呪術 | ナノ
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「名前先輩…」
「七海くん、呪術師にならないんだってね」

共同スペースで名前が一人お茶を飲んでいると戻った七海が驚いた様に、そして戸惑った様に名前の名前を呼んだ。
名前が戻って数日彼に会う事はなかった。
五条からの話では灰原が任務中に死亡して呪術師にはならないという決断を下したらしい。らしい、というのは本人から聞いてないし正式にそうであるという話を聞いていないからだ。しかしこの反応からして名前は「ああ、本当なんだ」と察する。

「……はい」
「そっか、うん。それがいいかもね。ちょっと私とお話しない?忙しい?」
「…いえ、大丈夫、です」

ゆっくりと近づいて、名前から少し離れて座る七海。
弟の傑の件もあって距離をどうしたらいいのかわからないのだろう。
なんだかその距離の取り方が七海らしくて名前は小さく笑う。もともとそれほど仲が良いわけではないが、それなりに関わりがあった。その距離が物理的に見える様でなんだかおかしい。

「…名前先輩は、呪術師辞めないんですか」
「……私が、呪術師辞めたら何にも残らないよ」
「そんな事ないと思います。先輩はしっかりしてるし、一般企業だって行けると思います」
「七海くんにそう言われると、行けそうな気がする」
「なら一緒に」
「でもね」

持っていたマグカップを強く握る。握ったところでマグカップは形を変える事はないし、割れることもない。ただ名前が強く握る事に対して等しくその力を返してくる。
指先は赤を通り越して白く、震える爪先はカチカチと音を鳴らす。

「傑がした事をなかった事に出来ないし、私がどうにかできる事は何もない。でも、傑を追うには呪術師になるしか、ここに居るしかないんだ」
「……名前を変えて逃げたって、誰も何も言いません。呪術師なんてクソじゃないですか」
「七海くんは、私と一緒に逃げてほしいの?」
「え…」
「私はね、別に逃げたいんじゃない。逃げちゃいけないと思っているだけだよ。弟の不始末を私がどうにかしなきゃって思うだけ」
「先輩は!!そんなことしなくていいだ…先輩だって…被害者だ…」
「うん、ありがとう。七海くんは、優しい。凄く優しい。私の為に泣いてくれてる。でもね、私はそうしないと立っていられないんだ、逃げたらきっともう立てないし何もできなくなる。頭と膝を抱えているだけになる」
「何が悪いんですか…先輩は、それだけの被害を受けたじゃないですか……」
「今はね、まだ頭がぐるぐるしている。きっとこれからぶり返す様に涙が止まらなくかもしれない、眠れなくなるかもしれない、恐くて恐くて息が出来なくなるかもしれない。そうなっても立てるようになるには目的が必要なんだ私」
「………」

五条とは別の優しさで、彼は彼なりに名前の為を思ってくれているのは名前も十分わかる。
七海は七海で同級生を亡くしているのだ。とても良い子だったのは名前も知っている。人懐っこくて、後輩としても可愛い部類。落ち着いている七海といいコンビだった。
名前が寮に戻って来てからはもう彼に関する荷物は撤去されていた。恐らく家族がきて回収して行ったのだろう。

「七海くん、ありがとう。就職決まったら教えてよ、ご飯ご馳走するから」
「………はい、勝手な事言ってすみませんでした」
「ううん。嬉しい。もうさ、私両親居ないからさ、そういうこと言ってくれる人いないんだ。七海くんの言葉、嬉しいよ」
「……っ」
「ねえ、七海くん。迷惑じゃなかったら連絡先交換しようよ。七海くんの誕生日にご飯ご馳走したいし」
「じゃあ、先輩の誕生日には僕がご馳走します」
「本当?嬉しい」

携帯を取り出して連絡先を交換する。
4年ともなると下級生とのやり取りはかなり少なくなる。1年とはあまり顔を合わせることはないが2つ下はまだ去年からの付き合いがある。

「……ねえ七海くん」
「はい」
「五条くんに言えない愚痴、こぼしていい?」
「…まあ、はい。あの人に関して愚痴が無い人いないですし」
「確かに。じゃあ我慢できなくなったら言わせてもらお」
「我慢できなくなる前にしてください。息抜きは必要ですから」
「ははは、七海くんも被害者なんだ五条くんの」
「名前先輩だって。あの人に敬う心というものがあれば多少は先輩という立場から違ったモノが見えるかもしれませんが無いですからね」
「わかる。それな」

二人でくすくすと笑い、そういえばお茶が冷めていることに気付く。
立ち上がりお茶を淹れ直すついでだと七海にお茶を飲むかを聞くと少し考えてから「はい」と返事がくる。
意外だった。彼はこういうことに関して付き合うイメージが無かったからだ。もしかしたら名前に色々同情してくれて付き合ってくれるのかもしれない。
二つお茶を淹れて、共同の棚を漁るとこの任務が始まる前に買ったお菓子が出てきた。
それを持って戻り、「一緒に食べて」と封を開ける。

「あーなんだよ、先輩と二人で良いモン食ってんじゃん七海ぃ」
「残念、コレは私が七海くんにご馳走しているのだ」
「俺のは」
「ないでーす。これは七海くんと私のでーす」
「そういう事ですので」
「は?おい七海、お前生意気だぞ。名前先輩も酷くね」
「酷い?七海くん」
「いいえ、酷いとは思いません。酷いのは五条先輩かと思いますが」
「私もそう思います。ただ今七海くんとデートなので邪魔しないでください」
「はぁ??意味わかんね」

戻ってきた五条がオラついて二人に話かけるが、二人にとっても慣れた事なので適当にあしらう。七海が1年の頃はいちいちイラついていたが、イラつくだけ損だと言う事に気付いたらしい。名前があしらう事に従って自分も名前にませてあしらう。
名前へ噛みつく事が少ない当たり一応はわかるらしい。

「名前先輩、これ」
「なに?」
「俺からのラブレター」
「はいはい」
「軽くね?」
「デート中に他の男から手紙とか」
「私には七海くんだけだから」
「うわキモ」
「七海くん案外ノってくれるんだね」
「たまには、良いかと思いまして。あと五条さんにその様に言われる筋合いはないです」

渡された封筒の中身を覗けば警察で聞いた禪院の関係だと言う事がわかった。
これは確かに七海には無関係で、今の話のノリではラブレターが適切なのかもしれない。

「先輩、俺も茶欲しい」
「自分で淹れたらどうなんですか…」
「は?お前だって先輩から淹れてもらってんだろ」
「…どうしてわかるんですか」
「あの急須の置き方は先輩だからだよ」
「え、それこそキモくないですか」
「うっせ!!」

恐らく、その後に続くのは「傑も同じ置き方してたからな」となるはず。
ただそれは今口からでない。出してはいけないのだと名前は心にとめる。
呪術師になれば人の死は多い。あまりに危険すぎるから人手が足らないのだ、この世界は。なりたいからなれるわけではないし、担い手が少ないのも事実。
逃げる事は悪いことではないのも、逃げないで死と隣り合わせでいる事も悪いことではない。正しい事はこの世で決して多くないし、間違いだらけではあるけど悪も少ない。
名前は呪術師として生きて、しなくてはいけない事を使命としたからそのために生きる。ただそれだけだ。
後にも先にももう選択肢を持てるのは、たぶん。

弟を始末した時だけだ。と名前は心の中で決めたのだ。

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