しろとのお達しを受け、出張中であった仕事を切り上げて急遽戻ってきた。
作戦なんてものは与えられず、戦場に放り投げられた。
夏油傑の血縁者という立場上保守派からの風当たりは常々強かった。その結果だろう。
夏油名前は内通者かもしれないのだから一緒に消えてくれるなら万々歳、と。
しかし名前という人間は呪術師として階級は高くとも特級には遠く及ばない。名前が離反したとしてもさほど大きな傷にはならないのだが、保守派は小さなほころびさえ許せないのだろう。あまりのその様に名前は思わず笑ってしまった。

呪力さえも尽きかけた時、誰かに腕を掴まれた。

「……ご、じょうくん?」
「はーい、お疲れ。名前さん、もういいよ」
「もう、いい?」
「傑は死んだ、僕が殺した」
「………す、ぐる………死んだ?」
「うん。僕が殺した。だからもういいよ」

名前が自分の手を見れば驚くほどボロボロだった。手だけじゃない、足も腹も背中も。術を使う事さえ間に合わないなら肉弾戦だと思ったのかもしれない。
そもそも接近戦があまり得意でないからと鍛えていたとはいえ、ここまでになるほどハイになっていたらしい。

「…痛い」
「これだけボロボロだもん、そりゃ痛いよ。じゃあ硝子のトコ行こうね」

名前さんボロボロ過ぎだから僕が運んじゃうね。と横抱きにされ、瞬く間に家入硝子の待機する野外テントへと連れてこられる。
ポイと簡易ベッドの上に乗せられて、硝子に「うわボロボロ、名前さんウケんね」と煙草の匂いをさせながら笑っている。

「名前さん聞いた?傑死んだって」
「…五条くんが、さっき」
「…………まあさ、名前さん少し休んで。反転術式使って治ってからさ」
「……………うん」
「傑には会えないよ、多分」
「…うん、そうだろうね」
「私が出来るかはわからないけど傑の遺髪はなんかいる?」
「…………わかんない。欲しい気もするし、欲しくない気もする」
「…ん。まあ、期待しないで」

ポンと背中を押された名前。
ああ、治療が終わったのだと押されたままたどたどしい足取りで外に向かう。
ここは怪我人の為のテントであって、終った者は出なければならない。
体の不快感が少ないのは、そうか、怪我をしていたから不快だったのかと今更ながら他人事の様に名前は気が付いた。
ふらふらと歩いて、高専の敷地内に腰を下ろす。
あの日以来弟に会う事はなかったが、まさか死んでからも会えないかもしれないとは名前は考えていなかった。
一応は肉親、死体くらいは拝ませてくれると思っていたのが間違いだったのか。
処刑命令が出ていたのだからそうかもしれない。でも五条ならなんとか見せてくれると勝手に期待していた。
しかし現実は違うらしい。家入硝子の言い方では彼女自身でえ難しいのだ。それらなば、なお名前には難しい。肉親であっても相手は処刑をされる側で、ただの肉親は立ち入れならしい。

「……名前、さん?」
「…ああ、七海くん」
「………お隣、いいですか」
「どうぞ。七海くんもボロボロだね、意外」
「私の台詞です。接近戦は苦手ではありませんでしたか」
「まあ、うん。でも出来ないわけじゃなし…五条くんとか夜蛾学長とかに強力してもらって鍛えてた」
「私に相談してくれないんですね」
「ははは、ごめんね。高専の延長でさ………ねえ、傑死んだんだって。五条くんが殺したんだって」
「…ええ、らしいですね」
「私ね、傑を殺せるの五条くんだけだと思ってたし、私は実力的にも能力的にも無理だってわかってたんだけど」
「………」
「やっぱり、身内の不始末は身内がしないとって思ってた。でも、やっぱり、駄目だってね。そこにさえ行けなかった。五条くんには悪い事押し付けちゃった、本当…本当に」

悪い子だよね、傑。と名前は涙交じりにこぼす。
膝を抱えて、他に抱きしめて耐えるものが無い代わりに。流れた涙が膝に落ちて温かく、そして冷たくなる。
いい歳をして。と言われそうではあるが、事情が事情なので七海も何も言わないのだろう。なにせ弟を殺させてしまったという罪悪感が大きい。それは七海にだって理解できないくらいに。

「ごめんね、ごめんね……全部、全部五条くんにやらせちゃった」
「五条さんに言ってください」
「うん、そうなんだけどさ…」
「それよりもその格好では冷えます。上着を貸すので使ってください」
「七海くんが冷えるよ……私はいい、平気だから」
「いけません」
「一人になりたい。ごめんね、ごめんね…そんなの借りたらさ、もうさ…もう」
「泣いていていいじゃないですか。名前さんはそれだけ大変な思いをしてきました。ではその上着持っていてください、私は他の救護に行きます。名前さんは頭領の肉親ですのでここで待機がいいでしょう、良い印象はありませんからね保守派からは。わざわざ点数稼ぎすることもない。ここでそれ持って隠れていてください」
「………ごめんね」
「……学生時代も復帰してからもお世話になったのでお気になさらず」

頭から被せられた上着。あれだけ体格がいいのだから名前を隠すように覆えるくらいの大きさがある。先ほどまで着ていたから温かく、普段から香水を使っているのか良い香りがする。
名前が小さく「色々狡いな」と呟くも周りに人がいないので返事はない。
とめどなく涙があふれる。
終わった、終ってしまった。10年という時間が名前の居ないところで終わってしまった。そこに立ち会えなかった、とどめは自分がすべきだったと後悔をする。
弟の親友に酷い事をさせてしまった。そんな思いは自分がすべきだったのだと自分を責める事しかできない。
こんな大きな被害を出してしまった身内。酷く苦しい。息が辛い。嗚咽しかでてこない。

「名前さん、こんなとこいたら風邪ひくんじゃない?って、これ七海の?うわ」
「五条くん…ごめんね、ごめんなさい」
「それ、何に対して?傑を殺したことなら僕が名前さんに謝らなきゃだよ」
「親友を殺させてしまった」
「弟を殺した」
「ごめん…私が、私がすべきだった」
「名前さんじゃ逆に傑に殺されてたよ」
「そっちの方が良かったかもしれない」
「駄目駄目、津美紀と恵が泣いちゃうじゃん。僕どうやって説明するのさ」
「……私は魔王に挑んで殺されちゃいました」
「そんなの許さないよ。ムジナ同士仲間でいてもらわなくちゃ」
「………もう、仲間じゃないよ……目的、無くなっちゃった」
「はー?もう恵と津美紀の世話するっていう目的あんのに放棄すんの?あんなに二人懐かれてんのに?」
「もう二人大人だよ……」
「それでも二人には必要でしょ、名前さんはさ。アイツら僕に相談しない事名前さんに相談してんの知ってるんだからね僕」
「……………ふ」
「?」
「ふ、ふふふ…はははははは、なにそれ」

頭からかぶっていた上着から頭を出してグチャグチャの顔で笑う。
親友、そして弟の死をそんな事の方が大事だと言わんばかりの言い草だ。
確かに死人は戻らない。立ち止まらないのは生きている人間だけで、死んだ者は何も言わないし何も出来ない。
それだけの天秤の様に言うのだから、何かがプツンと切れてしまった。

「名前さんにはもっと働いてもらわないと」
「………保守派のお爺様たちの風当たりが強いからな」
「僕を誰だと思っているのさ。五条家の悟さまだよ?」
「あら、こっちは百鬼夜行をした夏油傑のお姉様ですけど?」
「ええ!?あの傑のお姉様なんですか?」
「…何この寸劇」
「わっかんなーい。まあさ、名前さんにはもっと働いてもらいたいのは本心。満足したから死ぬとか無しね。津美紀のウエディングドレス見たいでしょ?」
「………うん。」

正直、傑をどうにかしてから死ぬという選択肢はなかった。でもどこかであったのかもしれない。名前は言われてから気づいた。
確かに今まで傑を軸に動いていた。

「…………そっか、もう他の事していいんだよね」
「最初からそうでしょ?」
「………そっか。うん、でも、やっぱり傑が死んだことは悲しいし、五条くんにやらせてしまったっていう……後悔、だって……ある、し…………」
「うん」
「……今は、まだ……泣きたいかなあ………みんな、死んじゃった……」
「津美紀も恵も、僕のいるじゃん」
「そういうんじゃ…ないよ…………」

やっぱり、家族がいなくなってしまった事は悲しい。
まして親友だった人に殺させてしまった後悔を自責もある。きっと傑なら後悔なんてしないし、笑っていたかもしれない。
色々な感情がグルグルと、それこそドロリとした感情が名前の頭や胸をかき乱す。
恐らく五条悟という人間は夏油名前という人間を励ましているのだろう。
それは名前にもなんとなく察する事ができる。今まで彼は彼なりに寄り添ってくれていた。
だから名前も今まで抑えていた。でも今となっては抑えるものがなくなってしまった、もう会えないのだ。
心のどこかで改心して戻ってくるのではないかという淡い期待も、何もかも。

「ごめんね、ごめんね…五条くん、ごめんね…」

何を謝りたいのかさえわからないくらいに、ただ名前は謝り続けた。


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