呪術 | ナノ
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※ジルコニア(少し前の話)

「お嬢さん」

それは暑い夏の日。
太陽が容赦なく照りつけて、汗が顔の横を伝う。
いつもの事だが義兄は待ち合わせの時間には来なくて、いつもの様に待ちぼうけ。
いつものこと。そう、いつもの事だ。へらへらと「ごめーん」と笑って私のご機嫌をとるために少しお高いお店のドリンクだとか、アイスを買って誤魔化すのだ。
だた、今日は違った。

「………」
「悪い物に憑りつかれているね、祓ってあげよう」
「……」
「あ、ちょっと待って。その防犯ブザーから手を離して。話を聞いてほしいんだ」
「GPS付の即警備会社に連絡が行く防犯ブザーです」
「うん、うん、わかった。わかったから。ちょっとした冗談のつもりだったんだけど……ごめんごめん、だからそのブザーしまって」
「変態は良い顔をして近づいてくると教育を受けていますので」
「………」
「………」

袈裟姿で長身、黒い長髪の、前髪ひと房垂れている男性。顔はヘビや狐に似ている様な気がする。声は優しく、耳触りがいい。
義兄とは違う方向で女性にモテそうな外見をしている。ただこの夏にそんな黒い恰好は酷く暑苦しい。
夏用の物なのであろうが、見た目に酷く重い。

「東京呪術高専1年、五条名前さん。だね?ブザーは待って、ブザーやめよう」
「………誰ですか?私を誘拐しても身代金なんて取れませんけど」
「そんな事は考えていないよ。私は君に興味がある、私は君を助けたい」
「ブザー鳴らしていいですか?」
「それは待って。呪霊操術、君の術式だ。そして私も同じ術式を持っている。夏油傑だよ、気軽に傑さん、とでも呼んでほしい」

突如視界と聴覚にノイズが走る。
あ、やばい。と思っても、もう遅い。
私の視界はゲトウスグルと自分以外は赤と黒の世界になった。
とても強い、私よりも、先輩よりも、きっとどの呪術師よりも。義兄と同じくらいかもしれない。あれだけ暑かった世界から切り離され、あせで湿っていた肌は突如その湿りさえも逃げ出している。

「君の事は知っているよ。今まで辛かっただろう、実の両親と妹ととはいえ、自分を犠牲にしていたんだ。私は君の努力や苦労を労おう」
「……はあ」
「まあ、この辺りはもう五条家の人間がやっているだろうからね。本題に入ろうかな」
「はい、そうしてください」
「……、一緒に呪術師だけの世界を作らないか?君が受けてきた仕打ちは果たして親だから、妹だからと言って許される事だろうか」
「宗教の勧誘はお断りしています」
「え」
「宗教の勧誘はお断りです」

宗教ではないのはわかっている。
言えばこの人は私をスカウトにきたのだ。数年まえの義兄と同じように。
あの時は家にいるか、本家というところに行くかを提示されて私は本家を取った。いや、親が妹の為にと私をそちらに売ると同時に私は選び取った。
私はここに必要がない、私だってもう必要じゃない。私は私の為に選び取った。
私がにっこりと作ったように笑えば、その人もつられるように口角がヒクヒクとしている。

「宗教には興味がありません。私を救えるのは私だけです」
「私は君の苦しみがわかるよ」
「私の苦しみは私だけの物です、共感は要りません」
「君に私の苦しみが理解できると私は思うよ」
「私は誰かの苦しみを理解したくありません、する必要がありません」
「私は君が必要だよ」
「私は貴方が必要ではありません」
「呪霊を取り込むのは苦痛じゃないか」
「それは共感します。でも私も貴方も共感できても共有はできません。私は私の苦しみを誰かに共感してほしいとは思いません」
「誰にも褒めてもらえないのに、心臓が苦しいのを我慢するのかい」
「はい。私は私を褒めます、他の誰かに褒めてもらう必要はありません。褒めてもらえば嬉しいですけど、それはたぶん、違うので」

あまりの答え方、いや、違う。断り方に、その人は面白い程にキョトンとして、形のいい口は薄く開いている。
耳触りのいい言葉はもう要らない。誰も助けてくれない事を私は知っている。
優しい言葉はももういらない。それは私の為の言葉じゃない事を知っている。
義兄が私を欲しがったのは私の術式だ。それを買ったのが義兄で売ったのが両親。
妹の為だといって、私は売られた。そのことに関しての感情はない。不要だから。

「私は私の為に呪術師になります。そこで稼いで、私は私を買い直すんです」
「………ふ、ふふふふふ」
「そこから私が始まるんです、再開なんです。他の誰にも邪魔してほしくありません。だから五条家から私は逃げません、隠れません」
「あっはははははは!思った以上に強情なお嬢さんだ!」
「そりゃ五条家の養子ですから」
「確かに。悟は元気かな」
「義兄のお知り合いでしたか、数年前からは変わっていないと思います」
「君もあの悟が義兄じゃ苦労が多いだろう?私の所においで、悪いようにしないから」
「ご存じの通り、私は義兄に買われているのでそれは出来ません」
「私はね、悟の親友だったんだ」
「そうですか」
「興味ない?最強の呪術師の親友が呪詛師なんだよ」
「興味ないですね。だってそれは義兄と貴方のお話ですから、私には関係はないです」

そう答えると、その人はまた一段と大きな声でわらう。
最初の印象とは違うので、猫をかぶっていたのだろう。それは確かに楽であるから否定はしない。

「あー…こんなに笑ったのは久しぶりだよ。君、案外面白い子だね気に入ったよ」
「ありがとうございます、できればここから早く出してもらいたいのですが」
「悟と待ち合わせているんだろう?大丈夫」
「遅刻魔ですがそこまで言わる筋合いは…」
「そうじゃないよ、ここは物理的な時間は流れていないからね。私と会話した事が切っ掛けで発動しているよ」
「ついでに私なんて簡単に殺せるんですから、殺さないんですか?生意気だって」
「殺してほしいの?」
「だって私を生かす理由がないと思いまして。呪詛師にとって呪術師って邪魔じゃないですか」
「私は猿が嫌いなだけで呪術師は嫌いではないよ」

サル?と頭を傾げると、その人はまた「ふふふ」と笑う。
五条という苗字を得て、五条悟という義兄が色々規格外で人としてのモラルやらマナーが欠けているのを知ってしまった。その親友だというこの人も、またそういう事に欠けている居るのかもしれない。そうでなければ言えば女子学生をこんなところに閉じ込めて話をするなんて奇行をするだろうか。
義兄関係で一番まともな七海さんであれば絶対しないので、やはり欠けているに違いない。

「さて、そろそろ私は帰る事にするよ。悟によろしく」
「よろしくしていいんですか?」
「ははは、悟は怒ると思うけど。まあ社交辞令だよ」
「では私も社交辞令と言う事で。お元気で、ゲトウさん」
「ふふふ。君は良い子だな、悟には勿体ないよ」
「よく言われます」

悟に嫌気がさしたらいつでもおいで。というと同時に世界が一変した。戻ったのだ。あの暑い現実に。
今まで目の前に居たであろう袈裟の男性はもういない。あたりを見回しても確認は出来ない。
大きく溜息をつくために空気を吸い込めば、熱い空気が喉を焼くように入ってくる。
ああ、本当だ。戻っている。と安心していいのか悪いのか。多分あの人が本当に義兄の親友であるなら会った事がすぐにばれるだろう。
違ったとしてもあの六眼であれば呪術師、いや呪詛師と会った事など全てわかってしまう。

「名前ーおまた……誰に会った」
「……げとう、すぐる。という、人に会いました」
「なにもされてない?怪我は。何言われた、アイツ何処に行った」
「何もされていません、話をしました、何処に行ったかはわかりません」
「なに話した」
「…いろ、いろ?一緒においで、とか、同じ術式同士仲良くしよう、とか…あと」
「あと」
「悟によろしくって、言っていました」

最初こそいつもの調子であった義兄はすぐに空気を換えて問い詰めてくる。
ああ、親友というのは本当なんだとこの時思った。という事は、あの人もかなり頭がイカレているに違いない。そうじゃなきゃこんな義兄のような男の親友はつとまるはずがない。


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